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シンナゴヤ

作者: 登龍亭獅鉃

鉄道昔話「シンナゴヤ」


むかーしむかし、あるところにシンナゴヤという駅がおりました。

シンナゴヤは見た目はよくても古い台車のボロい車両ばかりで、いつもJR姉さんと近鉄姉さんにいじめられておりました。


「シンナゴヤ~振り替え輸送しといてちょうだい」


ある日のこと、セントレアでリニア王子主催の舞踏会があるというので両姉さんは臨時列車で行ってしまいます。


「シンナゴヤ、あなたは車内清掃でもしといてちょうだいね」


シンナゴヤが一人セントラルサービスと一緒に掃除をしていると、突然目の前に新しい路線があらわれました。


「かわいそうなシンナゴヤ…私の魔法で貴方の願いを叶えてあげるわ」


「ええ!?そんないきなり…アナタはどちらさん?」


「こんなとき、どんな顔したらいいかわからないの」


「あら、あ●なみさん」


経営赤字のあおなみ線は、赤い車両しかないシンナゴヤに青い車両を渡します。


「いいですか?終電までに帰って来てください」


「終電すぎるとどうなるの?」


「セントレアから名古屋まで歩いて帰ることになります」


「気を付けます!」


シンナゴヤは青い車両に乗ってセントレアに向かいました。


その頃セントレアでは、リニア王子が退屈を持て余していました。


「はあ~どの列車に乗っても変わり映えしない車内、デザイン、広告、もっと洗練された車両に出会いたいよ、誰かいい人はいないだろうか」

そこに突然メロデイが鳴り響きます。


♪ど~け~よ~ど~け~よ~●~ろ~す~ぞ~♪


「なんだ!?なんだあのメロデイは!?」


リニア王子は、それが警笛の一種であることも知らず、セントレアの駅のホームへ走ってゆきました。

セントレア駅の2面3線のホーム、車止めの前に1編成がちょうど到着したところでしす。

リニア王子の目の前に停車した車両は、貫通扉を備えた青と白を基調としたおしゃれな外観。リニア王子は、ふと0系おじいちゃんのことを思い出します。


「なんて素敵なデザインだ、青と白が新幹線だった0系じいちゃんのようなスピード感をイメージさせる、それでいて空港利用者にもうけがいい洗練されたデザインバランス…これはいったい…?」


興味津々のリニア王子の目の前で、車内からシンナゴヤがおりてきました。

シンナゴヤは、目の前に王子がいるのを見て驚きます。


「まあリニア王子!」


「やあお嬢さん、今のメロデイ素敵だね、僕は聞き入ってしまったよ」


リニア王子は、もう一度鳴らすよう頼みました。


「でも、これ警笛なんです…おかしな警笛でしょ?…私このメロデイに自信がないんです」


「何をいってるんだ、今は鉄道も遊び心が必要な時代だよ、警笛だってメロデイがついたっていいじゃないか!」


リニア王子は、鉄道模型の目の前で童心に帰るおっさん模型鉃のような熱さで続けます。


「僕はずっとお堅い仕事ばかりしてきた。国鉄が民営化になった頃から、何年もかけて自社の力でリニアを建設してきたんだ。鉄道マニアには相手にされず、世間からはそんなものいらないなんて言われながら、それでも独学で何十年もかけてこのプロジェクトを進めてきた。ときどき思ったよ、こんなもの本当に必要なのかって。ひょっとしたら僕は、全然いらないものを作ろうとしているだけなんじゃないかって。だからわかるんだ、君の気持ちが。余計なものかもしれない、いらないかもしれない、そう恥に思う気持ちが。だからこそ僕は君のことがわかるんだ、君に惹かれるんだ。まるでどこかでもう何度も何度も会ったような…そんな運命を感じるんだ、もしよければ、もっといろいろ話ができないかな?」


リニア王子とシンナゴヤは、セントレア展望デッキで飛び立つ鳩と飛行機を眺めながら語り合います。

いじめられてきたシンナゴヤにとっては夢のような時間。

素敵でかっこよくてお金もあるリニア王子と、今二人っきりで話している自分が、まるでめちゃくちゃ珍しい編成に乗れたはいいが他のマニアに情報が知れ渡ってなかったせいで、たった一人車両を貸し切っている車両鉃のような気持ちでした。

