第十六話*《二日目》これって戦闘に使えるスキルなのですか?
洗浄屋はいわゆるクリーニング店だったということはよく分かった。
だけど今のスキルがどう戦闘に役立つものなのかは、いまいち分からない。
「とりあえず、先ほどの布にアイロンを掛けて仕上げてしまうよ」
クイさんはオルが洗ったシーツを抱えると、アイロン台のある部屋へ向かった。私もオルを抱っこして着いていく。
クイさんはまずは持っていたシーツを台の上に乗せ、その中から一枚だけ抜き取り、隣の台に広げた。
それから見慣れたアイロンを取り出すと、サーッと端から端まで掛けていった。
「『アイロン仕上げ』」
例のあの謎スキルを使ったあと、クイさんはこれまた早技でシーツをたたむと、さらに横の台に乗せた。
そしてあっという間に三枚ともアイロンを掛けて仕上げていった。
「オルもすごかったけど、クイさんもすごい!」
なんだか魔法を見ているようだった。
「なに、これくらいはリィナもできるようになるさ」
「ぼくがねーちゃんに教えてあげるから、できるようになるよ!」
「二人とも、ありがとう」
そして、オルはまたふわふわと先ほどの洗濯をする部屋に戻っていった。籠の中にまだシーツが残っていたのだろう。
「さて、オルの仕事が終わるまでに説明をしようかね」
そしてクイさんは一連の流れがどういったものであるのか教えてくれた。
まず、『癒しの雨』。
これは洗濯物に使う場合、布を濡らす役割もあるが、使用して傷んだ部分を修復する役割もあるという。
フィニメモでは耐久値はないけれど、それでもやはり使っていると汚れてくる。汚れが酷くなると防具に付与されている効果が充分に発揮されなくなるということがあるそうだ。だから癒しの雨で汚れを落とすらしい。
さらに戦闘中にこのスキルを使うと、雨が降っている間は徐々に体力が回復していくし、防具の汚れまで落としてくれる優れものだという。
それはすごい! と思ったが、使用者にはデメリットがある。
ただでさえヘイト値が高いのにこれを使うと、タンクのヘイトスキルが意味をなさなくなるほどのヘイト値を稼いでしまうらしい。だから使いどころが難しいようだ。
そして、『洗浄の泡』であるが、これは汚れを浮き上がらせるスキルになる。
ただ、こちらは戦闘中に敵に使うと、泡のせいでツルツルすべって攻撃をミスらせるという効果があるという。
いわゆるデバフというヤツである。
そして、最後の乾燥だが、通常の使い方は洗濯したものを乾かすスキルになる。だが、戦闘で使う場合は──。
「使い方次第では一人で戦えるようになるさ」
と言って、クイさんはそれ以上は教えてくれなかった。
自分で使い方を考えろってことなのだろう。
「アイロン技は『アイロン仕上げ』だけではないからね」
防御力強化が出来ると言っていたから、攻撃力強化もありそうだ。
「ほら、このあたりならリィナでもアイロンを掛けられるだろう? アイロンを掛け終わったら、必ずアイロン仕上げを使うんだよ」
クイさんに渡されたのは、コースターくらいの小さな布。その数……数えるのが嫌になるほどの枚数だった。
とにかくひたすらにアイロンを掛け、アイロン仕上げを使い、黙々と仕上げた。
途中でクイさんが休憩と言ってくれなければ、ずっとやり続けていたかもしれない。
「そうだ、先ほどのシーツと今のコースターだけど、トレースとともに届けにいってくれないかい?」
クイさんの言葉のあと、私の視界には『荷物を届けよう!』という文字が浮かび上がった。どうやらお届けクエストらしい。
「はい、分かりました」
「それなら、少し休憩してから行ってもらおうかね」
クイさんに連れられて台所に行き、お茶を飲んだ。
「このお茶、美味しい!」
「そうだろう。それはお茶屋で買ってきたものなんだけど、そこはなかなかいい茶葉を置いているんだ」
ふむふむ。
「さて、お茶を飲んだらもう少しだけ頑張るかね」
アイロン部屋に戻り、残りのコースターにアイロンを掛けた。
しかしこれだけのコースターを作るのも大変そうだ。
クイさんは仕上がり具合を確認した後、預かっていた品物と伝票に書かれている数に間違いがないかを確認して袋に入れると私に渡してきた。
「はい、これだよ。裏口にいるトレースと一緒に行っておくれ」
「はい、行ってきます!」
私はクイさんから渡された荷物を受け取り裏口に向かうと、トレースが待っていてくれた。そしてトレースはさりげなく私が抱えていた荷物をスルリと抜き取り、無言で歩き始めた。
トレースさん、無口だけどそのさりげないところ、なかなか格好いいではないですか!
