第百四十五話*【キース視点】莉那が愛しすぎてつらい
莉那のことを知れば知るほど、愛しさが増していく。
知り合いになる前から一方的に見ていて好感度は高かった。
正式に知り合って、知れば知るほどさらに好意が上がっていく。
愛している、という言葉では足りないほど、莉那のことが愛しくて仕方がない。
寝ているときでさえ、片時としても離したくないと思うほどだ。
莉那がオレのことをどう思っているのか。
いつも気になるのだが、莉那は莉那なりにオレのことを想っていてくれている。
オレと同じくらいの想いでいてくれているとうれしいけれど、そうなると煩わしくなりそうだとも思ってしまう。
もちろん、好きな相手から好意を寄せられるのはうれしい。
のだが、今まで一方的に寄せられた妙な熱量を持った好意ばかりに晒されてきたため、いざ、莉那からオレが莉那に対して持っている熱量と同じ好意を向けられたら、振り払ってしまいそうだった。
我ながらワガママだと思っているけれど、莉那から向けられている好きな気持ちは、今くらいがちょうど良いのかもしれない。
莉那は莉那のとき──要するに現実世界にいるとき──は、無表情の仮面の下に様々な思いを押し込めて生きているように見える。
そんなに感情を押し込めて我慢して、いつか爆発しないのだろうか。ハラハラとした気持ちを抱かされる。
オレが出来ることといえば、そんな莉那を労って、抱えた負の気持ちを発散させることくらいだ。
そこはまだ手探りで、成功しているとは思えない。
むしろ体力を削り、回復を阻害しているような気がしないでもない。
これについては別の方向からアプローチしてみようと思っている。
それにしても。現実世界での付き合いが短いのもあるからなのか、莉那がたまにぎこちない。
そのことについて指摘すると、ものすごい速さで取り繕うのだから、それはそれで面白い。
一方、フィニメモ内ではオレの正体を知る前と知った後とで態度が変わらない。
豹変されると『おまえもか』という残念な気持ちになるので変わらないでいてくれるのは大変うれしい。
商店街に行って、茶屋でからくり人形が怖くて抱きついてきたときは、いきなりだったのと、あまりのかわいさに抱きしめることも出来なかった。
楓真がしきりに女神という意味も、このとき、いやというほど知ることになった。
それにしても、莉那はどうしてこんなにもかわいいのだろうか。
なのだが。
リアルでは控え目を通り越して、存在感を希薄に……時としては消し去っている。
それは見事で、たまに気配が完全に消えていて焦ることがある。
あの気配の消し具合、おまえは忍者かなにかか! と言いたくなる。
しかし、なぜそこまでして存在を消そうとしているのか。
気配を消さなくてはならない理由はなさそうなんだが……。
もしかして、楓真と関係があるのか?
楓真もかなりモテる。
見た目も良く、頭もよく、運動神経もいいとなれば、ほぼ弱点がない。しかも人当たりはオレと違ってよい。
ある意味、完璧人間に見える楓真だが、最大の弱点は莉那の存在だ。
あいつは重度のシスコンだ。姉の莉那を人質に取れば、なんでも言うことを聞くだろう。
だからなのか? 莉那はあえて存在を消している。
弟思いといえばそうなのだが、それだけではなさそうでもある。
莉那は一見すると、地味のひと言だ。
それは本人が意図してやっているようなのだが、どうしてそうしているのかは、はっきり分からない。
本人に聞いたとしても、明確な答えが返ってくるか怪しい。
理由はともかく。
オレとしてみれば、莉那が地味だろうが、派手であろうが、どちらでもいい。中身が重要で、見た目はおまけだ。
中身は見た目とは裏腹に、というと怒られそうだが、なかなか面白い。
楓真相手でもそうだったが、それ以上に打てば響くとはこういうことなのだな、というほど、ぽんぽんと返ってくる。
莉那と話をしていると、楽しい。
たまにとんでもない方向や角度から返事が返ってくることもあるが、それを含めて楽しい。
