第百二話*《十日目》システムさんは大変に過保護
確認をしてなかったんだけど、私の職の洗濯屋、戻っているのだろうか。
どきどきしながら確認。
あった! 元に戻ってる!
臨時メンテ前は空白になっていた職業欄には洗濯屋と表示されていて、やらかしの女神も復活していた。
その下は前は見習い女神だったはずなのに、今見ると半人前女神になっている。
なんというか、大変に複雑な気分なのですけど。
称号に関しては見なかったことにして、と。
次はスキルだ。
『アイロン台召喚』をはじめとする洗濯屋専用スキルも無事に復活していた。
それから、レベルが上がっているのでスキルを習得しよう。
洗濯屋のスキルに関しては事前情報がほぼないため、取得する段階になって初めて分かることばかりだ。
それで、ですね。
スキル欄を見たのですよ。
「なにこれ」
「どうした?」
「それが……新しくスキルを覚えられるみたいなんですけど」
「ほう」
「『アイロン充て』と『アイロン補強』……またもやスキル名だけでは意味の分からないものが」
説明も相変わらず素っ気ない。
『アイロン充て』は『使用すると強くなります』って、説明になってないから!
『アイロン補強』もほぼ同じ説明。
スクリーンショットに撮って見せると、みんなして絶句していた。
「と、とりあえず、取ってみる」
「そうだな。使ってみないと分からないな」
もしかしなくても、システムさんて説明下手なのかしら?
新規で覚えられるのは、このふたつ。残りはスキルレベルがあがるものもあったので、取った。
さて、試しにスキルを使ってみよう。
……の前に、ステータスを表示して、スクショ。
と言っても、私のしょぼステータスではあまり比較対象にはなりそうにない。
ま、まあ、どんなものか見るにはそれなり?
「『アイロン充て』」
と詠唱すると、肩の辺りに浮いているイロンがくるくる回ってキラリと光り、それが私の身体を覆って消えた。
見た目では特に変わった様子はない。
ステータスを見てみると……。
「うはっ?」
いやいや、嘘でしょこれ?
「どうした?」
「……気のせいか、攻撃力と防御力が倍とまでいかないけど、かなり増えて……る?」
「ステータスのスクショは?」
「前と後を撮ってる」
「見せてくれないか」
見せようとしたところ、音もなく人が現れたっ?
「って、フェラムさん!」
「もー、呼んでくださいよ! 今か今かと待っていたのに!」
「そういえば、ログインしたら連絡してほしいとあったな。話してそれで満足して忘れていた」
「キースさん! ひどいです!」
「申し訳ない」
そして、さらに運営の人たちがわらわらとっ?
「はよお見せて」
「はよう」
「見せて」
運営さんたちにせっつかれ、まずはかける前のしょんぼりステータスを見せた。
「これは……とてもひどい数値」
「低いね」
「ほんとにレベル二十?」
うっさいわ! と言いたいのをグッと堪えて、スキルをかけた後のステータスを横に並べた。
「お? おおお、これは……っ!」
「倍まではいってないけど、増えている……!」
「バランスキラーだ」
Deathよねぇ。
「もうひとつのスキルは?」
「この状況でさらに掛けてみます」
そもそも併用できるスキルなのだろうか?
疑問に思いつつ、スキルを詠唱。
「『アイロン補強』」
今度もイロンがくるくる回り、光って私になにかが付与された。
「……ぉぅ」
なんだこれは!
