第百四十一話*《十五日目》商店街に行こう!
フードを被ったかなり背の高い人物と、紅いボブで首に青い毛皮を巻き、肩のあたりにひしゃくが浮いた女子の組み合わせは、端から見なくても怪しさ満点である。
とはいえ、ここはフィニス・メモリアというゲームの中。私たちより怪しい見た目の人たちは、たくさんいるはず!
それに、人ごみに紛れてしまえば目立たない! はず……。
自分に言い聞かせて、いつものごとくキースに手を繋がれて洗浄屋の外へ。
世界樹の村にいるはずなんだけど、最近では村を通らなくても別の地域に行くことが出来るから、久しぶりだ。
私たちの少し後ろにフェラムがエルフの姿のままついてきている。
「フェラム」
「はい」
「新規はさすがにまだいるよな?」
「えぇ。一時期のとんでもない新規プレイヤー数を思うと減少してますが、それでも日に一万近くはいるのではないかと」
「そ、そんなにいるのっ?」
「いますね。VR機の台数を考えると、そろそろ新規はガクンと減るはずなのですけどね」
「ふむ」
「MMORPGは据え置き機でやるRPGよりはるかに時間と手間がかかりますから、用意したダウンロードコードは余るという見込みだったのですよ」
「へっ?」
「とはいえ、フィニメモはこれからもっと拡張していきますから、今の十倍……というと言い過ぎかもですが、それだけのユーザー数に耐えうるように設計がされてます」
今でも広くて探索仕切れないと言われているのに、さらに拡張ってどれだけ広がっていくのだろう。
それなのに、私はまだ世界樹の村で燻っているというね!
「プレイヤー数が増えるというのは、喜ばしいことだけとは限らないのですよね……」
ま、まぁ、そうですよね。
同じ%でも、母数が大きければそれだけ数が増えるものね。
「それにしても……。やはり世界樹は別格、ですね」
私たちはいつの間にか世界樹の近くまで来ていた。
久しぶりに見る世界樹はやはり圧巻で、データだと分かっていても感動してしまう。
「──現実世界とディシュ・ガウデーレの差って、なんでしょうね」
私のつぶやきに、キースとフェラムは唸った後、黙り込んだ。
私の耳には世界樹の葉が風に吹かれてさらさらと奏でる心地よい音と、その世界樹の周りにいる新規プレイヤーと初心者たちの衣ずれや話し声。
のんびりとした空気。
最近、リアルではなんだかギスギスしているので、その風景は心が洗われる。
「……現実に戻りたくない」
「気持ちは激しく分かるが、そう言うな。もう少しの辛抱だ」
しかもですよ!
私の残りの有給日数を見た人事部は慌てて連絡を取ってきて、勤務は明日までにして、残りは有給がなくなるまで在籍にして、なくなったところで退職とすると言われたのだ。
有給が無駄なく消化されるのは嬉しいけど、いきなり明日までって。
出勤残数から逆算して引き継ぎスケジュールを立てたのに、むちゃくちゃじゃない?
なので引き継ぎが完了するまで勤務しますと返したら、引き継ぎが終わったら次の日から持分の有給がなくなるまで在籍でよい、なんて……。
なんというか、待遇が良すぎて怖い。
というリアルの話はともかくとして。
「商店街は世界樹から北東方面ですよね?」
「あぁ」
世界樹が村の真ん中にあるので、道に迷ったら世界樹に戻って確認をするのが近道だ。
パッシブに迷子が搭載されている身とすれば、それでも迷うのは確定しているのだけどね!
地図を広げて、目的地までマッピング……と。
「マッピングデータの売り買いが出来ると、パッシブに迷子を搭載している人たちは泣いて喜びそうです」
「それもいいが、あの例のサブクエストをやっていて思ったのだが、会話でしか次の目的地へのルート説明がないときがあって、ものすごく困ったぞ。あれで次にどこに行けばいいのか分からなくて、クエストを放置している人が多いみたいだぞ。ナビゲーション機能があるとすごく助かる」
「ナビゲーション機能、いいですね! 特にパッシブ:迷子持ちには……」
あっても迷子になるのがパッシブ:迷子、ですけどね!
