第百六十話*この組み合わせって……
ログアウトしました。
いっつも思うのだけど、同じタイミングでログアウトしているはずなのに、どうして麻人さんのほうが速いのだろうか。
マシン性能の差?
それもあるかもだけど、それでも私が使ってるのだってそんなに劣ってないはず。
ううむ。
「莉那」
「あいにゃ?」
「話しかけてもいいか?」
「にゃ?」
顔を上げると、麻人さんは私と同じ目線にいてびっくりした。
「にゃ!」
「……さっきから『にゃ』と言ってて可愛くてそのまま寝室に連れ込みたいんだが、そういうわけにもいかないんだよな」
「あの、麻人さん?」
「なんだ?」
「夕飯?」
「そうだ。陽茉莉と楓真のふたりはもちろんのこと、上総とあとひとり来ると聞いている」
むむ?
上総さんは聞いていたけど、あとひとり?
その話はいつ出たの?
……ま、まあいいや。
いつも流してばかりと思われるかもだけど、流してなければやっていけないことばかりなのですよ!
あとはだいたいの場合、後から必ず分かるから、キースではないけど『考えても無駄』なのですよ。
私が言われた意味をきちんと飲み込んだ? からなのか、麻人さんはいつものように手を伸ばしてきたのでその上に手を乗せると、とても嬉しそうに笑みを浮かべ、引っ張ってくれた。
その勢いで立ち上がってVR機から出ると、ギュッと抱きしめられた。
「なんでだろうな、抱きしめないと不安になるというか」
「別に飛んでどこかに行ったりしないですよ」
「説得力がない」
「ぅ。……楓真からなんて聞いてるのか知らないけど、私だって好きで迷子になっているわけではないですからね?」
ま、まぁ、麻人さんの心配は残念ながら分からないでもない。
どこかに飛んでいかないとは言ったけれど、もしも私に羽があれば、絶対に気がおもむくままにあちこち飛んで行っているだろう。
でも、それをしないのは、羽がないのもだけど、そんな気ままだと生きていけないということを知ってしまったからだ。
睡眠も休憩も食べることも必要がなければその限りではないかもだけど、休まなければ疲れるし、食べなかったら動けなくなるし、眠る場所も確保しなくてはならない。
そうすると俗な話だけど、必要なのはお金な訳で。
別に大金持ちになりたいなんて思わないけど、暮らしていくのに困らないお金は欲しい。
だから働く──だったのだけど。
「莉那?」
「うにゃ?」
「考えすぎだ」
そう言って、額に柔らかな感触。
「っ!」
な、なに、今のっ?
額にキスされたっ?
「な、なっ?」
「くっ、赤くなってその驚いた顔、かわいすぎる」
恥ずかしくて麻人さんの胸に頬を押し当てたら、笑い声と一緒に麻人さんの心臓の音が聞こえてきた。
トクトクトクと規則正しい音に、なんだか安堵する。
「麻人さんの心臓の音がする」
「……あぁ、一応、生きているからな」
いつかそんなやりとりをしたことを思い出して、思わずクスリと笑うと、またもやギュッと抱きしめられた。
「オレたちの悩みなんて、この地球、いや、宇宙を思えばちっぽけなものだ」
「そうですけど」
「でも、その小さな世界で、悩んだり悲しんだり、怒ったり、笑ったり楽しんだり。宇宙からすれば小さいどころか認識もされないレベルでも、オレたちには脳があるから悩んでしまう」
おっしゃるとおりで。
「悩むなとは言わない。でも、その悩みはだれかに聞けば解決するのであれば、遠慮なく聞いて欲しい」
とは言うけれど、その聞くのだってなにも知らない子どもではないから、聞くのに勇気が必要になる。
「まぁ、今悩んでいるのはきっと、上総の連れのことだろうな」
「そ、そうですね」
それも聞きたいことではあった。
「オレも上総がだれかを連れてくるらしいとしか聞かされていない。もしかしたら一人かもしれないとも言われた」
「それ、いつ聞いたのですか?」
「昼の部にログインする直前だな」
なるほど。
「とはいえ、どうやら上総とその連れはすでに一階にいるみたいだな」
「……ふへっ?」
それって。
「待たせているってことですよねっ?」
「待たせてはいないと思うけどな。……陽茉莉と楓真も来たみたいだし、降りるか」
当たり前のように指を絡ませて手を繋がれて、階下に行くと陽茉莉と楓真が玄関にいた。
「おじゃまします」
「いらっしゃいませ?」
毎日のことなんだけど、ここで鉢合わせになるのは滅多にない。
だから出迎える側の私はなんとなく疑問になってしまう。
「上総お兄さまは?」
「もう来ていて、応接室にいると聞いている」
「それなら、食堂で待ちますわ」
呼びに行ってもと思ったけれど、私もおとなしく食堂で待とうと陽茉莉に付いていこうとしたら、麻人さんに首根っこをつかまれた。
「にゃあっ!」
「莉那はオレとこっちだ」
こっちって応接室?
