第百六十六話*《十九日目》所有権
夜の部Deathっ!
え? 上総さんに呼ばれたのはなんだったかって?
大変に平たく言えば、ただの『惚気』でした!
麻人さんのときも思ったけど、上総さんを見て、ますます強く思った。
……藍野家男子、おかしい(褒めてない)。
逢ったばかりなのに、どうしてそんなにのめり込めるの?
今日、フェラムは夕方かららしいので、本人に聞こう!
ログインしたら、キースが当たり前のように私に抱きついていた。
これもなんというか、ここまで全身で好きを体現してくれて嬉しいのだけど、なまじ身体が大きいから、たまにうっとおしいと思うこともある。
私も好きだからまだ耐えられているのだけど、これ、嫌いになったときにされたら、トラウマになりそうです。
「キースさん」
「なんだ?」
「一緒のベッドは許容しますので、抱きついてログアウトするの、止めませんか?」
「なんでだ」
「……冷静に客観的に今の状況を見てください」
「スクショでも撮るか?」
「そ、そうですね」
キースはスクリーンショットを撮って、確認しているようだった。
「……これがなにか問題でも?」
「あのですねっ!」
客観的に見てもなんとも思わんのんかいっ!
「キースさん、今撮ったスクリーンショットを共有してください」
「ん……、これか?」
キースが見せてくれたスクショを見ると、キースが私を抱きしめている、あまりにも恥ずかしい姿が写っていた。
改めてこうやって客観的なものを見ると、なんというか、端からこうやって見えるのかと思ったら、大変に恥ずかしいのですけど!
「キキキキキースさんっ」
「壊れた機械にでもなったか?」
「いえ! これを見てもなんとも思わないのですかっ?」
「なにかおかしいか?」
「おかしいでしょうっ!」
一見するとキースしか見えないのだけど、よくよく見るとキースにまるで包み込まれているように私がいるのですよ!
キースって改めて見ても大きいのね。
で、これなんだけど、とても、大変、ものすごっく! 恥ずかしいのですがっ!
「寝ているときでもリィナを護っているつもりなんだが。これのどこがおかしい?」
「……キースさんの言い分は分かりました」
キースとしては単に抱きついているだけではなく、護っていると主張しているけど、それって抱きついていることに対しての言い訳にしか聞こえない。
ただ、今回はどちらかが引かない限りは終わらない。毎度のことながら私が大人として引くしかないようだ。
「やめてとお願いして、やめてくれたことがありませんので、今回も大人として譲りましょう」
「オレが子どもだと?」
「子どもですよね?」
キースは眉間にしわを寄せた後、大きくため息を吐いた。
「リィナ相手だとオレのわがままが通るからな」
「なんですか、それ。私がキースさんに甘いと?」
「そういうことだ」
甘いの?
……甘いってより、諦めてる?
「ともかく、抱きついては止めていただきたいです」
「却下」
そういって、キースは仕方がないと言わんばかりに私から腕を抜いて、ベッドから降りた。
私もそれに続いてベッドから降りて、黙ったまま台所へ。
台所に入る前にチラリと中が見えたのだけど、なぜか赤の魔術師が当たり前のようにいた。
だからなのか、台所は妙な緊張状態にあるように感じてしまった。
「……………………」
キースと私は黙って台所を出て、示し合わせたかのように応接室へ行き、扉を開けて通り抜けた。
着いたのはニール荒野。
周りを見回して、セーフゾーンを見つけてそちらへ駆け込んだ。
「キースさん」
「……あれは困ったな」
イロンたちは当たり前だけど、ついてきている。
「イロン」
「はい」
「私たちがいない間、あなたたちはどうしてるの?」
私の質問に、イロンは困ったように私の肩の辺りで左右に揺れた。
「どしたの? 言いにくい?」
「……言いにくいわけではないのですが」
「が?」
「わたしはいわば、リィナリティさんと一心同体ですので」
「あー……」
そうだった。
イロンは私とセットなので、私がログアウトするときはインベントリにしまわれ、一時的にいなくなる。
「となると? フェリス?」
