第百三話*《十日目》誘惑のヘイト値?
洗浄屋の応接室からオセアニの村へ。
いい感じの狩場に直行出来たのだけど、システムさん、至れり尽くせりですね。
地図を確認すると、オセアニの村にほど近いところのようだ。オセアニの村は海辺にあるため、風が潮の香りを運んできてくれる。
周りを見るとプレイヤーの姿はまったく見えず、モンスターのみ。地面は砂地であちこちに岩が転がっている。
私たちは少し周りを散策して、狩りをするのに都合の良い場所を見つけて、そこを基点にして狩りをすることにした。
『まずはバフをかけないで狩りをしてみましょう』
ということで、私を除く三人の通常の狩り方を見せてもらうことに。
まずはじめに、マリーがモンスターに対してヘイトでFAを仕掛ける。この時、マリーとモンスターの距離はそれなりに開いている。ヘイトスキルの射程範囲ギリギリで仕掛けるのがいいらしい。
そして、モンスターがマリー目がけて駆け寄ってきているところに、伊勢と甲斐が背後からモンスターに攻撃して、倒す。
これが彼らの通常の狩りの仕方のようだ。
スタンダードといえばスタンダードだ。
『というのは表向きでして』
『……えっ』
『普段はお兄さまが見たら怒り狂いそうな狩り方をしてますのよ』
そう言って、マリーはくすくすと悪い笑みを浮かべた。
『だって、さっきみたいな狩り方をしていたら安全かもしれませんけど、いつまでもレベルが上がりませんもの』
マリーの言っていることはもっともだけど、キースが怒り狂うような狩り方っていったい。
マリーは周りを確認して、それから伊勢と甲斐に目線で合図をした。
『いきますわよ! 範囲ヘイトっ!』
え、ちょ、ちょっと待って? 範囲ヘイトってなにっ?
戸惑っていると、周りにいたモンスターが一斉に近寄ってきた。
うぎゃあ! こ、これは怖いっ!
情けなくも頭を抱えて座り込んでしまった。
その間にドカッ、バキッという音が聞こえてきて、そしてそれはすぐに終わった。
『お姉さま、終わりましたわよ』
恐る恐る、顔を上げるとモンスターはすべて地面に潰れるようになっていた。
『ふふっ、お姉さまったら怖がりですわね』
『いやいやいやいや、あのモンスターの群れは……』
モンスターおびき寄せシールを思い出す光景で、激しく怖い。
『もちろん、わたくしたちも最初からこんな大胆な狩りをしていたわけではありませんわ』
『そ、そうですよね』
『伊勢と甲斐が範囲攻撃を習得したからできることですのよ』
『さ、さようでございますか……』
周りにプレイヤーがいないので、沸き待ちする間に別の場所に移動して、先ほどと同じようにかき集めてドカンとやるという。
これだけ強いのなら、私のバフは要らないのでは?
そして私たちはプレイヤーが来るまで三ヶ所を行き来して、狩りをした。
そのおかげで私のレベルはひとつあがった。
『場所を変えましょう』
マリーいわく、リポップの速度からして三ヶ所を行き来して狩りをするのが効率がよいようだ。
だから三ヶ所を行き来できなくなると場所を変えているという。
どうしてもいい場所が見つからなければ、大人しく通常の狩りをしているらしい。
それにしても……、うん。
これはキースに見せられない、と思った。
キースってものすごく過保護なのよね。
キースの気持ちも分かるけど、私たちはキースが思っているほど弱くない。
マリーがよさそうな場所を見つけてくれて、狩りを再開。
少し奥に来たため、先ほどより強いということで、ようやく私の出番だ。
『アイロン充てっ! アイロン補強っ!』
ともにかけると、三人から『おおっ』という声が上がった。
自分に掛かっても差が分からないんだけど、三人には分かるのだろうか。
『我が持ち主はあまり狩りをしてこなかったようだな』
『…………』
えぇ、してませんとも。
システムさんが色々と手を施して、私をやらかしな人に仕立て上げてくれてますからね!
