第十二話*《一日目》NPCでも言いよどむこと
ウーヌスの目は完全に泳いでいて、私と視線を合わせようとしない。
しかも他の四人もだ!
素直そうなオルまでそっぽを向いてるのがとても悲しい。
ほんとにこの人たち、NPCなの? 思いっきり反応が人間くさい。
ま、まぁ、最近のAIはものすごく進んでいて、ちょっとした会話だけだと人間と遜色ない。
ということで、こんな状況であるけれど、NPCがどういった反応が返してくるのか知りたくて、ちょっと実験をしてみることにした。
「オルちゃんをそんな風に育てた覚えはないのに……」
会ってまだ数時間しか経ってないから、育てた覚えはないけど!
伏し目でうなだれて見せると、素直なオルはものすごく慌てだした。
「ぇ、ゃ、あのっ! ねーちゃん、落ち込まないで!」
すまぬ、オルよ。私の意地悪な実験に付き合ってもらおうか。
罪悪感はもちろんあるけど、どちらが先に良心の呵責に耐えられなくなるかだ。
これがプログラムどおりにしか動かないNPCだったら明らかに私が負けだけど……。
「わ、分かったわ! 分かったからオルをいじめるのは止めて!」
えぇぇぇ、早いよ、ドゥオさん!
……まぁ、早いほうが私は助かるからいいけど、いくらなんでもチョロすぎません?
「お話しするのはいいのですが、あの、ここではちょっと……」
ということで、人目を気にせずに話せる場所は? となり、結局、洗浄屋に戻ることに。
私の一歩と一エンドはなんだったのだろうか。
洗浄屋から出て、それほど時間は経っていないうえに、目的を果たす前からつまずいてるのだけど、私、続けていけるのかしら、このゲーム。
私のレアだけど謎職業である洗濯屋が鍵を握っていると思うのよね。
さっき、オルを騙すようなことを言ったからか、私にずっとしがみついていた。
さすがにかわいそうなことをしたかなぁと思ったので、抱きあげて肩車をしてあげたら、あっという間にご機嫌に。
さすがゲーム内。リアルだったら絶対に出来そうにないことでも簡単に出来たぞ!
……まぁ、オルがすっごく軽いからできることではあるのだけど。
そんな感じだったので、少しだけ目立っていたかも。
でも、見た目はなんたって平凡エルフなのだ。きっとNPCだと認識……されないか。
楓真に言われて再ログインしたときに自分のマーカーは確認済みで、黄色かった。
楓真よ、これだと私が目立ってしまうと思わなかったのか。
とはいえ、フィニメモはβテストの評判がよくて、製品版のダウンロード数は十万本だったにもかかわらず、瞬殺だったようだ。だから通常の入手ルートでは私は手に入れることは出来ない。次回の出荷を待てばいいけど、いつになるか分からないのよね。
そして、βテスト参加者にはこれとは別に用意されていたので、最大で十五万人である。
最初からその人数がログインするわけではないけれど、それでも相応の人数がプレイしていると思うと、すごいと思う。
それにしても、改めてβテストに五万人って……。そんな中で上位だったって、楓真とキースさんはどれだけの廃人プレイをしたのだろうか。動画も配信していたわけだし、そりゃあ有名になるわ。怖い話だ。
人をかきわけながらゾロゾロと村の中を歩いて、洗浄屋に着いた。
さすがにオルを肩車した状態では入れなかったので降ろすと、不満の声が上がった。
本当は地面に降ろそうとしたけど、断固拒否! という態度だったので、諦めて抱っこした。すっかり甘えん坊だ。
これはもう、NPCというプログラムされた人ではなく、立派に一個人の人格があるとしか思えない。中の人はいないよね?
そう思ってしまうほどにAIがすごいのか、このゲームのプログラマーなのか……。
まったくもって蛇足だけど、AIデータは国の機関のひとつである『AI管理協会』が文字どおり管理していて、ここ以外のAIデータの使用・利用は制限されている。そして、会員登録をしなければこのAIデータは使えない。これらは有料で、入会費と年会費を払わなければならない。
協会は会員が利用して新たに学習したデータを回収して、解析して追加することでさらにより『人間らしさ』に磨きを掛けているという。
となると、NPCたちが新たに学習したものはデータに反映される可能性があるのか。
いわゆる『オレが育ててやった』的なもの? ……違うか。
「で、ずいぶんともったいぶってるけど、話してもらおうか?」
ギロッとにらみつけてみたけど、平民エルフ顔ではあまり効果がないかもしれない。
オルを除いた四人はお互いがつつきあい、はてはジャンケンで負けた人が話すことになったようだ。
そこまでされるとどれだけ言いにくいことなのか、逆に興味が沸きまくりなんですが!
