第百十話*《十日目》謎の魔術師と糸加工
ドロップ品の精算も終わったし、幾ばくかあったアウレウムも四人で分配した。
アラネア戦はこんな感じで終わったのだけど、なんか忘れてる?
私は周りをキョロキョロと見回した。
「リィナ、どうした?」
私を後ろから抱きしめているキースの質問に、
「いえ、なにか大切なことを忘れているような気がして」
「俺の相手」
「えと、べ、別にキースさんを疎かにはしてませんよ」
「……分かっている。俺のわがままだ」
とりあえず、キースの気が済むまでこのままで、と。
うーん?
と悩んでいると、私の視界の端に青いマーカーが見えた。
……青いマーカー。NPC。
……………………っ!
「あっ!」
後ろにいるキースごと、青いマーカーへ身体を向けた。
そこには長い黒髪の女性が立っていた。
「アラネアっ?」
「……ありがとうございます」
そう言って、黒髪の女性は頭を下げてきた。
いきなり頭を下げられたので、勢いが削がれてしまった。
女性は顔を上げると、口を開いた。
「わたしの名前はノーナ。ここで糸を紡ぐ仕事をしてました。そして……この森の主であるアラネアに取り込まれてました」
「取り込まれていたっ?」
「はい。……あの、ここでお話ししてもいいのですが、みなさんがゆっくりできる場所に移動してもよろしいですか?」
「え? ……あ、はい」
ノーナと名乗った女性の案内で、一軒の家に招かれた。当たり前だけどここはセーフゾーンのようだ。ホッとする。
家に入る前、少しだけ待たされた。
「お待たせしました、どうぞ」
と招かれた家は、私たちが入ったら狭く感じるほどの広さだった。
と思うと、洗浄屋って広いのね。
「アラネアに取り込まれていたのでおもてなしできませんが、どうぞお座りください」
ちなみにキースはここまで来るときも、さすがに抱きしめてはいなかったけど常に私の背後にいた。見えないので、ハッキリ言って落ち着かない。
これなら抱っこで移動された方が……って、いやいや、キースに毒されてきてるぞ、私!
なので、ようやく一人で落ち着ける、と思ったのですけどね?
椅子に座ろうとしたらキースにグイッと引っ張られて抱えられたと思ったら、キースの膝の上に座らされた!
「ちょっ? キースさんっ?」
「なにか?」
「……う、はい」
二人で座っても椅子、壊れない? 大丈夫?
フーマとマリーは? と思って見たら、並んで座っていた。さすがフーマ、良識がある。
ノーナさんは私たちが座ったのを確認すると──私たちのことは見たけど、スルーしていた──口を開いた。
「改めて、自己紹介しますね。わたしの名前はノーナ。このアラネアの森で糸紡ぎの仕事をしています」
それからノーナはどうしてアラネアに取り込まれてしまっていたのかを語ってくれた。
ノーナはアラネアの森で蜘蛛から糸を取り、そのままでは使えないので加工して使える糸にして売って生計を立てているという。
ちなみにノーナはアラネアと契約をしていて、ノーナの魔力を定期的に一定量をアラネアに捧げる代わりに、蜘蛛から糸を提供してもらっていたらしい。
そしてある日、くすんだ赤色のローブを羽織った魔術師がやってきて、一晩の宿を求めてきたという。
フードを被っていたので年齢は分からないけど、声からして男性であったため、ノーナは断ったという。
するとその魔術師は烈火のごとく怒り、気がついたらアラネアと一体化していたという。
「なんて理不尽な」
そういえば同じような話をフィニメモ内で聞いたなと思い出そうとしていたら、
「リィナ、その魔術師って村長の家に呪いを掛けたヤツと同じじゃないか?」
とはフーマ。
って、あれ? なんでその話……。
「あぁ、渡した動画を見てたのか」
「そうだ。ラウがあの姿にされた原因だろうが。それで、なんかクエストを受注してなかったか?」
「……あ!」
フーマに指摘されてクエストを見ると。
……進行していた!
「怒りっぽくて、理不尽な呪いを掛けるような魔術師が複数人いるとは思えないから、同一人物だろう」
「そうね。クエストも進行してるし」
以前、ラウと出会ったときに強制的に発生した『【クエスト】謎の魔術師』が久しぶりに動いた。
それにしても、すっかり忘れていたけど、きちんとロングパスされていたのね。
記憶を手繰ってみると、このクエストを受けたのは、なんと二日目だった。今日で十日目なので、かなり長期なクエストにしてしまったようだ。
まぁ、積極的にクエストを進めようとしてなかったのもあるけどね。
「……それにしても」
「なんだ?」
「あの、ノーナさん」
「はい、なんでしょうか」
「その魔術師なんですけど、くすんだ赤色のローブ以外の特徴って分かりますか?」
「後は……男性だとしか」
「男性かぁ」
それにしてもだ。
村長の屋敷に呪いを掛けたのは具体的にいつかは分からないけど、かなり昔っぽい話なのよね。
それでいて、ノーナに呪いが掛けられたのは……あれ、いつ?
