第十三話*《一日目》洗濯屋はバランスキラーかもしれない件
クイさんたちの説明に、しばらく現実逃避をしていた。
ウーヌスたちは歓迎会のときに着ていたラフな格好から、戦闘用の防具に着替えていた。
いつの間に着替えていたの?
あとは抱きついて離れないオルを撫で撫でしたりしたけど、そうやって逃避しても、事実は変わらない。
「……現実逃避はこれくらいにして、と。で、それって私、フィールドに出ない方がよいって話?」
「極論をいうとそうだが、それでリィナは満足するのか?」
そう言われると、悩ましい。
そもそも私はなんのためにこのゲームを始めたのか。
……なんのためだろう?
ゲームを始める理由は、人それぞれだと思う。
私はこのゲームが面白そうだと思ったから始めたわけで、そこに深い理由なんてない。
そしてフィニメモはRPGだから、フィールドでモンスターと戦って経験値を貯めて強くなっていくものと思っていたけれど。
でも、このゲームはそれだけではないような気がする。
そうだ、RPGなのだから、なにも固定概念に囚われてプレイしなくてもいいのかも。
とはいえ、一歩もフィールドに出られないのは悲しい。
「みんなと一緒にお店のことをやって過ごすのも悪くない、かな?」
私の言葉にオルをはじめとする五人は嬉しそうな表情を浮かべたけれど、ウーヌスはそのあと、しょんぼりした顔を私に向けてきた。
「とても嬉しい言葉ですが、リィナさんはそれでよいのですか?」
「うーん、いいわけではないけど、さっきの様子だと、村から一歩出ただけでエンドしてしまうから……」
「……私は洗濯屋が襲われやすいというのは知っていましたが、さすがに先ほどのはおかしすぎです」
と言われても。
「単純にタイミングが悪かっただけじゃないの?」
「そうかもですが、なにか引っ掛かります」
とはいえ、今日は店を閉めているし、野菜を取りにいかないとレシピを知ることができないみたいだからなぁ。
「もう一度、試してみれば分かるんじゃないの?」
「とは言いますが」
かなり渋っているけど、一度だけで諦めるのはまだ早いような気がする。
検証してみるのはありだと思う。
ウーヌスたちが私のことをとても心配してくれてるのは分かるし、そこはとっても嬉しい。
でも、過度に過保護なのもどうかと思うのだ。
「ということで、私は村から出ることができるのか、実験です!」
◇
心配するウーヌスたちに囲まれ、南口に来ていた。
先ほどは北口からだったのだが、さすがに北口にいたモンスターはここには来ないだろう。
私は村の中からフィールドを見て問題がないことを確認して、村から一歩、足を踏み出した。
……今のところ、問題ない。
二歩、三歩と歩みを進めるが、大丈夫のようだ。
ゆっくり、それでも確実に私は村から遠ざかる。
村の出入口はレンガらしきものが敷き詰められているけど、十歩もすればそれはなくなり、草の生えた地面になる。
そして私はようやく、フィールドに立つことができた。
遠くに視線を向けると、ソロやパーティで狩りをしているPCの姿が見える。なんだか楽しそうだ。
でも、私のようにNPCを連れている人は見当たらない。
ちなみにだけど、フィニメモではパーティメンバー(PTMと略されることもある)数は自分を含めて六人までだ。それ以上になるとどうするのかというと、連合を組むことになる。
「ど、どうにか無事、ね?」
これがフラグだったのかどうか分からないけど、キキィという甲高い声が聞こえた。
どこから? と思って周りを見渡すと、東の方向から黒い帯状のものがこちらに向かってきているではないか。
「えっ?」
「リィナさん、村に戻って!」
ドゥオの声に私は振り返って村に戻ろうとしたのだが、それよりも黒い帯は速くて、またもや私はあっという間に黒い帯に巻き込まれた。
耳元でキィキィと聞こえてくるし、身体のあちこちを突かれて痛い。