トレースは私がきちんと着いてきているか、たまにチラリと後ろを振り返って確認してくれている。
あれこれ、横に並んで歩くのがいい?
ちょっとだけ歩む速度をあげてトレースの横に並んだら、トレースが足を止めた。
「すまない」
「ん、なにが?」
「いつもと同じように歩いてた」
「うん、気にしなくて大丈夫。あんまりのんびりしてたら、他の配達に行けないもんね」
果たして洗浄屋がどれだけの需要があるのか分からないし、配達もどれだけあるのかも知らない。
でもきっと、それなりに忙しいのだろうと思う。
それからトレースは少し歩く速度を落としてくれた。
「トレースはどういう経緯で洗浄屋に来たの?」
オルとクイさんはフーマに助けられて洗浄屋に来たと言っていた。トレースもフーマ絡みなのかも。
「オレたち獣人は、地域によって嫌われている」
「ぇっ、そ、そうなのっ?」
「森の中で暮らしていたんだが、ある日いきなり獣人狩りが始まって……追われていたところで、弓使いのエルフ二人に助けられて、ここに来た」
フーマとキースさんのことのようだ。
私もあまり人のことを言えないけど、あの二人もかなり斜めなプレイをしていたようだ。
「今は追われることもなく、平和に暮らせている」
「それなら良かった!」
そう言ってトレースに笑いかけたら、なぜかちょっとだけ頬が赤くなっているような気がした。なんで?
「……ほら、配達先が見えてきた」
トレースは話をそらすように言って、今まで見てきた中でもかなり大きな建物を指さした。
「あそこが目的の屋敷だ」
「大きなお屋敷ね」
すごいな、この建物。
今まで見てきた中でもひときわ大きいのも驚きだけど、見た目が完全に昔の武家屋敷なんですけど。
今まで見てきた建物はいかにもなファンタジーな建物だったのに、ここでいきなり和風をぶっ込んでくるこのセンス。
これは一体、だれの趣味なのだろうか。
屋敷の前には木製の門があり、左右に槍を持って鎧を着込んだエルフが立っていた。
エルフが鎧……。
このミスマッチぶりがなんとも言えない。
門番はトレースを知っているようで、二・三言、言葉を交わして、トレースは私のことを紹介してくれて、門の内側に入ることが出来た。
ここに来るまでは横並びで来たけど、この先は後ろからついていこう。
洗濯物を持っていく場所はどうやら屋敷の奥にあたるみたいだ。屋敷をぐるりと回って行くとトレースが説明してくれた。
屋敷の周りは拓けていて、通り道は石畳になっていた。
和風の建物だから庭も和風かと思いきや、見事に裏切ってくれた。なんと周りはどう見ても洋風な庭だった。薔薇や百合といった花々が咲き乱れている。
綺麗なんですけどね。
なんだろう、この不協和音を奏でる和洋折衷具合。
別に鯉が泳ぐ池があって、ししおどしがあって、枯山水に苔むした庭とまでは言わないけど、日本家屋と西洋風の庭はミスマッチだ。
もしかしたら調和してるところもあるかもだけど、少なくともここはお互いが主張しすぎてケンカしているようにしか見えない。
そんなことを思いながら歩いていると、トレースは目的地に着いたようで、足を止めた。私も足を止め、長身のトレースの脇から前を見た。
トレースの前には、私より若干背の低い、かわいらしいウサギ耳の少女が立っていた。




