第百四十六話*《十七日目》黄色い犬
昨日は一時間くらいでハーブ採取に飽きたので、早めにログアウトした。なのでフィニメモ内では無難になにごともなく終わった。そういう日もあるよね。
そして今日は! シェリと商店街でお買い物である。
そういえば昨日、ログアウトしてスマホを確認したら楓真からメッセージが来ていて、土曜日は午後からフィニメモにログインする予定とあった。
そういえばここ数日、フーマとマリー、伊勢と甲斐の四人は私が知る限りではログインしていない。
こちらと違って向こうはいろいろあるのかもしれない。
な、なんかこちらが暇してるみたいだけど、決して違う……と思いたい。
さて、ログインしてすぐなので、フィニメモ内の自室@キースと一緒、である。
ログインとともにフェリスは首に来て、イロンはインベントリから飛び出てきている。
あ、イロンなんだけど、オルドにお願いして、私がログアウトしたら自動的にインベントリに収納されるようにしてもらったらしい。
毎回、入れ忘れそうになってイロンに泣きつかれて片付ける、が続いていたので、自動的にインベントリに入ってくれるのはとても助かる。
「キースさん」
「なんだ?」
「呼んでみただけです」
「…………」
「というのは嘘でして」
「……多少のことでは動じないと思っていたんだが」
そう言って、キースは目頭を押さえていた。
あれ、キースには冗談が通じない?
「リィナがかわいすぎて辛い」
「……ぇ?」
「名前を呼んでみただけ、でも悶絶なのに、それが嘘だとか……昨日からオレを殺しに来てるな?」
「そ、そんなつもりは」
「昨日の毒草攻撃はあれはあれで試されていたのだな」
「ぉ、ぉぅ」
妙な感じで前向きにとらえてるぞ。いいのだろうか。
「あの、本題に入ってよろしいでしょうか」
「……このままログアウトと言いたいのでよろしくないんだが、話を聞いてから決めるとしよう」
どうやら私はキースのなにかを踏み抜いてしまったらしい。
楓真さま。キースの扱いはとても難しいです!
「あの、今日はシェリと商店街に行く約束をしたのですが」
「していたな」
「一昨日、商店街って全部見たのでしょうか」
「いや、半分だな。武器屋、防具屋は中を見ていないし、その先には素材、材料を扱っている店がある」
「シェリと行くなら武器屋、防具屋はいいかな。それに、防具はマリー作のこの服がありますし」
「そうだな」
それならば、素材、材料を扱っているお店を見に行く、ということで。
ちなみに。
この部屋にはベッドはふたつだ。
ひとつはフェリス用。前はイロンもだったけど、インベントリに入るようになったので、必要なくなった。そのため、フェリス用はフェリスが寝られるように調整されたので、小さい。
そしてもうひとつは、私とキース用。
なんでベッドがひとつなのよと思うのだけど、ひとつだ。
フェリス用が小さくなったので、こちらも調整されて広くはなっているけれど、ひとつだ。
そして、今までキースが使っていた部屋は、空き部屋になっている。
この先、ここに寝泊まりする人が増えるとは思えないのだけど、キースの部屋は私と一緒になってしまった。
ま、まぁ、ログインとログアウトでしか使わないからいいんだけどっ! いいんですけどね?
……ちょっと……、いや、かーなーり! キースがゲーム内でもゲーム外でもベタベタなのよね……。
父のベタベタ具合を知っているけど、あれは父が特別ベタベタする人だと思っていたのだけど、どうやら違うようだ、というのを思い知らされているところなのですが。
母方の男性ってこんなだった?
ここ数年は行ってないので記憶があやふやだけど……。
うーん? 思い出せない。
ここは後で楓真に確認しよう。……私が聞くのを覚えていたら、だけど!
それはともかく。
「台所に行きますか」
「……気が進まないが、約束をしていたから仕方がない。ただし、今日の夜はログインしないからな」
「ぅ?」
「ここが妥協点だ。これ以上は譲れない」
午前中はシェリとの約束、午後から夕飯まではフーマとマリーたちと狩り。夕飯後は予定なしだけど、キース……というより麻人さんが予約? を入れてきた。
あら、私の今日の予定はこれで埋まってしまいましたね。
「分かりました。本日の夜は麻人さんと、と予定を入れました」
「……分かった」
少し不満そうではあったけど、承諾してくれた。
ワガママを言われたら私もワガママで対抗しようと思っていたのだけど、それをしなくてもよさそうでホッとした。
「それでは! いざ、台所へっ!」
「……元気だな」
「ふふふ……。シェリがなにかしでかしてくれそうで、楽しみなのですよ!」
「なにかしでかすのはリィナの十八番だろうが」
「ぅ」
別に好きでしでかしたりやらかしているわけではないのです! と言いたかったのだけど、フィニメモではやらかしまくっている自覚はあるので言葉に詰まった。
いやだけど!
フィニメモでのやらかしのほとんどがキース絡みだと思うのですよ!
「そのやらかしの大半はキースさんのせいですからねっ!」
「そうなのかもな」
あれ、あっさり?
「オルド、実際のところの真相は?」
「キースさんのせいです」
「……オルド?」
「ボ、ボクを脅してもなんにもなりませんからね! むしろAIは、キースさんが何者かを調べるために色々と仕掛けてきてるのですからね!」
なるほど、そういうこと?
「それなら、マリーも対象になるだろう」
「マリーさんは……キースさんほど面白くないと」
「それはAIの感想か?」
「そうです」
「オルドがシステムが具現化したものなら、そのうち、直接オレを調べたいとか言ってAIもなんらかのかたちになって現れる可能性があるということか」
「AIだからアイちゃんですかね?」
「おい、リィナっ! むやみやたらに名前をつけるな! しかもなんだその単刀直入な名前は」
「アイちゃんって名前、かわいくないですか?」
「だれもそんなことは求めてないからなっ! AIの名前といえば、イライザだろうが!」
「既存の名前をつけるなんて、つまらないじゃないですか!」
私とキースがいつものようにぎゃいぎゃい言っていると、視界が微妙に黄色くなってきた。
最初は気のせいかと思っていたのだけど、だんだんと色が濃くなってきて、キースの姿が見えなくなってきた。
「む?」
「リィナ、呼んだか」
「なにを?」
「AIのアイちゃん」
「……な、なんだろう。キースさんのそのやたらと良い声でアイちゃんと言われたら、むずむずするのですけど」
キースがアイちゃんと言った途端、その黄色いなにかは跳ね上がった。
そして形のないそれは徐々に密度を増して──。
「黄色い……犬?」
「犬、だな」
もっふもふでかなり身体の大きな黄色い犬が現れた。
「黄色い毛の犬っていましたっけ?」
「いないな」
「あたしはアイちゃんなのだ!」
「……自分でちゃんをつけるのはどうかと」
「アイちゃん、が名前なのかもしれないだろ」
「ぇ、それならアイちゃんさんとか言われてしまうのですか?」
「なんというか、座りが悪いというか、格好がつかないな」
「名前はアイ、で」
「あたしの名前はアイ、なの?」
「うん、そうよ」
「……って! 待てよ! おいっ! まさかおまえ」
「オルドだけふたりに構ってもらってずるいのだ!」
「……リィナリティさん、またもややらかしてしまいましたね」
「え? 私なのっ?」
「どう考えてもそうだな」
な、なんということでしょう!
AIまで来てしまったのですが、な、なんというか、色々とヤバくないですかっ?




