第百六十二話*《十八日目》赤の魔術師
さて、夜の部ですよ、と。
昼の部はほんと、トホホだったし、リアルでもなんか理解に困る出来事があったので、夜は心安らかにまったりしたい。
「まったりできるのはなんだろう」
私のつぶやきをキースがすかさず拾い、ツッコミを入れてきた。
「狩りにはいかないのか?」
「昼のあの狩りって三日分くらいDeathよねっ」
「いや、あれは三分の一日分だろう」
「ど、どんだけ乱獲してるのですか! そんなに狩りまくったら絶滅しますよ!」
私の言葉にキースだけでなく、クイさんたちまで笑ってるのだけど。
「リィナ、心配しなくても絶滅しないよ」
「モンスター鯖が壊れたら絶滅だろうが、そうはならないから心配しなくていいぞ」
「そうなのかもだけど! というか、フラグを立てるなっ!」
毎度ながらのぎゃいぎゃいと言い合いをしていたのだけど、室内なのにもかかわらず、ひゅーっと私たちの間に生ぬるい風が吹いた。
私とキースは同時にピタリと動きを止め、顔を見合わせた。
キースは元凶を見つけたみたいで、私の後ろ、壁に向かって睨みつけている。
私は振り返るのが怖いので、まずは確認、と。
「……ク、クイさん。空調入れてる?」
「入れてないよ」
ということは……?
もう一度、キースを見て、それから視線をたどって……。
「っ!」
思わず目を見開いて、そこに立つ人物を見つめた。
かなり黒ずんでいるけれど、もともとは赤い布地だったと思われるローブ。
フードを目深に被っているから分からないけれど、髪の毛の先だけ見える。それは濃茶にも汚れた赤にも見える。
これだけはっきり見えているし、ここはゲーム内だから幽霊……ではない、よ、ね?
えと。幽霊を見つけたときは視線を合わせるなって聞いていたので慌てて逸らしてみた。
「だれだ」
キースの低い声に、目の前の人物は幽霊ではないけれど、良からぬ存在であると気がつき、ゾワリとしたものが背中を撫でたような感覚。気持ちが悪い。
「おまえたちは私のことをよく知っているのではないか?」
想像よりも若干だけど高い声。
キースの方が声が低いのか。
「なかなか来ないから、私から出向いてやった。ありがたく思え?」
まったくありがたくないし、当初のまったりから外れている!
この目の前にいるのが例の赤の魔術師というのであれば、私はこいつに言いたいことがある!
「おかえりください。というか、ハウスっ!」
「おいっ!」
キースが焦って私の口をふさごうと手を伸ばしてきたけれど、私はサッと避けた。
「あなたのおうちはここではないのでしょう? さっさと自分のおうちに帰りなさい!」
もっと言ってやりたかったけど、キースに腕を掴まれて、頭を胸もとに寄せられた。
「ちょ、キースさんっ!」
キースの胸もとに顔を押し付けられているため、自分ではキースの名前を口にしたけれど、モゴモゴとしか聞こえていないかもしれない。
キースは私の背中をさすりながら、
「挑発しない」
とだけ伝えてきた。
むぅ。
「それで、なんの用だ、赤の魔術師」
キースの問いに赤の魔術師はあからさまに顔をしかめた。
「私にはメトゥスという名がある」
「メトゥス……ラテン語で恐怖、ね」
赤の魔術師はラテン語で恐怖を意味するメトゥスと名乗ったけど、明らかに偽名だよね?
だってそれが本名ならば、どういうつもりで子どもにそんな名前をつけたのか、と聞きたい!
「それで? まさか用もなく暇だからという理由でわざわざここに来たわけではないよな?」
あれ?
キース、私を止めておきながら、挑発していませんか?
赤の魔術師──メトゥス──は楽しそうな声音で、
「今日からここを私の拠点としよう」
「ぇ? そ、それってフロギングってヤツじゃあ……」
「リィナ、フロギングってなんだ?」
あれ? これって一般的な単語ではないの?
