第十七話*《二日目》突発クエスト
トレースの前には、とてもかわいらしいウサギ耳のお嬢さんが立っていた。
頭の上にはぴょこぴょこと動く白いウサギ耳に、髪の毛は薄いピンク色で、おさげにしている。瞳は黒くて白目が少ないところは本物のウサギみたいだ。ただ、そこ以外は人間と変わらないのに黒目が大きいせいで、本音を言えばちょっとだけ怖い。
そんな彼女は裾の長い半袖の黒のワンピースを着ていた。
袖から出ている腕は思ったよりも細いし、よく見るとあちこちに傷があるようだ。
もしかしなくても……?
あれ、ここって?
「トレース」
私はトレースの後ろからツンツンと突いてから小さな声で聞いた。
「ここってもしかしなくても、村長の?」
「そう、お屋敷だ」
なるほど?
で、この目の前にいるウサギ耳のお嬢さんが傷が増えているといううさぎさんですか。
なにか事件の匂いがするぞ!
「洗濯が終わったので、配達に来ました」
「ありがとうごさいます。これから宴の用意があるので、早くて助かりました」
ヒョウの獣人とウサギの獣人という、弱肉強食な関係にある二人が向き合って会話をしているのは、端から見ているとなんだかシュールだ。
ここは村の中だから、そもそも戦闘が行われる心配はないし、トレースは今までの様子を見ている限りは短気そうでもないし、理知的に見える。そのあたりの分別はついていると思う。
今はそれよりも「ねぇさん、事件です!」となりそうな様子にドキドキする。
頼まれていた荷物も渡したことだし、まだ仕事はありそうだから戻ろうかとしたところ……。
「大変だっ!」
という声とともに、目の前に『突発クエスト発生!』の文字が踊った。
来たよ、来た来たぁ!
……というかですね。
チュートリアルクエストと今のこの配達クエストの次が突発クエストって。
なんというか、いろんなものをすっ飛ばし過ぎてる気がするのですが、気のせいですか?
それにしてもこの突発クエスト、受諾の有無がなくて、強制参加なんですね。
いや、選択肢があっても『受諾する』を選択しますけど!
それにしても、どこから声が聞こえてきたのか。
疑問に思っていると、ウサギさんが「失礼いたします!」と言って、先ほど受け取った袋を抱えて走り出した。
私はトレースと顔を見合わせた。
「トレース、行くわよっ!」
「えっ、えっ?」
トレースは戸惑っているけど、私の視界の右側に砂時計と【1:00:00】というカウンターが表示されたのだ。
どうやらこの突発クエストは時間制限があるようだ。
この一時間がリミットというのは、妥当なのかどうなのか。やってみないことには分からない。
私はこの屋敷に不案内だ。
とはいえ、屋敷の見取り図を見ることができるから、どうにかなるだろう。
「リィナ」
「トレースの言いたいことは分かってる。けど、『大変だっ!』の声の後、強制参加のクエストが始まってしまってね……」
「……はぁ、それは仕方がないな」
あ、なんか今、トレースの心の声が洩れ聞こえたような気がする!
こいつ、トラブルメーカーだな、的なことを思われてる!
村から一歩出ただけで死んでるし、ここに来て強制参加のクエストが発生してるし。
私だって好きで死んでないし、このクエストだって不可抗力だっ!
と言い返したかったけど、トレースからなにか言われたわけではないのでグッと我慢して、屋敷の見取り図をジッと見た。
見取り図の中で赤い丸が表示されているのが私が今、いる場所のようだ。
そして、先ほどのウサギさんが向かったのは……。
「広間?」
この屋敷の隣に別棟が建っていて、どうやらそこは宴会や会議をするための建物になっているようだ。
外部からその建物に行くのにこの屋敷からも行けるけど、少し遠回りになる。そのため、専用の出入口があるようだ。
今回はここから向かうのが近いから、行ってみよう。
そして向かったのだけど……。
こういうゲームにありがちなんだけど、地図データがあまり正確でなかったり、大雑把なものだと直線で行けると思ってしまって最短距離で行こうとするのだけど、実際は行き止まりだったり、遠回りだった、なんてことが往々にしてある。
あのウサギさんはこっち方面に行ったのだから行けるはずなんだけど……。
「むぅ……」
かれこれ五分くらいあっち行ったりこっち行ったりしているのだけど、目的地にたどり着けない!