「にゃんだぁ?」
「私たちがいない間、なにをしているの?」
「にゃあ? 寝てるにゃあ」
「ぉ、ぉぅ」
あとは。
「オルドとアイは?」
「システムとAIの指定された領域に戻ってます」
「ここに残るのはフェリスだけ?」
「そうなるにゃあ」
「ここから出ていたりは?」
「できないにゃあ」
「そうなの?」
「ふたりがいなくなったら、この部屋には自動的に鍵が掛かり、持ち主と登録された人たち以外、だれも入れなくなります」
とオルド。
「だからフェリスはここから出られないにゃあ」
「フェリスはいいの?」
「ん? なにか問題にゃ?」
「……いえ、フェリスが問題だと思っていないのなら、問題ではないわよ」
私がいない間、フェリスが暴れていたらと思っていたけど、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「リィナ、洗浄屋の所有者として、オレがいた部屋はどうなっている?」
「どう、とは? ……あ、いえ、分かった、見てみる」
だれが所有者になっているのか、という問いだと解釈して、マップを確認してみる。
私たちプレイヤーの部屋と、クイさんたち洗浄屋のスタッフ、それから……。
「…………」
私は無言でスクリーンショットを撮り、共有した。
すると、どこからか見守り隊が現れた。
「乙」
「乙でありますっ!」
見守り隊に声を掛けると、ビシッと敬礼を私にしてきた。
よ、よく訓練されているな……。
「ほう、これは面白い」
キースは私が見せたスクリーンショットを見て、人の悪い笑みを浮かべていた。
「リィナになっているのか」
「これ、どういうことだと思います?」
「オレは一介のプレイヤーなので、推測するしかないのだが」
と断って、キースは口を開いた。
「洗浄屋はリィナに所有権がある。その前からいる洗浄屋のメンバーと、その後に追加されたメンバーはリィナが仲間だと認識しているため、それぞれにはきちんと部屋が割り振られている。──ここまでは問題ないな?」
「うん」
「ところが、赤の魔術師、本人曰くラテン語で『恐怖』を意味するメトゥスは、クイさんたちと同じくNPCだが、リィナは『敵』だと認識している。……であってるな?」
とキースが私に確認をしてきたので、黙ってうなずいた。
「だが、メトゥスは力づくでこの部屋に居座ることにした。オレが抜けて空室になったこの部屋は、だれも所有していないため、たぶんだが、だれでも入ることが出来た」
「さすがキース隊長! 正解です!」
見守り隊……。
「オレはリィナリティ見守り隊の隊長だからな! 当たり前だ!」
と威張っているけど、それくらいは私でも推測できる。
「で、ここからが問題だ。メトゥスはこの部屋に居座ることに決めた。なので、拠点を赤の塔からここに遷そうとした」
「はぁ?」
「どうなんだ、そこは?」
「……今、確認してます。──……さすが隊長っ! 正解です!」
あいつ、なに考えてるの? 馬鹿なの?
「ところが、洗浄屋はリィナの意思を汲んで、メトゥスの拠点移動を拒否した。さらには苦肉の策でリィナの所有にした」
「となると?」
「隣の部屋にはメトゥスは入れない」
そしてキースは他の部屋を何カ所か指さした。
「これらの部屋はまだだれも入っていないはずだ。だが、すべてがリィナの名前になっている。メトゥスはきっと、あの部屋で駄目だったため、他の部屋でも試したのだろう」
「はぁ、あいつ、なんなの?」
「色々考えられるが、それは可能性でしかないため、今、口にするときではないので、控えよう」
「むー」
なんでもったいぶるのよ! と思うけれど、材料が少なすぎて、妄想になりかねないからということなのだろう。
私はそう解釈することにした。
「あれ? それぞれに割り当てられた部屋って、指定されている所有者にしか入れないの?」
「さあ? どうなんだ?」
と見守り隊に聞いたようだけど、三人そろって分からないと首を横に振られた。
うーむ。
「これは早急にどうするのか考えたほうがよさそうだな」
キースはそう言うと、見守り隊を招き寄せた。
な、なにをするのっ?