陽茉莉たちとは別れて、私は麻人さんと応接室へ。
なんとなく気配を消して中の音を聞こうとしたけれど、壁が厚いのもあって聞こえない。
中の様子が分からないからなんとなく入りにくいのだけど、麻人さんはそんなことも構わずノックした。
強メンタルだ。
すぐにドアが開いて、上総さんの顔がのぞいた。
「あぁ、もう時間なのか」
「早かったか?」
「いや、ちょうどいい」
それから上総さんは部屋の中に戻ってなにやら部屋の中の人と話をして、戻ってきた。
ん? 上総さんの後ろにいる人、どこかで見たこと……が?
「って! フェラムさんっ?」
「ぇ、ぁ、そ……? えと? ……リィナリティさんっ?」
「あ、はいっ! こちらでは初めまして?」
「……初めまして」
お互いが笑えるくらいガッチガチになってそんなやりとりをしていると、麻人さんと上総さんが顔を見合わせたあと、ふたりして笑っていた。
ぉ、ぉぅ。
「彼女の紹介は陽茉莉たちと一緒にするよ」
そう言って上総さんは当たり前のようにフェラムの肩を抱くと、歩き出した。
ふたりの身長差はあまりない。
けっして上総さんが低いのではなく、フェラムが高いのだ。
ゲーム内と目線の高さが変わらないのだけど、なるほど、生身も背が高かったのね。
それにしても、私も麻人さんも人のことは言えないけど、まんまだな!
フィニメモと違うのは、髪と瞳の色、それから髪の長さ。
フィニメモのフェラムは黄色のロングヘアだったけど、現実では黒髪ショート。
顔は言わずもがな整っていて、とても凛々しい。イケメン女子といわれた理由が容易に分かった。
「ふむ」
ひとりで納得していると、麻人さんに突かれた。
足を止めると麻人さんも足を止めてくれた。
麻人さんの顔を見上げると、気持ち屈んでくれたので少し伸びをして耳元に顔を近づけようとしたけど、届かなかった。
うう、麻人さん、無駄に高すぎる!
麻人さんは私が届かないことに気がついてさらに屈んでくれたので耳に手を当てた。
というかだ、こんなにも身長差がっ!
「で、莉那?」
「ぁ。フェラムさん、ほんと、イケメン女子だと思って納得してました」
「だな」
麻人さんは少しくすぐったそうなそぶりを見せながらも同意してくれた。
「というか、麻人さんが見てもフェラムさんってイケメン女子なんですね」
「そうだな。……ところで莉那」
「はいにゃ?」
「耳元でそんなに囁かれると、こう、なんというかだな」
手首をつかまれた、と思ったら壁ドンですよ!
な、どうしてこうなったっ?
「莉那?」
「にゃっ! あ、麻人さん、落ち着いてっ! ご飯が!」
「ご飯より莉那を食べたい」
「そ、それは後でっ!」
あ、これだと後でなら食べていいって言ったようなものだ!
とそこで、視線を感じて麻人さん越しに向こうを見ると、上総さんとフェラムがジッとこちらを見ていた。
「ほら、麻人さん」
麻人さんをつつくと、麻人さんからは背中側なのだけど、見えているのか大きくため息をついて私から少し離れてくれた。
「食堂に行こう」
と上総さんが誘導してくれたおかげで、ようやく食堂についた。
ここまでたどり着くの、長くない?
陽茉莉と楓真はすでに座ってお茶を飲んでいたのだけど、私たちが室内に入ると立ち上がった。