「リィナ、まさか」
「……ふふふ、そうだった。私にはパッシブスキル『迷子』が搭載されていたんだっ!」
腰に手を当てて、胸を張って言うことではないのかもだけど、リアルでもゲームでも常に迷子っ!
あ、パッシブスキルってのは、持っているだけで発揮されるスキルのことです。
対して自らの意思で使うスキルを『アクティブスキル』という。
「……なにか探しているのかと思って静観してましたが」
「ふ……ふふふ……」
まぁ、この迷子スキルも捨てたもんではないんだけどね!
たまに面白いものに遭遇するし!
「オレが先導します」
「あ、ちょっと待って! ねぇ、なにか聞こえない?」
迷子になっているってのもあるんだけど、実は先ほどからどこからか音というか声らしきものが聞こえている。声っぽいのだけど断言できないのは、すすり泣くような音とともにカサカサという音も聞こえてくるからだ。
トレースはその音に覚えがあるのか、急に顔色が悪くなった。
「なにか知ってる?」
「しっ、知ってるというほどではありま、せん……が」
「が?」
「リィナ、悪いことは言わない、アレに関わらない方が」
「知ってるのなら話してっ!」
これは絶対になにかある! なにがなんでも話を聞くぞっ! と思ったのだけど、トレースは頑なに止めろとしか言わない。
「ねぇねぇ、トレースくん、知ってた? そういう態度を取ると、余計に気になるってことを」
「……リィナ、本当に止めておけ! 祟られるぞ!」
ここに来て『祟られる』というワード。
あれ、これってもしかしなくても、この屋敷絡みっぽいよね。
「なるほど。じゃあ、行ってくる!」
「ぇぇぇっ! リィナ、止めろって!」
「トレースはそこで待ってて! すぐに戻るから!」
ということで、私はトレースを残して音が聞こえる方面に向かった。
『──…………て』
近づいているからなのか、言葉が聞こえてきた。私はその声を頼りに周りを見回しつつ、歩いていく。
こういうときって不思議なことにパッシブスキルの迷子が迷子になっているのよね。なにかに導かれているかのごとく、スルスルと目的地へと行けた。
けれどここまで来るには、けもの道というか整備がなされてない道で、歩くのは大変だった。
謎の導きがなければ絶対に通ることはなかったし、今もどうやってここに来たのか分からない。
私、元の場所に戻れる?
そんな自信はありませんっ!
侵入者を阻むように低木が植えられているところにやってきていた。
さすがにここから、では、ない、……よね……?
キョロキョロとどこかに入口がないかと見たのだけど、左右どちらにも不自然なくらい同じような低木がずーっと続いている。
「──…………。ここを突破しろってことよね?」
この低木の向こうから音がしているので、間違いないようだ。
木と木の間隔はそこそこあるが、枝が横に広がっているため、生け垣の役割を果たしている。下は隙間があるため、屈んでなら通れそうだけど……。
四つんばいになって通り抜ける?
「……時には思い切りが必要なのよ! ……てぃ、えいやぁっ!」
不服ではあるけれど、下を通り抜けることにして、四つんばいになった。
それなら、気合いを入れる必要がどこにあったのかって?
いえ、これ、一応、楓真に渡すために動画を撮っているので、たまには声を出さないといけないかなぁ、と。
楓真はこれを見て呆れるかもだけど、いいの、気にしないっ!
よじよじと隙間に身体を滑り込ませて通り抜けると……。
「ふわぁ……」
なんだか間の抜けた声が思わず出たけど、そこは想像していたのとちがう風景があったからだ。
低木を抜けた先にはキラキラと輝く池があったのだ。
しかもその池からは色とりどりの丸いなにかがふわふわと浮かんでは宙に消えていた。
それはとても幻想的で、しばしの間、見蕩れていた。
『──……す……て』
先ほどよりもはっきり聞こえる声にハッとした。
あまりの美しさに見蕩れてしまったが、そうだった、本来の目的を思い出した。
それにしても、はて、「すて」とはなに?
なにか捨てないといけない? それともここは姨捨山だったのかっ?
周りを見回したけど、声がどこからしたのかは分からない。
『──たす……て』
たす、け?
足す毛? 毛を足す?
いやいや、それは違うよっ!
「助けてかっ!」
それにしても、声の主はどこっ?