油断をすると、あまりの楽しさに時間を忘れてしまうことがある。
こんなにも愛おしい存在がこの世にいたなんて、思ってもいなかった。
そういえば、オレの兄である上総から、オレの未来について訓示を受けた。
上総とは、オレが中学生くらいまではそこそこ話をした。
あいつはオレと違って周りにはなぜか男性が多かったが、それでもオレたちと同じく独りだった。
いや、正確にいえばオレたちとさえ違っていて、独り。
ふわふわとした雰囲気と唐突な不思議発言もあり、たまに生きているのかと疑ってしまうこともあったぐらいだ。
まだこの頃の上総は未来が視える、だなんてことはなく……。いや、すでに視えていたからこそ、生を感じさせないふわふわした雰囲気を醸していたのかもしれない。
幼いころは凛々しくてとても頼もしかったのだけど、いつの頃からだろうか、今を生きていないような雰囲気になったのは。
──それは分からないけれど、上総から『莉那を護る』ようにと言われた。
それは義妹だからなのかと聞くと、それはまったく関係なく、莉那は仮想・現実と現実世界の行方の鍵になっているからだと言われた。
だから莉那の未来は視えない、と。
上総の言っていることは分からなかった。
どうして莉那がキーになるのか。
莉那がキーだろうがなんだろうが、護るに決まっている。
そして上総から、莉那と出逢うのは必然だった、と言われた。
楓真と知り合った以上、姉である莉那と逢うのは必然であっただろう。
だけど上総は、楓真と会っていなくても、莉那とは絶対に逢っていた、というのだ。
どうしてと目だけで問えば、なにも言わずに莉那と楓真の母であるなずこさんに視線を向けていた。
莉那がキーなのは、なずこさんに原因があるということか。
色々と腑に落ちなかったけれど、そうだと言われればそれまでだ。
なにか未来に変化があれば、連絡をすると言われた。
それにしても。
オレたちの血族は、未来なんて視えなかったのではないだろうか。
上総はどうして視えると言っているのだろうか。
オレは上総とは違って、視えない。
ただ、なんとなく肌で感じるものはある。
ここはいい場所、ここは悪い場所。
ここは長く保たない、ここは今は低調だけど、もう少ししたら爆発して上がってくる、など。
それは実際の場所であったり、会社やブランドといった形のないもの、に対しても分かる感覚的なものだった。
とそこで、どうして藍野家は金が潤沢にあるのか悟った。
この感覚を使って、投資・投機をしてきたのだ。
少ない労力で最大限の効果を出す。
藍野らしい稼ぎ方だと思った。
だからオレもこっそりとやっていて、そこそこの利益が出ている。
だから。
オレは、オレが選択して入った会社が潰れると上総に言われて納得出来なかったのだが、違うのだ。
会社がオレたちを拒否したからだ、と。
オレがいる限りは大丈夫だったはずなのに、むしろオレが入ったことでなくなる未来が消えていたはずなのに、と。
愚かな選択をした、と。
上総は冷たく笑っていた。
それを見て、上総もやはり藍野なのだな、と納得した。
──上総の話になってしまったが、そんな訳で莉那とこういう関係になるのは決められていたらしい。
そうだとしたら、オレが感じている莉那への気持ちは、なんだか分からないなにかに操られているということなのか。
いや、それはない。
それならば、楓真に感じた『こいつだ!』的な直感はなんだったというのだ。
それも莉那に繋がるから?
違う、そうではない。
オレが莉那に感じるこの狂おしいほどの愛しさ──一歩間違ったら狂気と紙一重──はなんだというのだ。
これが作られた感情ならば、人類はもう狂っているとしか思えない。
だから莉那に感じるこの感情は、オレが持っていて、だれかから与えられた気持ちが悪い感情ではない、と言い切れる。
そうでなければ、いや、絶対にそうだ。
そうでなければ、莉那から想ってもらえるはずはないのだ。
もしもこれが偽りならば、莉那のそれはなんだというのだ。