「どうした?」
「こっちは防御系が重ねがけされたっぽいです」
スクショを撮って見せると、しん……と静まった。
「はい、リィナリティさんは一般プレイヤーとの接触はやはり禁止で!」
「ぇぇぇっ! なんでですか! だってバッファー、いるんですよねっ?」
「いますけど、こんなに強力に強化はできません。これが知られたら、リィナリティさん、あなたはたくさんの人に狙われますよ?」
「要するにリィナ争奪戦が始まると?」
「そうです」
「それはオレが許さない」
それはともかく。
「イロン」
「なんだ?」
「これらのバフって、掛けられる条件ってあるの?」
「あるぞ。まず、パーティか連合を組んでいないと掛けられない」
「ちょ、ちょ? パーティはともかく、連合って」
「半径三メートル以内にいないと掛けられないが」
「……フェラムさん、これ、私」
「連合を組む場面はレイドなどのボス戦になりますから……。これが掛けられると、攻略される率が上がるのですよね」
どうしますか? とフェラムはここにいる運営の人たちに聞いている。
「簡単に攻略されるのは本位ではないが」
「洗濯屋のスキルがどれだけ有用なのか知りたいという好奇心も……」
「それと、普通にプレイしていてもリィナリティさんだからなぁ」
「ちょ、どういう!」
「災厄キノコといい、アネモネといい、やらかしですからねぇ?」
色々と納得いかないことはあったけど、結果として──。
普段の狩りは特定のメンバーとのみ行うこと。そのため、引き続きシステムに登録された人たち以外とはパーティが組めない。
私がパーティリーダーの場合、連合は組めない。
私以外がパーティリーダーの場合は連合を組むことが出来る。ただし、連合主でなければ連合には入れない。
ちょっと面倒な制約がついてしまったけど、今までどおりと言えば今までどおりだ。
「とはいえ、まだオレとフーマとはレベルが離れているから、レベリングしてもらわなければならないんだがな」
「うー」
マリーたちとのレベル差が減ったので、パーティを組んでレベリングをすることになった。
「ついていって監督をしたいところなんだが、クイさんに料理を教えてもらいたい」
「キース、やりたい生産って、まさか」
「料理だ」
「またどうして料理なんだ」
「服はマリーにどうあっても勝てないだろう? 武器の制作は興味を持てなかった。唯一、やってみたいと思ったのが料理だ。ちょうどいい先生もいることだし」
「ははっ、あたしでいいならいくらでも教えるさ」
ということで、今後の方針が決まった。
「ところで、クイさん。わたしもその料理の制作に参加してもいいですか?」
「あたしが運営の人に教えるってのは恐縮するけど、問題ないさ」
「ありがとう。この三人が今日のリィナリティさん見張り隊なので、狩りの監督はこの三人で」
「よろしくです!」
マリーがパーティリーダーとなり、私、伊勢、甲斐の四人でパーティを組んだ。
『レベル的にはオセアニの村周辺なのです』
とはマリー。
「そうだ、リィナ」
「はいな!」
「この洗浄屋の応接室から他の村に移動できるようになったからね」
「……は?」
「この間の家出でシルヴァの村だったのは、リィナのレベル的にちょうどよい狩場だったからだよ」
「……………………」
う、うん。
システムさん、超過保護!
「システムさん、やはり過保護でしたのね」
「な、なんといえばいいのか」
思わずため息が洩れる。
「ここに戻りたければ、村のどこかにここに繋がる扉があるからね」
「な、なにこの、至れり尽くせり」
「システムさんに愛されてますわね」
「……システムまでライバルなのか」
「ぇ、あの、キース、さん?」
気のせいか、キースの周りに黒いなにかが沸いてきているんだけど?
「お兄さま、それではシステムがお姉さまにだけきつく当たったらどうするのですか?」
「システムを壊すまで」
「システムはそうならないようにお姉さまを護っているのだと思いますけど」
「……なるほど。そういうことにしておこう」
それでようやくキースは落ち着いたようだ。
「そういえば、フェラム。痛覚設定だが」
「それについてなんですが、誠に申し訳ございませんでした。ミルムが故意に設定を百%から下げられないようにしていたようです」
「その、ミルムの処遇は?」
「あれから即、懲戒解雇処分にしました。無差別BANに関しましては、別途、弁護士を立てて裁判を起こすことになってます」
「ミルムの背後についている経営陣の処遇は?」
「そちらも別途、経営陣の中で対応してもらうことになっています」
「分かった」
なんというか、ミルムが悪いんだけど、ミルムだけが悪いってわけではなさそうだから、もう少しどうにかならないだろうかって考えるのは、甘いのだろうか。
「リィナ、ミルムとかいうやつに同情することはないからな」
「どうしてですか」
「このゲームにAIを組み込んだのは、ミルムをはじめとした開発チームだ。そして、AIとシステムが組んで改変させるのを許したのも、開発チームだ」
「……暴走したと言ってましたけど」
「暴走を制御できなかったのは、オレたちプレイヤーのせいではなく、開発チームのせいだ。不測の事態も盛り込んで動くのが、仕事をするということだ」
キースの言うとおりではあるけど、さすがにAIとシステムが勝手に洗濯屋なんて職を作ってしまうなんて思いもしないだろう。
「キースさんの言うとおりです。それに、AIとシステムが意味もなく勝手に付け加えたとは思えないのです」
「それなら……いいのですが」
ユニーク職であるという洗濯屋という職については、私にとってとても愛着があるので、なくなってほしくない。
そう思う私は、ワガママなのだろうか。