要はめちゃくちゃ嬉しいのです。


リニア王子は色んな話をしてくれました。

営業係数のこと、乗車率のこと、定期券の割引率の変動。

難しい話の間に優しい話も織り交ぜます。

職人気質な技術者たちや、運行管理のベテランスタッフさんの話。

山梨実験線での子供の鉄道ファンとの交流。


そして、0系じいちゃんのこと。


「おじいちゃんはとても優しかった、何でも知っていた。僕が鉄道に興味があるとわかると、嬉しそうにいろんなことを教えてくれたんだ、毎年誕生日には、最新の電車でGO!をプレゼントしてくれた」


楽しい時間はアッという間に流れていきます。

二人の会話も終点が近づき…。


「しまった!もうこんな時間だ、よければこのままセントレアに泊まっていかないか?東横インでもいい?ビジネスホテルならいくらでも用意できるよ」


「ああでも私、終電で帰らなくちゃいけないの」


「え?終電!?もしかしてこの駅の終電かい?」


「そうよ」


「だったら急がなきゃ、セントレアの終電は思ったより早く終わることで有名なんだ」


「ええ!なんですって!?」


「セントレアができた当初も、終電が早すぎて飲食店の従業員が帰れないって苦情が出たぐらいなんだよ、ほらその頃の朝刊がこれの6ページに…」


リニア王子のうんちくに耳をかす余裕はありませんでした。

鉄道マニアは話し出すと長いのです。

シンナゴヤは王子を無視して急いでデッキから屋内へ、3階飲食スペースを走り抜け、エスカレーターを降りて2階へ急ぎます。

まるで、わずかな停車時間の間に複数のホームから同じ車両の写真を撮ろうとする撮鉃のように全力で走ってゆきます。


「最終~岐阜行きが発車しま~す、ご乗車のかたお急ぎください~」


ベテランの駅員が大きな声で案内を繰り返してます。

走るシンナゴヤの後ろを懸命にリニア王子がついてゆきます。


「ま、まってくれお嬢さん!僕はまだ君の名前をきいてないんだ!」


「私の名前は!」


改札にマナカをタッチしながらシンナゴヤが叫びます。


「私の名前は~!」


ドアに滑り込んで、改札の向こうの王子に続けます。


「私の名前は~シン」


「ダァ!シャーります!」


シンナゴヤよりも大きな声で、駅員が出発を告げました。

残念そうな二人の表情とは別に、無事に最終を発車させた駅員の誇らしい顔。


出会いは一瞬、ラブストーリーは突然に。

言葉にできない思いをかかえながら、二人はふとあることに気が付きました。

リニア王子の足元に、一枚の時刻表が落ちているのです。


「なんだろう?これはさっきのお嬢さんが、改札を通るときに落ちたような」


リニア王子が手にしたのは、シンナゴヤが落とした一枚の時刻表でした。

それも一般発売されているものではなく、駅員が仕事で使うかなり細かいほうの。

シンナゴヤは車内で気が付きます。


「しまった!業務用時刻表落としちゃった!やべえ!駅長に怒られる~!!!」


翌日、リニア王子のお嬢様探しが始まりました。

ヒントはもちろん時刻表です。


「きっとこの時刻表を捌ける駅、それがあのお嬢さんに違いない、確かめたいのだ、たのむ爺」


「かしこまりました、必ずや見つけましょう」


リニア王子に長年使える、ジョウホク爺さんも張り切ります。


「この時刻表は、朝のラッシュ時には2分に1本、発車や停車は5秒単位で刻まれているとても忙しい路線のものですな、これを捌けるようなお嬢さんはそうとうすごい駅なのでしょう」


「わかるのか、爺」


「ええ、わたしのような高架一本路線から見たら夢のような忙しさですわい、さあ王子、探しに出かけましょう!」


リニア王子とジョウホク爺さんは、愛知県内の鉄道会社を巡ります。

名古屋駅にきたときです。


「あら~それでしたら、うちはなんなくさばけますわ~」


近鉄姉さんが業務用時刻表を手に取り列車運用を考えはじめました。が、しかし。


「う!これ…これは…難しい、一方向だけじゃなく岐阜・犬山・豊橋・知多…なんでこんな複数の方向に走る列車が一同に集まってるのよ!こんなのできるだけないじゃない!」


近鉄姉さんには無理なようです。


「だったら私にまかせてちょうだい」


こんどはJR姉さんがはりきります。が、しかし。


「…な…え?…なんで編成が2両とか4両とか6両とか8両とかきざむの?…なにこれ、種別が途中でコロコロ変わるじゃない…一度準急になってそのあと普通になるとか、こんなのお客様にどう案内すればいいのよ!」


