第百七十八話*《二十三日目》ここ、使用してます!
キースが扉を開けて繋いだ場所は、見覚えがあるけれど初めて見る場所。
矛盾していることだって分かっているのだけど、実際そうなのだ。
「えーっと……ここって」
「まずは近場の世界樹の村の周りだ」
「あぁ、なるほど……」
どこかで見たことがあると思ったのは、視界の端に世界樹が見えているからか。
それにしても、世界樹は大きいから、そこそこ離れていても見えるってすごい。
「それで……ここではなにをするのでしょうか」
周囲を見回すと、今まで私たち以外のプレイヤーを見かけることが少なかったのだけど、ここにはそこここに人がいた。この人たちも同じように転職のためのアイテムを取りに来ているのだろうか。
「思っていたより混んでいるな」
「どうしますか?」
今日は金曜日で、平日よね? 祝日ってことはないはずだけど、こんなに人がいるものなの?
……それを言ったら私たちも平日なのになんでいるの、なんだけど、有休消化中だし……。
今日が金曜日だから有休を取って遊んでいる人もいるかもしれないし、自宅警備員な人もいるのだろうし。
これは気にしたら負けってことで!
「この様子だと、土日はさらに混んでいそうだし、今日ゲットできなくても日を改めればいい。ただ、どんなものか感触を知りたい」
「あいにゃ」
パーティを組んでいなかったので組んだところで、声を掛けられた。
「あの、もしかしなくても弓の転職アイテムを探しに来ましたか?」
「えと? そうですけど」
声を掛けてきたのは、獣人の女性二人組。
キースと顔を見合わせたけど、小さく首を横に振られただけだった。
「なにか問題でも?」
「わたしたちもアイテムを探しに来たのですけど」
「ここはベルム血盟の人たちがいるから、今日は狩りにもならないです」
女性二人が話してくれた内容に、思わずため息が出た。
こういうオンラインゲームには必ずいる人種だ。
自分たちが正義だと妄信的に信じていて、我が物顔で振る舞う人たち。
『どうします?』
『……あいつらか、面倒だ。別の場所に行こう』
キースでも面倒っていうことは、相当なのか。
「教えてくれて、ありがとうございます。私たちも移動します」
私の返事を聞いた二人は会釈をして、村の方向へ向かった。
『それでは、私たちも移動しますか』
『そうだな』
『帰還』を詠唱しようとしたところ、どうやら件の血盟員が私たちに気がついたようだ。
『気がつかれたか、面倒だな』
『どうしますか?』
『気がつかなかった振りをして帰ってもいいが、そうすると難癖つけて付き纏ってくる』
うわぁ、めちゃくちゃ面倒なヤツじゃないですか!
『一時期、女性プレイヤーに追いかけ回され、あいつらに纏わり付かれ、大変だったんだ』
『それでよく止めませんでしたね』
『止めたら向こうの思うつぼだからな』
なんとも迷惑な。
『さて、向こうはどう出てくるか。オレが相手するから、リィナは黙っていろ』
それはそれで釈然としないけど、お任せしてしまおう。
『あいにゃ』
オルドを肩に乗せたまま、キースは私を隠すように前に立った。
そういえば、楓真もこうして私をよく守ってくれていた。
『これからはオレが守る』
ちょ、なに、まさか私の考えてること、読めるのっ? タイミング良すぎなんですけど!
『読心術っ?』
『んなわけあるか。……一度、きちんと伝えておかなくてはと思ってな』
え、なにこれ。
さらに惚れろと?
口を開こうと思ったところに、ベルム血盟に所属している人たちがやってきた。
全員で……三人?
「だれかと思えば、キースさまでしたか」
明らかに馬鹿にしたような口ぶりで、ニヤニヤしながらやってきた。
うーん、なんだろう、品がないわよね。せっかくゲームのアバターが整ってるのに、それを自らの壊していくなんて、残念過ぎる。
「転職に必要なアイテムを取りに来たんだが、邪魔になるようだから移動しようとしていたところだ」
「ふん、賢明だな」
なんというか、イライラムカムカしてくるんだけど、キースが良い感じで対処してくれるみたいだから、我慢、我慢。
「それでは、邪魔になっているようだからオレたちは帰る」
キースが踵を返そうとしたところに、制止する声が飛んできた。
「待て」
三人の後ろからかなり大きくて野太い声が聞こえてきた。
ふと周りが気になってこっそりと見回してみると、この辺りにはベルム血盟に所属している人たちと思われる人しかいなかった。しかも見張りでもしているのか、少し離れたところに点々と人が立っていた。
トータル人数は分からないけれど、ここにいるのが血盟員全数ではないのだろうと推測できるのだけど、となると、規模は大きいのかもしれない。
「トニトもいるのか」
「その声は、キースか」
お互い声で分かるなんて、なにそれ。
なんかちょっとムカッとしたんだけど、これって嫉妬?