「でもまぁ、迷子になったから素敵な出会いがあったりするのですけどね」
「それも一理ある」
とはいえ。
「世の中の効率厨のために、ナビゲーション機能の搭載を検討してほしい」
「それについてですが、すでに検討されています」
「さすがにしていたか」
「はい。検討の結果、保留です。すぐに実装できるほど、単純なつくりではありませんからね」
「それなら、マッピングデータのやり取りは?」
「データを売買されると……という意見がありまして」
「そこはプレイヤーに任せていいんじゃないか? それで商売するのもよし、だし」
「……今、似たようなことで商売している一部のプレイヤーがいるのですよ」
「あぁ、ナビゲーター商売だな」
「ナビゲーター商売?」
「目的地まで金を払って案内してもらうサービスだ」
「ほう」
なんというか、たくましいというか、自由というか。
でも、確実に目的地まで行けるのなら、お金を払って案内してもらうってのもありかもしれない。
そんなことを話ながら歩いていたら、目的地の商店街の入口についていた。
「ここが世界樹の村の商店街です」
フェラムがなぜかドヤッて言う。
「なにを隠そう、実はこの商店街、私がデザインしましたっ!」
「フェラムさんが……?」
「はい。人手が足りなくて、私プロデュースで店舗のチョイスから配置や店名もですね」
「なるほど。それでここだけ妙に凝っていて、風変わりなのか」
「……あっ、あなたに風変わりと言われるとは、心外ですね」
「オレの知識として知る商店街とは一線どころかかなり画しているからな」
ぱっと見ただけではどこが変わっているのか分からない。
「とりあえず、どうぞ!」
おそるおそる、足を進めて中へと入る。
「……………………」
中に入って、絶句してしまった。
「ななな、なんで! お店と店員の見た目が全部っ! 同じなのですかっ!」
そうなのだ、商店街に一歩踏み入れただけで、その異様さにすぐに気がつくほど、怪奇なのだ。
商店街の道はまっすぐに伸びていて、その左右にお店が並んでいる。ここまでは私が知っている商店街と変わりない。
問題なのは、その並んでいるお店にあった。
店舗の見た目は、間口が広くて入りやすくなっているが、それらはすべて一緒。
ま、まぁ、ここまではデザインを統一した、と言える範囲だろう。それでも、迷子持ちとしては、お店の種類ごとに見た目は変えて欲しいが。
それでも、中で働いている人の見た目が違えば見た目で区別はついただろう。
ところが、だ。
店員の種族も、服装も、要するに見た目すべてが一緒なのだ。NPCだからまったく一緒にすることは可能だけど、これ、どうやって見分ければ……?
「そこで驚くのはまだ早いですよ」
「ま、まさか」
「はい、売っているものもすべて一緒ですっ!」
「なんでっ!」
「初期村なので、ここの村がプレイヤー数がマックスなのですよ」
「…………?」
「初めてログインしたら、必ずここかもう一つの初期村に降り立ちますよね?」
「あ、あぁ、そういう意味ですか」
「どういう意味だと思いました?」
「いや、冷静に考えたら分かるのですけど、あまりにもその、異様なもので」
商店街は真っ直ぐで、私の見える範囲ではずーっと同じ店が並んでいる。
「これ、なかなか面白い結果が出ているのですよ」
「意図があってやったと?」
「そうですよ。リアルの店舗と違って、並ばなくてもメニュー表に視線を向ければ売っているものが分かり、売買は成立します。なので、いくらプレイヤー数がマックスであっても、メニュー表さえ見ることができれば問題ありません」
「でも、たくさんいたらメニュー表を見ることさえ難しくないですか?」
「そうですね。それも考えて、複数店舗を設置しました」
「……にしてもこれ、やりすぎでは?」
「かもしれませんが、実はコレ、実験も含んでます」
「実験?」
「そうです。わざとまったく同じ見た目の店舗と販売員を配置したのです。プレイヤーはここがこうなっているという事前情報はまったくないはずですから、中が同じかどうか、確認をするはずなのです」
「……しますね」
「全部を見て確認するプレイヤーがどれだけいるのか、どこの店舗が一番売れるのか、そういったものを調べたのです」
「AIが喜びそうなことを調べているのですね」
「そうかもですね」
それにしても、とふとした疑問が浮かんできた。
フェラムはゲームマスターのとりまとめ役であるという。それなのにちょくちょくこうしてやってくるのだけど、問題ないのか? これも仕事のうちである、というのは理解している。
しかし、こちらは遊びなのに、フェラムは仕事って。なんだか因果な商売だよね、と思う。
「国の違いも知りたいので、早いところ、他国でもサービスを開始してほしいのですけど。……その時はこの鯖とは別になりますから、洗濯屋がそちらでも誕生するのかどうかなど、楽しみにしている部分があるのですよ」
「他の国、かぁ」
それはそれで興味深い。
「それで、結果ですが……」