近鉄姉さんJR姉さんも時刻表通りに運用できませんでした。


「そうか、ここにもいなかったか、どうする爺」


「王子、他を探しましょうかのう、そうそう、岡崎のほうに味噌の香りのする愛知環じょ」


そのときです、爺の話を遮るように駅の奥からメロデイが流れてきました。


♪どけよ~どけよ~♪●ろすぞ~♪


「あ!あのメロデイは!」


王子は走ってメロデイの鳴る方向へ向かいます。

地下へたどり着くと、赤福や今川焼を売る前にたくさんの改札が並んでいます。

リニア王子は入場券を買って駅に入ってみました。コンコースを抜け階段を下ります。

するとそこには、とんでもない駅があったのです。


「上小田井・西春方面・普通犬山ゆき到着です、尚このさき西可児方面ご利用のかた、28分発の準急新可児行きご利用ください、準急新可児行きは犬山から普通に変わります。全6両であと4両は途中犬山どまりです、乗車位置は緑色1番から22番・・・」


「な、なにを喋っているんだ!?」


リニア王子には理解できない、多方向に大量の乗客を捌き続ける駅の姿がありました。

4面2線というターミナル駅としてありえないホームの少なさ。

列車によって停まる位置が違うものを、お客様への丁寧で臨機応変な放送で見事にさばいています。


「まさか…こんな駅が、こんな忙しい駅があるなんて!」


リニア王子は、日本一忙しいといわれているシンナゴヤ駅に着いたのです。


「みつけた!」


リニア王子は業務中の駅員シンナゴヤに声をかけます。

尚実際の駅員は暇そうに見えても忙しいため、用がないとき以外は話しかけないでください。


「あ!あなたはリニア王子!?」


地味な制服を着てお客様案内を続けるシンナゴヤは驚きます。

まるで313系のモーター音を録音しに行ったら、キヤ95気動車=ドクター東海があらわれて驚く音鉄のようです。

急にあらわれても準備が間に合いません。


「そ、そんな、どうしてここに!?」


「君に渡したいものがあるんだ」


リニア王子は業務用時刻表をシンナゴヤに渡しました。

「この本数を捌けるか?」そんな確認はするまでもありませんでした。

王子から渡された時刻表を見て、シンデレラは言います。


「ありがとうございますうう!!私コレ無くして始末書かかされるところだったんですうう!ほんとありがとうございましたあ!」


普通ならドン引きするのでしょうが、業務用の物品を紛失するとガチでけっこうきつく怒られることをリニア王子は知っています。

西武鉄道のスマイルトレインのようにニッコリ笑って「よかったね」と言いました。


シンナゴヤはふと我に帰り、目の前でリニア王子がいることに改めて気が付きました。

悔しがる近鉄姉さんとJR姉さんの横で、シンナゴヤは顔を赤らめます。

その色は往年の名鉄特急7000系パノラマカーのようです。

あの懐かしい電子的なミュージックホーンが脳裏によみがえります。

そして今はなき車内の様子も。


パノラマカーは先頭が展望車両になっており、自由席料金で子供も大人も、誰でも乗ることができたのです。

指定券もなく、特急券もなく一番前の展望席に座れた列車。

そう、特別な席は誰にでも開かれているのです。

あとはそこに自分から座りに行くかどうか。

今シンナゴヤの前に、新しい線路がひかれはじめました。

不幸ばかりだった運命のポイントが切り替わります。

行き先は、かつて北海道・広尾線に存在した「幸福駅」です。


今こそ、シンナゴヤの本当の姿に目覚めるときです。

やっと目をさましたかい?と、鉄道の神様が語りかけます。

「遅いよ」と怒鳴る乗客には「これでもやれるだけ飛ばしてきたんだよ」と言えばいいのです。

脳裏で前前前世が流れるなか、リニア王子は言いました。


「君の名は?」


「私は、シンナゴヤ、名鉄名古屋本線のシンナゴヤっていうの」


「素晴らしい名前だ、でもそれじゃ長い、そうだ!これから少し略して…名鉄名古屋にしよう!」


「ええ!でもそんな急に」


「そしてたのむ、僕と一緒に乗客を運んでくれないか?」


「どういうこと?」


「僕は2027年に品川から名古屋間で開通する、名古屋に来るお客様を君が東海地区のいろんな土地に運んでほしい」


「でもそれなら地下鉄さんが」


「彼らは市内だけだ」


「近鉄さんが」


「関西利用者向けだ」


「でもJRさんが」


「確かに、この地区最大手はJR在来線だ、でもしょっちゅう停まるだろう?東海道線は踏切支障、飯田線は鹿と衝突、冬の高山本線は走るか走らないかギャンブルだ。君しかいない。」