声をあげることができないうちに、私はまたもや地面とお友だちになっていた。
「リィナさんっ!」
ウーヌスたちの声が聞こえるけど、私は応えることができない。
「私たちは店に帰ります! リィナさんは先に戻ったとしても、店の前で待っていてください!」
分かったと返事をしたいが、無理だ。
ウーヌスたちは私が最寄るのを確認してくれていた。
◇
最寄って洗浄屋前に到着した私は、大きなため息を思わず吐いていた。
どうもさっきと今のモンスター、おかしいのよね。
村の周辺は初心者向きの狩場なので、ノンアク、ノンリンクのはずなのだ。
それなのに、先ほどのグリーンマッシュルームといい、黒い帯状のあれらといい、どうにもおかしい。
いくら洗濯屋のヘイト値が高いと言っても、ノンアクティブがアクティブになるとは思えないし、ましてや集団になって襲いかかってくるなんてないと思うのだけど。
そんなことを考えていると、ウーヌスたちが戻ってきた。
「お待たせしました、リィナさん」
「ううん、そんなに待ってない。お帰りなさい」
それから私たちは洗浄屋に入って、今後の対策を練ることにした。
「リィナさんはレベルが上がるまでは村の中で過ごすのがいいと思います」
「それが一番だと思うけど、村の中で経験値って稼げるの?」
「稼げますよ」
そうなのか。
「村の中にも困っている人はたくさんいます。そういう人から依頼を受けるといいかと」
なるほど、そういうレベル上げもできるのか。
「畑に行けないとなると、あたしたちが行って、素材を確保しておくよ」
「お願いします」
どうあっても村から出て畑に行きたいとまでは思わない。洗浄屋のみんなを心配させてしまうからね。
「レベルが上がれば体力も増えますし、防御力も多少なりとも上がるかと」
あとは洗濯屋はマジシャン系から派生しているため、防御力の低いローブしか着られない。とはいえ、このローブはこの初期村で入手できる一番上のものではあるのだが。
「レベルがあがれば、防御力強化のアイロン技を覚えますから」
「……防御力強化のアイロン技……?」
また謎ワードが出てきたぞ!
というよりそれ、かなりヤバくない?
なにがどうヤバいのかというと、βテストのとき、自己バフを除いて身体系強化のスキルはないと結論が出ていたのだ。
バフとは、「To be muscular(筋肉質になる)」という英語のスラングからきている言葉と言われていて、buffあるいはバフと言われている。バフをかけられる人を「バッファー」と言う。
あとは「エンチャント」(enchant)……魔法を掛ける、魅了するという英語から来ている言葉で呼ばれることもある。
そして、バッファーと同じ意味で「エンチャンター」と呼ばれることもある。
「エンチャント」は長いので、「エンチャ」と略されたり、日本だけだと思うけど、「¥」と言われることもある。
あとは武器や防具を強化することもエンチャントとも言う。またもや蛇足だけど、この武器、防具類へのエンチャントは安全に強化できる域がゲームにより設定されていて、それを越えてエンチャントする行為を「オーバー・エンチャント」……略してOEという。
フィニメモはこのOEが出来るかどうかは、私が興味がなかったから知らない。ただ、出来るとしてもエンチャントをするためのスクロールを入手しないと出来ないことが多いため、そこはゲームを進めれば分かることなので保留だ。
そして、このバフだけど一定時間ではあるけれど、身体強化がされるわけだ。
ちなみにマイナスになるのは「デバフ」と言う。攻撃力・防御力低下や行動停止を食らうスタンや麻痺、体力が徐々に失われていく毒などである。
デバフはβテストでは確認されているけど、バフは自己バフ以外は確認されなかったみたいなのよね。
これってある意味、バランスキラー?
ずっと動画を取ってるけど、これ、流出したらいろいろとマズい情報が満載?




