第十五話*《二日目》洗浄屋ってなにをするところなのですか?
朝、起きると、楓真からメッセージが届いていた。
送信時間を見ると、イギリス時間で〇時過ぎ。今は日本時間で朝の八時過ぎなので、どうやら送られたばかりのようだった。
電話をしようかと思ったけれど、向こうは寝ているかもしれないから遠慮しておこう。
メッセージを見ると、とんでもない発見をしやがってみたいな恨み節だった。
予想どおりの反応ではあったけど、そう言われても困るのですが。
ちなみに昨日はリアルで夕飯を食べるためにあの後すぐにログアウトした。
楓真に動画を送って、ご飯を食べて、お風呂に入って少し休んでからインしようと思っていたのだけど、気がついたら寝てしまっていて、起きたら今だった。
思ったよりも疲れていたようだ。
「そうだ!」
楓真に痛覚設定のことを聞こうと思っていたのを思い出した。
VRはリアル世界と変わらずに一人称視点になっていることが多いため、リアルとVRの境界が曖昧になることがある。
VRが今のような形になった初期には痛覚はリアルと変わらずに感じていたようなのだけど、あまりにもリアルとVRの境目が曖昧で、VRで感じた痛みがリアルにも伝わり、何人か死人が出たという。
そのため、VR内で感じる痛みは通常の設定では三十%だ。痛みを感じないとそれはそれで危険だということでこんな設定になっている。
ただこの痛覚設定、ユーザー側が任意で変更することが出来る。
通常ならデフォルト設定でいくし、痛覚設定を弄って痛みをより強く感じようなんて、おかしな人くらいしかしない。
フィニメモに慣れるために他のゲームをやったときにはこの痛覚設定はデフォルトだったと思う。
だからフィニメモのみ痛覚設定を変更してるなんて思うわけもなく。
どうしてそんな設定にしたのか、私は楓真ではないから分からない。
設定の変更をしたくても、どうすればよいのか分からない。なので楓真に聞こうと思っていたのだけど、すっかり忘れていた。
でもまぁ、しばらくは村でクエストをこなすつもりだからこのままでも問題ないか。そういうことにしておこう。
それから着替えて朝ご飯食べて、九時前にフィニメモにログインした。
◇
今日もとりあえずログイン直後から録画をしておく。
チェックする楓真は大変だろうけど、私にはどれが必要でどれが必要ではないのかわからないのだ。
それに動画の編集にはデータが少ないより多いほうがいいのではという素人考えもあった。
やはり見慣れない天井。
そのうちこの天井も見慣れる日が来るのだろうか。
身体を起こして階下の台所に行くと、オルがすぐに駆けつけてきて、抱きついてきた。かわいすぎる。
「おはよ、オル。昨日は夜に来られなくて、ごめんね」
「ううん、いいよ! ねーちゃんも疲れてただろうし」
「オルは『ねーちゃん来るまで待つ~』と言ってすぐに寝たから大丈夫よ」
「それ、言わないでっていったのに!」
「あ、そうだったわね。ごめんね、あんまりにもかわいかったから、つい」
ドゥオが言いたいことがすごく分かるので、うなずいた。たしかにかわいい。
「オル、ありがとね」
「うん! ぼくたち、いつでもねーちゃんのこと、待ってるから!」
そんなことを言われたら、毎日、無理してでもインをしそうで怖い。
「無理をしない程度でいいですからね?」
私の考えを見透かすようなドゥオの言葉に、苦笑を返した。
とそこにウーヌスがやってきた。
「さて、リィナさんもいますね。私とドゥオはお店で接客をしてますので、リィナさんはクイと一緒に裏で作業をおねがいしますね」
結局のところ、昨日の様子から村から出るのは難しいのではないかという結論になった。村の中で受けられるクエストもあるようだし、それをこなしてレベルを上げるのがいいだろうとなったのだけど、その前に私の持つスキルを使いこなすのが先となり、こうしてお店の裏方をして過ごすことになった。
なんだかゲームをするためにインしたのに、仕事をしている気分になるのはなんでだろう。
クイさんとオルと一緒に、昨日、ウーヌスからスキルの使い方を聞いた部屋に移動する。
改めて部屋の中を見ると、壁を沿うように机が置かれていて、机の板には銀色の布が被せてあった。なるほど、これはアイロン台なのか。
「リィナはまだ大きなものにアイロンは掛けられないと思うので、小さなものが来たらお願いするから」
「はい」
ということで、私はここでクイさんの仕事ぶりを見学して、スキルの向上をはかることにした。
……ん?