それからオルを除く四人はジャンケンを始めた、まではよかった。
一分が過ぎ……このあたりでおかしいとは思ったものの、黙って成り行きを見守っていたのだけど。
これ、絶対に裏で談合してるだろう! ってくらい、いつまで経ってもずーっとあいこなのだ。そろそろ五分が経とうとしているところで、さすがの私も痺れを切らした。
「ちょーっと待ったぁ! ストップ!」
私の制止に四人は手を出したまま止まった。
「はい、そのままで動かないでね」
ジャンケン勝負が始まったときからずっと見ていたのだけど、どうにも四人の動きがあやしいのだ。
見ていると四人は特に遅延することなくグー、チョキ、パーのどれかを出しているのだけど、出す前がどうにもあやしい。
まるでカンペを確認しているがごとく……って、カンペっ?
自分で考えておいてなんだけど、その可能性は高い。
だって彼らはNPC。私の分からないところ──システム──で繋がってるのだ。
いや、その可能性も捨てきれないけど、そんなまどろっこしい方法よりも確実にあいこになる方法がある。
それはジャンケンを出す順番をあらかじめ決めておけばいいのだ。
ジャンケンを出す前の挙動があやしいのは、次に出す手が正しいのか確認をしているのではないか、と。
「あなたたち、八百長をしてるわね!」
「どどどどどこに証拠が!」
どもっているところが明らかにあやしい。
「正解か……」
「ち、違いますって!」
「まだるっこしいから、ウーヌスから、さぁ、吐けっ! 吐くのだっ!」
まったく、面倒な奴らだ。
「リ、リィナさんっ! く、首を絞めてたらっ、喋れませんって!」
「……ぁ。おほほほほ、私としたことが。ごめんあそばせ?」
思わず……。そう、思わずウーヌスの襟元を握っただけだから! 決して首は絞めてません!
ウーヌスから離れると、ウーヌスはわざとらしいくらいため息を吐くと、着ていた服──そう、いつの間にか戦闘用の服に着替えていた──の襟元を正した。
「……大変に申し上げにくいことなのですが」
「が?」
「その……。あなたの持つ『洗濯屋』ですが、そのぉ……。くっ、わ、私からはお話しにくくっ!」
いやいや、いくらなんでも引っ張りすぎじゃない?
「じゃあ、あたしから言うよ」
クイさんはウーヌスを憐れんだ目で見てから、オルを抱っこしている私に視線を向けた。
「本来は村から出る前に伝えなければいけないことだったんだ。ただ……リィナはあたしたちの名前を聞いてくれて、とりあえずで付けられていたあたしたちに名前を与えてくれた。あたしらにとってリィナは特別なんだよ」
「うん、そうだよ、ねーちゃん!」
いくら作られて、AIデータを元に動いているといっても、彼らにだって感情がある、ということか。
「だから、リィナが継続してここに来てくれるのを願っていて、だからこそこれを告げたら去っていくのではないかって」
そこまで特別だと感じてくれていたなんて。
「でも、さっきので、伝えていないのは駄目だって分かったけど、やはり言いづらかったんだ」
「……みんながそんなことを考えていたなんて……」
うれしくてちょっとだけ涙がにじんだ。
「言いにくいけど、伝えるのは義務だからね。言うけど、この話を聞いても、辞めないでほしい」
「……うん」
「モンスターは我ら人型の生き物に対して、ヘイト値というものを持っているんだ」
「ヘイト値……」
「最初に攻撃してきた人に反撃する、よりダメージを与えた人に憎悪する、タンクのヘイトスキルに反応する、ここまでは知ってるね?」
「はい」
「だけど、職業によっては、そもそものヘイト値が高いことがあるんだ」
色々なRPGをしてきたけど、へイトを稼ぎやすい職はあった。モンスターがもっとも嫌うのは、やはり癒しの力を持つヒーラー系だった。モンスターは闇属性のことが多く、ヒーラー系は聖属性とされることが多いのも要因だけど、やはり癒しの力はモンスターにとって厄介のようだ。
「二次職以上にある癒しの力を持つ職業はヘイト値が高い。だけどそれよりもさらにデフォルトのヘイト値が高いのが、レア職業なんだ」
それで私は村から一歩出ただけで襲われた、と?
「しかも、そのレア職業の中でも一番ヘイト値が高いのが、洗濯屋なんだ」
「……つ、つまり?」
「いるだけで襲われる……」
「トレース!」
「事実を言っただけだ」




