第百十四話*《十一日目》密です!
フーマとマリーとはここで分かれた。
マリーはギルドに行って工房を借りて作業をするという。フーマはその手伝いをするようだ。
「ではキースさん、行きますか」
「あいにゃ」
「な、なぜその返事」
「かわいかろう?」
「そ、そうね。……でも、キースさん、せっかくなので格好良くってのは?」
「今でも充分に格好いいだろうが」
「ぉ、ぉぅ」
いや、そうなのですが!
それにしてもこの人、まだかわいいにこだわってるんだ……。
残念極まりないというか、その考えから脱却してくれないのかしら。
「私はかわいいもいいとは思いますけど、キースさんには常に格好良くあって欲しいと思ってます」
「……そうか、考慮する」
……って、あれ?
今までもふたりきりということはたくさんあった。あったのだけど、ゲーム内でふたりきりって実は久しぶりだったりする?
リアルだと面と向かって言いにくいことや、言おうとしたら遮られることも今なら言える?
「あの」
「なんだ?」
「えーっと。さっき、常に格好良くと言いましたけど、別に私の前でまで気を張っていなくていいですからね?」
「…………」
「な、なんと言えばいいのか。……あー。あの、キースさんは……いえ、麻人さんとでも言いますか。そんなに私に抱きつかれたり、キャー、格好いい! って言ってほしいのですか?」
キースは私の質問にかなりの間悩んで、口を開いた。
「色々と想定してみたが、それは却下だ」
「へ?」
色々と想定ってナニそれ?
「オレはどうやら、追われるより追う方が好きみたいだ」
そ、そうですよね。そんな気がします。
「もちろん、リィナから抱きついてくるのなら大歓迎だし、リィナがオレのことを格好いいと言ってくれるのもうれしい」
ほうほう。
「だが、常にそれをされると、オレからの愛情表現をどうすればいいのか分からないので、控えめにしてくれるとさらにうれしい」
ぅ~?
理解不能とまではいかないけれど、なぜに加減を要求する?
「贅沢をいえば、オレ以外に抱きついたりするのは止めてほしいのだが……。そこまで要求するのは酷か」
「あの、その、私は別にやたらめったらに人に抱きつくなんてしませんし……」
「マリーにはしていただろうが」
「んー。でも、マリーちゃんだけのような気がしないでも……。あ、あとはクイさんか」
「クイさんは別格だから問題ない」
キースの基準が分からない……!
「クイさんは別格って」
「あの人はNPCで、たまにオヤジくさいけど、それを差し引いても尊敬できる人だ」
そうなのよね。クイさんってなんだか不思議な人だ。
「AIが作り上げた人格であるのだろうが、いい塩梅に出来ているというか」
「うん、分かります」
「かといって、オレがクイさんに抱きついたら、それはアウトのような気がする」
「え、クイさんに抱きつきたいって思ったことが?」
「ない。たとえだ」
そんな話をずっと立ったままでしていたのだけど、ふと、本来の目的を思い出した。
「キースさん。早いところトレースを見つけなければ」
「そうだったな。ほんと、厄介な」
キースは私の横に立つと、当たり前のように手を繋いできた。
ゲーム内でもリアルと同じくキースの熱を伝えてくる。そこまで再現しているフィニメモ、恐ろしい子……!
「それで、どこを探す?」
「んー? ……そういえば、ラウと最初に会った場所がとても不思議で、温泉だったのですよ」
「温泉? ここに温泉なんてあるのか?」
「最初、池かと思ったのですけど、湯気が出ていたし……」
あれでも、ラウを引っ張り上げたときに私も濡れたけど、あの時、温かいと思った?