ちょっと待って?
洗浄屋ってクリーニング店みたいなものという認識はあるけど、具体的にはいったいなにをするところなの?
「あのぉ、つかぬことをお伺いいたしますが」
「うん、なんだい?」
「あの、初歩的な質問なのですが、洗浄屋ってなにをするところなのですか?」
私の質問に、クイさんはそういえば……という表情を向けてきた。
もしかして、最初に説明されるはずだったこと?
「あー……。ここは汚れた布製品を預かって、洗濯して、アイロンを掛けるところなんだよ」
やはりクリーニング店みたいなもの?
「それが基本なんだけどね、熟練になると色々と効果を付けることが出来るようになるんだ。あとは布なのに鉄のようにすることもできる」
そう言われて、私はインベントリからあの白い鉄の板を取り出した。
「これ、とか?」
「あぁ、まさしくそうだね。だけどそれ、はさみで切ることが出来るんだよ」
鉄の板なのにはさみで切れる?
だってこれ、結構な固さがあるけど。
「専用の裁ちばさみでしか切れないけどね」
そういうことか。
「あの、洗濯してるのはだれなんですか?」
「オルだよ」
「え、オルなのっ? オルってすごいのね!」
「えへへ、そうでもないよ」
「あたしも手伝ってるよ」
「へー」
とそこへ、ウーヌスがやってきた。
「オル、お客さんから預かったもの、籠に入れてるからよろしく」
「あいー!」
ということで、私たちは洗濯をする部屋へと移動した。
こちらも思ったより広い部屋ではあったけど、壁も床もお風呂のようなタイル張りだった。
そして特徴的なのは、部屋の真ん中に低い壁で四角い区切りがされていた。プールというか、浴槽というか、それにしては浅いので不思議に思っていると、オルは私から離れてふわふわと籠のところまで飛んでいった。
オルは籠の中を覗き込んで入っている物を確認すると、一つずつ掴んでは真ん中の区切りの中に放り込んでいた。
それは見事なまでに綺麗に区切りの床に重ならずに広がっていた。
区切りの中を見ると、どうやらそれらはシーツのようだった。三枚ほど入れると、区切りの中はシーツでいっぱいになった。
「ねーちゃん、これからぼくがやること、しっかりみててね」
「うん」
オルはこれからいったいなにをするのだろう。
オルはふわふわと移動して、区切りの真ん中あたりにいた。
「『癒しの雨』っ!」
オルの声に呼応して、シーツの上にまるでシャワーのように水が降り注いだ。それはシーツをまんべんなく濡らすと、止まった。
「次は『洗浄の泡』っ!」
区切りの中にはシーツと今の癒しの雨で注がれた水しかなかったはずなのに、オルの声に合わせて、シーツからモコモコっと泡が浮いてきた。しかもその泡は白くなくて、微妙に薄汚れた色をしている。
えっ、なにこれっ?
「うーん、結構、汚れてるね」
「そうねぇ」
「二度洗いしたほうがいいかな?」
「ちょっと待ってね」
そう言って、クイさんはシーツの入っていた籠に近づき、伝票を確認していた。
「二度洗いの指定はないから、泡を流して、乾燥で」
「あいあいさー」
オルは慣れた様子で再度、癒しの雨なるスキルを使って泡を流した後、布を乾燥させていた。
「で、ここからはさっきの部屋に戻って、アイロンを掛けて完成になる」
「ほぉ」
まさしくクリーニング店ではあるけれど、これだけ見ていたら、どう戦闘に役に立つのかまったく分からない。
「分からないって顔をしてるね」
「……はい」
「正直でよろしい!」
よろしいと言われても、それで分かるようになるわけではないよ?