「居住者が知らないうちに、見知らぬ第三者が勝手に住む行為を言うのですけど」
そう言った後に、ぎろりとメトゥスを睨み付けた。
「あなたには住む場所があるのでしょう? 帰りなさい!」
「断る」
「はあ? こちらからも、ここに住むのはお断りよ!」
私は設定の中にある拠点の項目を開いた。
今はNPCであればだれでも洗浄屋に入ることができるようにしている。
してはいるけれど、それって店舗だけではなく、こちらのバックヤードも入れるようになっているっぽい。
ちなみにプレイヤーは私とフレンドになったうえで、私が許可をしない限りは洗浄屋自体に入ることができなくなっている。
……ということは。
「オルド!」
「はいぃ!」
「この目の前の不届き者を追い出してくれない?」
「ぇ?」
強制退去という項目がないため、メトゥスを説得して自分の足でここから出てもらわなければならないようだ。
私は一般ユーザーなので、運営のような権限はないけれど、システムの仲介者であるオルドに頼めばどうにかなるかと思ったのだけど。
「私の部屋はすでに決めている」
と言って、メトゥスは台所を出ていった。
「ちょっと! なに勝手に部屋を決めたとか言って、居座る気、満々なのよっ!」
追いかけようとしたけれど、キースががっつり抱きしめているため、動けない。
「キースさん!」
「追いかけて説得しようにも、あれは無理だ」
「分からないじゃないですか!」
「いや、あれはどう見てもサイコパスってヤツだ」
NPCでサイコパスってなにそれ怖い。
「まずはオルドに頼んで強制退去してもらえばいいだろう?」
「……はい」
キースの肩の上が定位置なオルドに視線を向けると、しおしおに萎れていた。
「オルド?」
「……リィナリティさん、申し訳ございません。ボクが不甲斐ないばかりに、そのあたりの担当から『出来ない』と言われました」
「出来ない? それはどちらの出来ないなの?」
「どちらの、と申しますと?」
「技術的に不可能なのか、出来るけどやりたくないから出来ないなのか」
「……残念ながら、後者です」
「ワガママ過ぎね?」
「はい、ボクもそう思います」
「呼べ」
「あの、呼べ、とは?」
「そんなワガママを言っている担当を呼べと言っている」
「キースさん、無限に裏っ側を呼ぶの、止めましょうよ」
「……それなら、コルでもいいぞ」
キースの言葉に呼応するようにキュポンっと音がして、イワトビペンギンが現れた。
「うちを呼んだのね?」
「あぁ、呼んだ」
キースはコルの手? 羽? を手に取ると、グイグイと部屋の端に引っ張っていった。
どうやら内緒話がしたいようだ。
それにしても、キースがイワトビペンギンと手を繋いでいる後ろ姿は、めちゃくちゃかわいい。
かわいいけど、なぜに私を抜きにするっ?
ムッとしたけど、私は私で出来ることをしよう。
「ねぇ、オルド」
「はい、なんでしょうか」
オルドも空気を読み取ったのか、キースにはついていってない。
「オルドと他のシステムさんたちの関係というか、パワーバランス? ってどうなってるの?」
「今回のことで分かったと思いますけど、ボクは無力で、他のシステム担当からは下に見られています」
「なんで? オルドは他のシステムさんの全員を知っていて、コンタクトを取ることが出来るのよね?」
「はい、おっしゃるとおりです」
「それってとても大切な役割だと思うのだけど」
「そう……ですか?」
「うん。だって、システムってひとつだけでは成り立たないじゃない? 連携出来ていないと色々困らない?」
「……困りますね」
「オルドはそれらをつないでいくのでしょう?」
「はい」
「だから秩序なのでしょう?」
「はい、そうです」
「だから、そんなに落ち込まないで」
オルドをそっと両手のひらで包んで胸もとに引き寄せて、撫で撫でしてあげた。
するとオルドは気持ちよさそうに目を閉じて、甘えるように体を擦り寄せてきた。
オルドの羽はふわふわしていて、さらには滑らかで触っていて気持ちがいい。
「キースさんもいいですが、リィナリティさんはもっといいです」
喜んでくれているようで良かった、良かった。