「でも、わたし地方の一私鉄だし」


「大丈夫だ、古くは名古屋御三家と言われたきみの力なら、必ずやお客様の役に立てる、不安ならグループ会社を使ってもいい」


「ありがとう!だったら名鉄バス、名鉄タクシー、豊橋鉄道、東濃鉄道、中日本航空、それに大井川鐵道も名鉄グループです、きっとお客様の信頼に応えてみせます」


「よかった、君がいてくれてよかった。」


こうして二人が喋っている間、駅の案内放送は流れませんでした。マイクはシンナゴヤが握っているからです。

でも大丈夫。

もともとシンナゴヤに慣れていた利用者は、なんの放送もなく、無事乗るべき列車に乗ってゆきました。

本当の鉄道マニアは、撮り鉄でも音鉄でもなくシンナゴヤ利用者なのかもしれません。


「あ、そうそう、ひとつだけ私じゃ難しいところがあるの」


「難しいところ?どこだい?」


「金城ふ頭よ、ポートメッセなごや、レゴランド、ファニチャードーム、そしてリニア鉄道館。あそこへ行くには1つしか路線がないの。だからそこも加えてあげて」


「もちろんだよ、リニア鉄道館は僕にとってご先祖様の菩提樹だ。大切にさせてもらう」


「ありがとう!よかった、ねえ、きて、あ●なみ」


シンナゴヤは柱の陰に隠れていたあおなみ線を呼びました。


「あなたの魔法のおかげよ、ありがとう」


「あれは…魔法じゃない」


驚いたシンナゴヤは続けました。


「じゃあ貴方があのとき用意してくれた車両は?」


「あれは…レゴで作ったの」


「レゴで!?」


「そう、たくさん余ってたから、実物大の車両を作ったりモーターを積み込んだり、パーツと時間さえかければ、レゴブロックは何でもできるの、嘘だと思うなら…レゴランドに来て?」


リニア王子は感動して言いました。


「凄いじゃないか!おもちゃと思っていたレゴブロックで本物の電車が作れるなんて!素晴らしい」

急に褒められてしまい、おなみ線は俯いて言いました。


「こんなとき、どんな顔したらいいかわからないの」

リニア王子と名鉄名古屋(旧名:シンナゴヤ)が揃って「笑えばいいと思うよ」と微笑みました。

リニア王子は続けます。


「そうそうシンナゴヤ、僕は君に、何度も会ったことがあるみたいって言ったよね」


「ええ、でも会ったことなんてないけど」


「会ったことはないさ、でも僕は君を知っていた、ずっと前から」


「どうして?」


「きみ、電車でGOになったろ?」


「…あ!」


シンナゴヤは20年前を思い出します。

ゲームブームの最中、2000年1月に発売された電車でGO!シリーズ第5段、電車でGO!名古屋鉄道編。


「僕はゲームで毎日シンナゴヤから、そう、きみから発車していたんだよ!見覚えがあるはずさ、あのゲーム大好きだったから、何百回もプレイしたから、親が買ってくれた3500系の運転台を模したマスコンハンドル型コントローラーが壊れるほどプレイステーションで遊んだんだよ」


「あのコントローラーが壊れるほど私を知ってくれていたのね…嬉しい!あのゲーム出しといてよかった、あなたのおじいちゃんが、毎年電車でGOをプレゼントしていたもんね」


「ああ、0系じいちゃんに感謝しなきゃね」


「こんどご挨拶に行くわリニア・鉄道館へ、あおなみ線に乗って」


このとき二人は知らなかったのですが、

リニア・鉄道館の横には、結婚式場があるのです。


リニア王子の人脈とコネで、駅名を改名するというめちゃくちゃメンドクサイ事業があっという間に終わりました。


シンナゴヤは名鉄名古屋に改名。駅名看板も全て置き換えました。


古いシンナゴヤの看板は、アニメ制作会社が資料に欲しいというのであげました。

なんでも探偵もののアニメ映画に用いるそうです。


こうして2027年、リニア中央新幹線が開通。

日本に新しい時代が到来。


名鉄名古屋はリニア王子とととに、いつまでも黒字で暮らしましたとさ。

めでたしめでたし。



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[良い点] 名古屋と鉄分の濃度がすごい! [一言] めちゃめちゃ面白かったです! 脳内で声が勝手に再生されました!w
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