第百七十二話*《二十二日目》そうは問屋が卸してくれなかった
クリティカルになるように祈りながら『乾燥』を詠唱したのだけど、あれっ? なんでHPのバーが思っていた半分しか削れてないの?
『レジられたか』
『むぅ』
クリティカルがあるということは、逆に抵抗されてダメージが減ることもあるってことを考えてなかった!
うーむ、これでは計画が狂ってしまう。
『乾燥』が使えるまで逃げ回る?
それもひとつの戦略かもだけど、キースのMPもかなり減っている。
キースのスキルにはなにがあって、どれだけMPを消費するのか、まったく分からない。
『キースさん』
『なんだ?』
『そちらはどれだけスキルを打てますか?』
『難しい質問をしてくるな』
アイが走り回ってくれているのだけど、いい加減、疲れてきているのではないだろうか。
気のせいかスピードが落ちてきている。
『アイも疲れてるよね?』
『正直な話をすれば、そうなのだ』
ここで諦めるという選択肢もあるのだけど、頑張ればどうにかいけそうなので、それは悔しい。
最悪な場合、死んだとしてもネタになるっ!
……と思ってしまうあたり、いろいろと終わっていると思うけど、それはそれで面白いかもしれない。
『アイ、スピード落としていいから、もう少しだけ頑張ってもらえる?』
『できるだけ、頑張るのだ!』
という頼もしい返事をもらったので、親に視線を向けると、なぜか距離を取って突っ立っていた。
『む?』
『マズいな』
『諦めてくれた?』
『いや、逆だ。……リィナ、親のみ狙って攻撃してくれ』
『にゃ? らじゃ』
『乾燥』はディレイ中なので、親から目を離さないようにしていたのだけど。
親の周りにモワモワとしたものがいきなり沸いてきて……。
『げっ』
なんと、倒したはずの子が沸いてきたのだ!
『時間を掛けすぎたな……』
『へっ? 子って時間が経ったら再度沸くのですか?』
『通常のモンスターの家族型は沸かないが、ボス以上になると親を倒すまで沸き続ける』
なんとも厄介な……っ!
『こうなったら子は無視して親のみ叩くぞ』
『あいにゃ!』
と返事をしたけれど、『乾燥』は単体でも複数でも消費MPは一緒だし、ダメージ量も変わらない。
『キースさん』
『なんだ?』
『『乾燥』は単体でも複数でも消費MPとダメージ量が変わらないのですよ』
『ふむ』
『なので、範囲で攻撃しますよ?』
『いや、親のみにしてくれないか』
『どうしてですか?』
『変わらないからといって子まで攻撃してしまうと、ヘイトを稼ぐことになる』
『……そ、そうですね』
なるほど、ヘイトを稼いでしまうのか。納得。
『リィナは親に集中してくれ』
『あいあいにゃ』
『……新作……だと……!』
あ、また残念なことになっている。
付き合っているとやられてしまうので、攻撃、と。
『『乾燥』っ!』
今度はレジられることもなかったけど、クリティカルにもならず、通常のダメージだった。
クリティカルを期待していたけど、それは贅沢な願いだ。だから通常ダメージならば問題ないってことで!
私の詠唱を聞いてキースは戦闘中だということを思い出したのか、弓を引き絞ってなにか詠唱して、スキルを放っていた。
いつも小声だからなにを言ってるのか分からないのよね。機会があれば聞いてみよう。キースだけだとなんか言いくるめられそうだから、楓真がいるところで聞いた方がよいかも。
というかだ、もしかしてキース、詠唱が恥ずかしい、とか?
いやまあ、うん。分からないでもない。
当初、ヒーラーをしようと思っていたのだけど、ヒールくらいならまだしも、恥ずかしいスキル名だったら声に出すのも勇気が要るよね。
洗濯屋のスキル名も大概だけど、まあ、まだマシ、かな?