「……今にして思えば、あれって湯気ではなかった?」
災厄キノコと戦ったとき、『洗浄の泡』の後に『浄化』したら、シャボン玉になってふわふわと空に高く飛んで消えていったのだけど、あれと同じ状態だった。
ラウに聞いてはないけど、もしかしたらひとりで屋敷の敷地内を浄化して回っていたところになんらかの問題が発生して、池? 温泉? で溺れかけていたのかもしれない。ラウは溺れてないと言い張っていたけど、だ。
そういえばあのとき、ラウは水色の毛に包まれていたような? あれはなんだったのか。
「キースさん」
「ん?」
「ひとつ確認したいことがあるのですが、そこに行ってもいいですか?」
「別に行くのは構わないが、トレースはどうするんだ?」
「なんとなくですけど、トレースはそこにいるような気がするのですよ」
ということであの池? に行くことにしたのだけど。
「……どこだったのか覚えてませんっ!」
「地図を見ろ。ここの敷地内を見ることが出来る」
「そ、そいえばそうでした!」
前に来たとき、地図を見た覚えがある。
「で、その池だか温泉だかはどこにある?」
「えーっと? 生垣に囲まれたところですね」
「生垣……と。あぁ、ここだな」
キースは場所を特定してくれたらしく、私の手を少しだけ引っ張ると歩き出したので、私もそれに続いた。
「それにしても」
「あいにゃ?」
「……ログアウトするか」
「ぇ? や、ちょ、ちょっと?」
「冗談だ」
いや、今の言い方、冗談ではなかったぞ!
「それで、なにか言いかけてましたけど」
「あぁ。よくこんな変なところにたどり着いたなと思ってな」
「変なところ?」
「地図を見ただろう? この池だか温泉だかは敷地の端にある。しかも生垣に囲まれているということは、隠されているのではないかと」
「……なるほど! それで出入口がなかったのですね!」
納得した!
「……隠されているということは、なにかあるってことですよね?」
「あるのかもしれないな。ところで、ラウを助けたと聞いているのだが、どういう状況だったんだ?」
ラウを助けたときのことをキースに語ると、かなりの渋面をしていた。
「水色の毛の塊……か。嫌な予感ほど当たるものなんだが、気が重いな」
「心当たりが?」
「ありすぎて困っている」
あれ?
となると、二日目のクエストって元をたどるとキースのせいなの?
またもやキースをキーにして発生した?
「とりあえず、そこに行ってみよう」
キースの案内でラウと会った池についた。
生垣はやはりどこにも通り道がなかったため、隙間を見つけて無理矢理通った。
ちなみに今回は下の隙間を這ってではなかったから助かったけど。
どうにか通り抜けると、思わずため息が漏れた。それはキースも一緒だった。
「ここか?」
「はい」
前に来たときは池はキラキラしていて、さらには丸い色とりどりのシャボン玉のようなものがふわふわとしていたような記憶がうっすらとある。
だけど今日はそんなことはなく、静かだった。
「なにかが潜んでいるようには見えないですね?」
「……待て」
キースの制止の声に足を止めた。
つま先の少し前に水色の毛がさっと通り過ぎていった。
「な、いまのっ?」
「やはりか。フェリス、出てこい」
キースの呼びかけに、またもやシュルッと水色の毛が横切ったと思ったら、目の前に水色の毛の塊が転がってきた。
「にゃんだっ?」
「水色の猫だ」
「水色の、猫っ?」
水色の瞳ならあるけど、水色の毛の生き物って存在してた?
フィニメモさん、たまにリアルから外れたことをやってくれるのよね。まあ、ゲームだから別に問題ないと言えばないけど。
水色の毛の塊はもそもそと動いたあと、前足らしきものを動かして顔にかかっていたと思われる毛をかき分けた。そこに現れた顔は見知っている猫の顔で、瞳はやはり水色だった。
「やぁ、久しぶりだにゃあ、キース」
ね、猫がしゃべった!
「おまえ、なんでここにいるんだ?」
「なんでなんて野暮なことを聞くのかにゃあ」
水色の猫・フェリスはそう言って「ニヒヒ」と変な声を出した後、驚くほどの跳躍力で跳びあがり……。
「うにゃああ!」
「なっ、なんっ!」
なぜか私の肩に飛び移ってきた。私の横でふわふわしているイロンも思わず変な声をあげている。
「うみゅ、予想より居心地がよいにゃあ」
「にゃっ? にゃにをっ」
「フェリス、オレのリィナになにをっ」
「我が持ち主になんということを!」
なんでここ、こんなに人口密度が高いのですかっ!