『それでは、いっきまぁーっす!』
マリーが元気よく宣言して、範囲ヘイトでモンスターを引き寄せ、伊勢と甲斐がタイミング良く範囲スキル一発で沈めていく。
この辺りでは物足りないからと、モンスターを倒しながら奥地へ。
狩りつつ、砂地から草が生えているところに移り、さらには木が生えてきて森になり──。
開けたところに来て、ずいぶんと移動してきたことに気がついた。
『ここ、どこ?』
『言われてみれば』
地図を見ると、オセアニの村の次の狩場であるアラネアの森。
アラネアと聞いて、とてつもなく嫌な予感がするのですが、気のせい……よね?
と思っていると。
目の前の木の枝から白い糸が……と思っていると、私の顔よりも大きな蜘蛛がっ!
『ぎゃああああっ!』
『お姉さまっ?』
『蜘蛛ぉっ!』
マリーがヘイトを取ってくれて、伊勢と甲斐が蜘蛛を倒してくれた。
『不意打ち……怖い』
『アラネアの森というくらいですから、蜘蛛がたくさんいるのかもしれませんわね』
うぅ、不意打ちの蜘蛛はやだ。
『蜘蛛の糸はとても丈夫ですから、布を作る材料として大変に優秀なんですのよ。伊勢、甲斐』
『はっ!』
『お姉さまはなぜかモンスターを引き寄せてくれるので、お姉さまを囮にしつつ、蜘蛛をたくさん倒していきますわよ!』
うきゃあ! 私が囮とか! キースと一緒だったら絶対に取らない作戦だ!
で、でも、今のところ、私、ほとんど役立ってないし……。
『やはり洗濯屋のデフォルトヘイト値が段違いに高いってのは本当なのね……』
『なるほど、そういうことですのね』
マリーは私を見て、それから伊勢と甲斐を見た。
『お兄さまだと絶対にお姉さまを隠してしまうと思いますけど、それでは護れないと思うのです』
『同意いたす』
『わたくしたちは、わたくしたちなりにお姉さまを護ります』
『御意』
『御意』
そして、三人して私を見た。
『え、なに?』
『お姉さま、これからわたくしたち、とても荒い狩りを始めます』
『へっ?』
今までも充分に荒かったと思うけど?
『一応、お姉さまを護りながらでしたから』
ぉ、ぉぅ。
マリーたちの普段の狩りとはどんななのっ?
『ワールドから削除されてしまいましたが、モンスターおびき寄せシールは、嫌になるほどご存じですよね?』
『う……。はい……』
『わたくしのスキルに、それに近いものがあるのです』
『モンスターを引き寄せるスキル?』
『そうです。それをですね、今から使います』
『ふぁい』
気の抜けた返事しかできなくて、でもマリーはそれを聞いて、小さく『お姉さまは相変わらずかわいすぎですわ』とつぶやいた。
『なぁに、心配ない。わたしがいる』
『ぉ、ぉぅ?』
だってイロン、アイロンだよ?
宙に浮いてる時点で変なのに、さらになにか出来るの?
『我が持ち主はなにやら失礼なことを考えているみたいだが、致し方ない』
『イロン、私の考えを読まないでくれない?』
『そういう仕様だ、諦めろ』
『なんでも仕様といえば許されるとでも思ってるのっ?』
『はい、そこぉ。ケンカしないでくださいな』
マリーに止められなかったら、ボケ同士なのでいつまでも続いていたかも。
『それでは、行きますわよ!』
マリーの合図に、思わずゴクリと息をのんだ。
『テンプテーションっ!』
え、モンスターを引き寄せるって、まさかの誘惑なのっ?
『お嬢の「テンプテーション」は、レアスキルでござる』
確かに、ですね。
運営からの発表にレアスキルってあったけど。
まさかこんな身近に取得者がいるとは。
おまえのユニーク職のがもっと珍しいだろうが! と言われそうだけど、私のはあまり人に言えないので、ノーカウントで!
マリーのテンプテーションに引っ掛かったモンスターが次々とやってくる。
『伊勢、甲斐』
『はっ』
『範囲ヘイトっ!』
それからはもう、三人の独壇場だった。
マリーはテンプテーションを使い、モンスターが寄ってきたら範囲ヘイトで引き付け、伊勢と甲斐が範囲スキルでバッタバッタと倒していく。
私はといえば、癒しの雨(これもいい感じでモンスターを呼び寄せていたらしい)と時間ごとにバフのかけ直し。
ノンストップで続けていたら、かなりレベルがあがった。
恐ろしや。