ちなみに、今さらだけどフィニメモではスキル名を声に出すことを詠唱と言っている。
通常、詠唱というと『天よ地よ! 轟け! サンダーボルト!』みたいななんか謎呪文を唱えることを言うかもだけど、フィニメモはリアル寄りなので、いちいちそんな長ったらしい詠唱を唱えていると狩りにならない。なのでスキル名を口に出すことを詠唱と言っているのです。
『乾燥』もスキル名として分かりやすいけど、なんというか、格好がつかないというか。
冷静に、客観的に見ると『乾燥』と言ってるけどなにしてるの? ってくらい地味だし!
なにかエフェクトがほしいところよね。
……それはともかくとして。
キースは単体スキルを連続で……あまりの早技だったので数え切れなかったけど放った。
どれもきちんと命中していて、親のHPも風前の灯火、といったところ。
時間差で子が全部、復活してしまったため、私たちはアイから降りた。一体だけならともかく、複数体を相手に逃げ回ることは無理と判断したためだ。
『乾燥』が再利用出来るようになった。
『『乾燥』っ!』
詠唱すると、親にばっちり当たり、しかもクリティカル!
それで親のHPを削りきり、動かなくなった。
親が倒れたと同時に子たちも動かなくなり、ジワジワと消えていった。
終わってしまうとあっけなかった、なんて思うのだけど、いやいや、思い返すと大変だった!
よくふたりで倒せたと思う。
『なんとか倒せたな』
『お疲れさまにゃ』
『本日二つ目の新作……だと……! これ以上ないご褒美……っ!』
あ、また残念が発動してる。
これはこのまま放置して。
親がいた辺りに自動的に横取り防止のためのドロップ品ボックスが出現した。
中を覗くとお金やアイテムなどが入っていた。
あ、ちなみに経験値ですが、かなり稼いだけれど、残念ながらレベルアップとまではいかなかった。
さて。時間を確認すると、そろそろ一度、ログアウトしなければならない時間だった。
これらを山分けしたらログアウトだ!
『キースさん?』
私の呼びかけにキースは顔を上げてこちらを見た。
『……あぁ、ドロップ品の精算か。掲示板に載せても問題ないよな?』
『お任せします』
すべてを言わなくても分かってくれたようだ。
キースがパーティリーダーなので、ドロップ品を確認して掲示板に上げてくれた。
『リィナはこの中でほしいものはあるか?』
ボックス内を見た後、掲示板に載せられているリストと照合してみる。
だいたいが製作に使うだろうと思われる素材系ばかり。現物がないわけではないけど、今使っている物が強いから、今回のドロップである武器も装備も要らない。
『うーん? 自分になにが必要なのか分からないですっ!』
『だよなぁ。実はオレも良く分かっていないっ!』
素材系とお金は山分けにして、現物はキースがまとめて預かることになった。
『掲示板を限定から全員にした。あと、必要なものがあれば、連絡してくれたら適正価格で譲る旨を追加しておいた』
『ありがとうにゃ』
さて、これでログアウトできる!
そうだ。
『帰還』って問題なく使えるのかしら?
『ねえ、オルド』
『はい、なんでしょうか』
『『帰還』で戻れるわよね?』
『はい、戻れます』
それにしても、扉を開けるだけで行きたいところに着いて、戻るときも詠唱ひとつでだなんて、ぜいたくすぎじゃない?
『帰還』で拠点に戻り、部屋からログアウト。
現実に戻ってきて、身体を起こしてヘルメットを外して大きく伸びをしながら麻人さんのVR機を見ると、珍しくまだ横たわっていた。
あれ?
疑問に思っていると、もぞもぞと動いて起き上がってきた。
「私より遅いって珍しいですね」
「掲示板を見たという人からさっそく連絡があって対応していた」
「はやっ」
「ドロップ品を全部買い取るというから、掲示板に全部予約済と書き込んでいた。夜の部はその人と会ってやり取りをする。莉那はどうする?」
「私もついていきます」
「分かった」
全部買い取るって商売人かなにかなの?
……ま、まあいいや。行けば分かる。