うん、これは明らかに嫉妬ですね。……嫉妬する相手が男性ってのが、大変に複雑なんだけど。
「久しぶりだな」
「……あぁ」
やってきたのは、縦にも横にも大きな人……?
茶色いもじゃもじゃの髪にひげの男性なんだけど、種族はなんだろう?
「悪いな! ここ、俺たちが使ってるから」
そう言って、ベルム血盟の人たちは棒と紐を取り出して広場をグルリと囲っていた。
MMORPGでよく見かける人たちか。
MMO、要するに大規模多人数同時参加型オンラインなので、プレイヤーは自分だけではなく、たくさんの人がプレイしている。
特にサービス開始時はスタートが一緒なので、初期村と周辺の狩り場は混む。
だいたいの人は譲り合ったりして折り合いを付けてプレイをしたり、協力しあったりするのだけど、たまにアイテムを使って区画を作って線引きして、ここは俺たちが使っている、と主張する輩がいる。
そう、まさに今の状況だ。
呆れはするけど、偉そうに説教をしたり、みんなで仲良く使いましょう、だなんて言ったりしない。
これはこれで、彼らのロールプレイなわけだ。
まったく褒められた行為ではないけどね。
そこに関しては私よりキースは分かっていると思うけど。
「相変わらず我が物顔、か」
キースも怒っているというより呆れた物言いだった。
「それでは、場所を移動するか」
『あいにゃ』
移動しようとしてくるりと回って村方面へ向かおうとしたところ、ぐいっとローブを後ろに引っ張られた。
「ぅにゃぁ!」
「リィナ、どうしたっ」
いきなり引っ張られたため、バランスを崩して後ろに倒れそうに。このままだと尻もちをついてしまう……!
だけど運動神経が並みなわけで、とっさに受け身が取れるわけもなく。
痛みを覚悟したのだけど、ポフンともふもふが背中にあった。
慌ててそちらを見れば、アイだった。私が倒れるのを察知して、背後に回ってくれたようだ。
「大丈夫なのだ」
「アイ、ありがとう! 助かった!」
アイに抱きついて、頭と首を撫でると嬉しそうに目を細めていた。AIだけど、本物の犬そっくりだ。
それにしてもアイ、すごくないっ?
とっさの判断力が高い!
キースが手を差し伸べてきてくれたのでその手を取って立ち上がった。
まったくもう。
いやそれより、私を引っ張ったのはだれっ?
イラッとして振り返ると、こちらを指さして笑っている女がいた。
淡いプラチナブロンドの波打つ髪の毛を垂らして、肩をむき出しの白く輝くマーメイドドレスっていうの? それを着た女が立っていた。
髪の毛で耳が隠れて見えないけど、たぶんエルフ。
『……また面倒なのが出てきた』
『知り合い?』
『向こうから過剰に干渉してくる。あんなのは知り合いなんかではない』
なるほど。
キースは見た目もいい男ですものね。
モーションを掛けてきてるってヤツか。
「あなた、なんでキースさまに付き纏っているのっ!」
付き纏って……。
むしろ、逆なんですけどね、えぇ。
しかもものすごくヒステリックですね。
「勘違いするな、こいつはオレの嫁だ。なにかしたら、ゲーム内だけではなく、現実も破壊してやるからな」
キースさん、それ、脅迫っ!
ゲーム内はクエストのことがあるけど、現実世界までって、やりすぎですから!
「サニ、止めておけ」
「だって、信じられないわ! アタシの方が綺麗なのにっ!」
「あぁ、そうだな」
トニト、だっけ?
目が泳いで、棒読み気味な返事。
「トニト、そいつの管理、しっかりしろ。先ほどリィナにやったこと、報復があると思っておけ」
キースはそれだけ言うと、私の手を強く掴んで歩き出した。
私も仕方なく、キースに続いた。




