第百七十四話*《二十二日目》有形無形と関係なくなんでも売買します!
ももすけさんたちのアジトに招かれたのだけど、確かに前もって言われたとおり、人数に対して狭いように感じた。
「オルド」
応接室に案内されて、少し待っていてほしいとももすけさんとケンタムさんがいなくなった隙に小声でオルドを呼んだ。
「なんでしょうか」
オルドも小声で返事してくれた。
「洗浄屋の台所は気がついたら広くなってたりするんだけど、他のNPC所有で譲渡された建物は広くなったりしないの?」
「少々お待ちを」
オルドは問い合わせてくれているみたいだけど、すぐに返事があったようだ。
「管理者メニューで『拡張を許可する』にチェックを入れてくれるとシステムが建物の中での利用者人数を観察して、空間拡張をしてくれます」
「『拡張を許可する』?」
はて、そんなのあった?
確認のために見てみると、オルドが言うとおりにそれはあった。しかもバッチリとチェックが入っていた。
「チェックが入っているっ!」
「はい。なので広さが変わったり、人数に応じて部屋が増えたりします」
ほほう、なるほど、なるほど。
「教えてくれてありがとう」
「いえいえ!」
オルドは照れくさそうに羽の先で顔を隠していた。
そうこうしていると、ももすけさんとケンタムさんが戻ってきた。
「待たせて申し訳ない。ここだと手狭だから移動しよう」
このアジトで広いのはエントランスということだったので、そちらへ移動した。
それから伝え忘れる前にとオルドに教えてもらったことを伝えると、ももすけさんとケンタムさんはびっくりしていた。
「なんで知ってるんだ?」
「私もその、拠点を持ってるので」
「あー……。ケンタムがアジトゲット一号かと思っていたら違うと言われてだれだとなっていたんだが、なるほど、なるほど。さすがキース、抜け目がないな」
「偶然だ」
「偶然、ねぇ?」
こういうところが『藍野』なのかしら?
「計算でも偶然でも、どちらにしてもすごいな」
「それで、管理者メニューに該当の項目はあったのか?」
「あったからチェックを入れておいた」
これで広くなるでしょう。よかった、よかった。
「それで、ドロップ品のことなんだが」
「ああ。ここに出すか?」
「……テーブルないのか?」
「ないな」
テーブル……。
「あ! 私、出せます!」
肩の辺りを漂っているイロンを無造作につかんだ。
「おい、リィナっ!」
キースの止めようとしている声が聞こえたけど、無視してイロンを振り下ろして詠唱する。
「『アイロン台召喚』っ!」
私の声に呼応して、足の長いアイロン台が五台ほど並んで出てきた。
「テーブル代わりにどうぞ」
「……………………っ! これはなんだっ?」
「見てのとおり、アイロン台です」
「アイロン台っ? どこから出てきたっ?」
ももすけさんとケンタムさんがパニクってるけど、あれ? これはやっちまったか?
キースをチラリと見ると、楽しそうに笑ってたけど、助けてくれそうな気配はまったくない。
これは自力でどうにかしろってこと?
うーむ。
どう説明をしようかと悩んでいたら、キースが口を開いた。
「ももすけ、ケンタム。こいつがやることを気にしていたらいつまでも終わらないぞ」
「あのな、キースっ!」
「ま、気にするな」
「気にするなの一言で片付けようとするなっ! そもそもアイロン台なんてなにに使うんだよっ! しかもなんでこんなに出てくる!」
「……拾った、的な?」
「おまえ、それで誤魔化せるとでもっ!」
「まあまあ、ほら、ドロップ品をこの上に出すぞ」
と強引に話を進めるキース。
一方のももすけさんとケンタムさんはまだなにか言っていたけれど、キースがドロップ品を出したら黙り込んだ。
キースはあらかじめまとめていたようで、テキパキとアイロン台の上にすべてを乗せた。
「今回の売りたいものはこれらだ」
キースの言葉にももすけさんとケンタムさんは非難するような視線を向けて来たけれど、ドロップ品を見て険しい表情を浮かべた。
「……見たことがないドロップもあるんだが」
「掲示板は見たんだろう?」
「あぁ、見た。見たが、そもそもニール荒野に変異種なんて出るのか?」
「実際に出て、ふたりでどうにか倒した」
「はぁっ? ボスで変異種だったんだよな?」
「そうだ」
「おま、それ、通常のボスの倍の体力持ちだぞ」
……なぬ?
ボスというだけあり、HPは雑魚なんか比べものにならないくらいある。
それなのにさらに倍あるって……。
だから苦戦を強いられたのか。
とはいえ、一発目の『乾燥』でHPを半分にしたから、実質的には通常ボスと変わらなくなったはず?
「そうだったのか」
「あと、防御力と魔法抵抗力もボスだから高い」
「スキルの通りが悪かったのはそれか」
「ニール荒野のボスということは、子がいる家族型か」
「あぁ、子もいたな」
「それをふたりで倒した、だと?」
あれ、マズった?
「βテストのとき、ひとりでボス撃破をしまくっていたヤツがいただろう? それに比べたら」
「サシャのことだろう? アイツは別枠だ!」
サシャってあのハリネズミの人? 戦っているところは少ししか見てないけど、確かにすごかった。とはいえ、ボスにひとりでいけるくらいすごい人だったのか。
「あまりの無双っぷりにボスは上方修正されたと聞いたぞ」
「……そうなのか」
「だからふたりでと言われると……」
「実際、リィナとふたりで倒した」
「だからこそ、ここにそのドロップがある、か」
「あぁ」
ももすけさんとケンタムさんはアイロン台の上に置かれたドロップを確認していた。
確認が終わったら、どれをいくらで買い取るかという話し合いが始まった。
相場が分からないけれど、かなりの金額になっているのではないだろうか。
「これで問題ないか?」
「問題ない、ありがとう」
話がまとまって、売却金を受け取って確認したキースは少し安心したように表情を緩めた。
「それで、キース」
「なんだ?」
「おまえのレベル、今、いくつだ?」
「……なんだ、藪から棒に」
「ニール荒野にいるということは、まだレベル四十になってないくらいか」
「そうだ」
「フランマに行けるようになったら、声をかけてくれないか」
「……なんでだ?」
「フランマの村はフランマ火山の麓にある村なんだが、どうもそこの村で特別なクエストがあるみたいなんだ」
「ほう?」
「だが、だれもそれを受注したことがない」
「だれも受けてないのにそのクエストが存在すると言われているのはなんでだ? なにか根拠があってなのか?」
「フランマの村にいるとあるNPCに話し掛けると、フランマ火山をどうにかしてほしいんだが……とぶつぶつと言っているのがいて、なにかクエストがあるのではないかという話なんだが」
あ、なんか嫌な予感。
キースの視線がこちらに少しだけ向いたけど、すぐにももすけさんに視線を戻した。
「ありがたい話なんだが、事情があってリィナ以外とパーティが組めないんだ」
「……は?」
「運営から禁止されている」
「…………運営から? おまえ、なにしたんだ?」
キースはかなり困った表情をして、こちらを見てきた。
えと、それは私のことを話していいかという確認?
ももすけさんはキースの視線で意味を察したのか、うなずいた。
「嫁を守るため、か」
「大筋としてはそうだな」
それでももすけさんは納得したようだった。
え、それで納得っていいの?
だけどまあ、色々と説明が難しいからいいのか。
「またなにか珍しいものがあったら、連絡してほしい」
「分かった」
そして私たちはももすけさんたちのアジトからお暇した。