「ノーナさん、ちなみにその魔術師と会ったのはいつですか?」
「……記憶があやふやなんですけど、一月くらい前だと思います」
うーむ。
となるとだ。現役で未だに呪いをあちこちに掛け回ってるってことか。
「なんて迷惑なヤツ」
それにしても、謎の魔術師はいくつなの?
人間にしては長生きだから、エルフかダークエルフ? それとも世襲制?
いやいや、世襲制、そんなのやだわ。
「ノーナさん」
「はい」
それまでずっと黙っていたマリーが口を開いた。
「ノーナさんは糸を紡いでいたとのことですけど、わたくしたち、アラネアを倒してしまいました」
「そのおかげで、わたしはこうして解放されました」
「でもその、蜘蛛から糸を取れなくなりませんか?」
どういうこと? と思ってマリーを見ると、困ったような笑みを浮かべていたけど言葉を続けた。
「アラネアと契約をしていたから蜘蛛から糸を取れていたのですよね?」
「そうですね」
「アラネアが死んだことでその契約は消えてしまったのでは?」
「その心配はありません。次なるアラネアはすでに誕生してますし、契約は引き継がれていますから」
そ、そうなのか。
「アラネアが生きた人間を蜘蛛にしていたのはやはり魔術師の呪いでした」
そ、そうよね。
そうでなければノーナは蜘蛛にされているはずだし。
「わたしを助けてくださったお礼に、蜘蛛の糸の加工の仕方をお教えいたします」
そういえば、蜘蛛の糸の大量ドロップがあったのを思い出した。
私たちはノーナから蜘蛛の糸の加工の仕方を教わった。
相変わらずキースが苦戦していたのだけど、コツを掴むと一番加工が早くて質がいいのが納得いかない。
「むー」
どう頑張っても品質がA止まりなんだけど、なんで?
加工が終わった糸を手にして悩んでいると、やはり後ろからキースが覗き込んできた。
「どうした?」
「……なんでキースさんのが常にSで、私のがA止まりなのか悩んでたんです」
「あぁ、それな。加工の締めのひとつ前にもう一つ、工程を増やすと必ずSになる」
「にゃ、にゃんだってっ?」
そんなのノーナは言ってなかったぞ!
「具体的になにを追加すれば?」
「加工工程で使われるどれかをもう一度、入れるだけでいい。まぁ、一番楽な『伸ばし』を入れるのがいいかもな。オレはそれにしている」
糸の加工だけど、マクロを組んでやるのが一番と言われたので作っていたのだけど、それのせいなのかと思っていたのだけど、違うらしい。
キースに言われたことが本当なのか実証するために、手作業でやってみる。加工の締めの前に『伸ばし』と言われる工程を挟んで……と。
「『加工終了』」
と締めて、鑑定してみると……。
「えっ、なにこれ、SSってなにごとっ?」
「手動でやると最高ランクになるな」
「なにこれぇ。ノーナさぁーん」
「はい、なんでしょうか」
「あのですね」
キースから言われたことを伝えると、ノーナはビックリした顔でキースを見た。
そしてノーナは言われたことをやってみて、それから悲鳴を上げた。
「なんですか、これっ! わたしのこれまでの努力は一体……」
「ま、まぁでも、ノーナさんが加工の仕方を確立してくれてなかったら一から手探りだったので……」
とまたもや慰めることに。
私のポジションは慰め係になりそうです。
そんなことがあったけれど、そろそろログアウトをしなくてはならない時間になってきたので、名残惜しいけど、ここからお別れすることに。
それで、ですね。
さて、ログアウトするには、と。
「我が持ち主よ」
「うん、イロン、どうしたの?」
「洗浄屋に戻りたければここから出るときに洗浄屋を思い浮かべるといい」
…………はい?
「またもやシステムさんの過保護が発動してるのっ?」
「そうとも言う」
ということで、イロンに言われたとおりにすると、洗浄屋の応接室に着いた。
「……………………。うん、便利だね」
ということで、自室に戻ってログアウトすることができた。




