おっさんは、自分の推測を口にするようです。
「ねぇ、クトー」
「何だ?」
草原の真ん中で、とっぷりと日も暮れた頃合い。
そろそろ仮眠を取ろうか、という提案に賛同したレヴィは、なぜか眉をピクピクと震わせて怒りの表情を浮かべていた。
クトーが問い返すと、彼女は青筋を立てた。
「あのねぇ!? あなたが変人なのは分かってるけど、ただでさえ信用されてない相手の前でそれやる!? バカじゃないの!?」
「む?」
言われて、クトーは自分の格好を見下ろした。
クトーが身につけているのは、【着ぐるみ毛布】だった。
毛布を身を包むように縫い上げて作った、外套の上からも着れる寝具兼用の服である。
冒険者は野宿が多い。
しかし荷物として、毛布などを持つとかなりかさばる。
普段はカバン玉に入れておけば問題ないが、それでも外で眠る時は寝具を出して包まる必要がある。
そこでパーティーのリーダーであるリュウが考え出したのが、この寝間着だった。
着ぐるみ毛布は、体を足の先まですっぽりと覆ってくれる。
あたたかい上に、魔物素材だから多少は防御にも使える代物だ。
「いつも通りだが?」
「そのいつも通りがダメだって言ってんのよぉっ!!」
「なぜだ?」
クトーは少し納得がいかず、アゴを撫でた。
例えば、モンスターなどは火を恐れないモノも多い。
野営するのに安全な場所はそうそうないし、魔物よけの結界アイテムは使い捨てのわりに少々値が張る。
普通に手に入るランクのものだと、効果自体も上級モンスターには通じない程度だ。
それならば、寝具を最初から服として着込んでいれば、少し動きは鈍るが不意打ちされても素早く逃げられる。
不意打ちを食らえば、例えば商人の護衛などをしていると、逃げる時に荷物を捨てなければいけない事もある。
また、毛布と荷物を持つことで両手がふさがり武器を持てなかったり、ということだって十分考えられるのだ。
最初着てみた時に、これはいいものだ、とクトーは思った。
リュウの発想はいつも奇抜ではあるものの、有用なことが多い。
奴は呑気で無鉄砲だが、その分、柔らかい頭を持つ男なのだ。
もしリュウではなく、何事もきっちりしないと気が済まないクトーがパーティーのトップだったとしたら……他の連中が息苦しくなり過ぎてしまい、とっくに解散していただろう。
ということで愛用しているのだが。
「どう見ても不審者でしょうがァアアアアア!!」
「可愛らしいデザインを心がけている。どこが不審だ?」
「あなたがそれを着てることが不審なのよこのムッツリィ!! わたしは慣れたけど、普通は慣れてないのよ!!!」
レヴィは、ますますヒートアップしていた。
花柄で、ドラゴンを模したフードのついた【着ぐるみ毛布】の何が気に入らないのか。
「不審か?」
「個性的な格好ではありますね」
クトーの問いかけに、無表情な少女であり同行者であるスイキは、淡々と答えた。
同じ食事は取らなかったものの、共に焚き火の当たっている彼女に、気にした様子は見えないが。
「という話だが」
「いや少しは気にしなさいよ!?」
「……おっしゃる通り、可愛らしいと思いますが。たしかに男性としては少々珍しい好みではありますね」
何を考えているのかよく分からないが、受け答えはハッキリしている。
「私は少し離れたところで眠ります。近づかないようにお願いいたします」
「ああ」
「何で普通に受け入れてるの!? どっちも変人なの!?」
「失礼な」
「そのように騒がれると、魔物が寄ってくるかと思いますが……」
スイキはむしろ、レヴィの騒がしさの方が気になっているようだった。
すると、彼女は口をつぐみ……盛大にため息を吐いた。
「もう良いわよ……クトーは宿で散々笑われてもこの格好するし、受け入れてるならそれで……」
「そうですか。では、おやすみなさいませ」
ペコリと礼儀正しく頭を下げて、スイキが離れていく。
腰に手を当てて、鼻から大きく息を吐いたレヴィは、まだ眠る気がないようだった。
「ねぇ、クトー」
「何だ」
「……私たち、これからどうするの?」
その問いかけに、クトーは軽く片眉を上げた。
「どういう意味だ?」
「あの子が街を知ってるかもしれない、っていうのも分からないし、元の世界に帰れるかも結局分かってないでしょ?」
「ここが知らん土地であることは確かだ。太陽の色がおかしいのも、同様にな。しかしここが、俺たちの知らない世界であるかどうかは、まだ分からない」
「何で?」
レヴィがキョトンと問いかけてくるのに、クトーは焚き火に薪を焚べながら、淡々と答えた。
「ーーー彼女に、言葉が通じているからだ」
一瞬、彼女は意味が分からなかったようだった。
「どういうこと?」
「言語、というものは、土地が少し離れたら通じなくなるものだ。俺たちが住んでいた中央大陸の中でも、東と西で訛りが生まれている。同様に、東の大国や北の国は言葉が通じない」
クトーは学んだので、どこの国の言葉も使えるが、彼女はあまり大陸中央部から出たことがなく、南西の帝国にしか行ったことがない。
ゆえに、あまり意識したことがないかも知れないが。
「南西の帝国は、俺たちが住んでいた王国とほぼ同様の言語を使っているので言葉が通じたが、東と北は本来独自の言語を使っている。ドワーフたちもな」
「でも、私が会った北や東の人たちは普通に伝わる言葉を使ってたわよ?」
「そう。彼らは基本的に身分が高かったからな」
【ドラゴンズ・レイド】は魔王を倒した勇者リュウが率いる、Sランクパーティーである。
知り合いも王侯貴族が多く、彼女が会ったのもそうした立場の者だったり、別種族でも大陸中央部に住んでいる者たちなのだ。
「だが、スイキやあの竜騎士は滞りなく中央語を使っていた。ならばここは、位置が分からないだけで大陸中央部である可能性がある」
クトーは地理そのものは、ほぼ把握していたつもりだが、それでも全ての土地に赴いたことがあるわけではないのだ。
しかし言葉が通じるのなら、少なくとも全く異なる世界だと断定するには早い。
「もう少し信用が得られたら、スイキから話を聞くことが出来るだろう。焦るな、と最初に言ったはずだ」
「で も、神聖オース帝国とやらは、南西の帝国とは名前が違うわよ?」
「俺は、決して楽観しているわけではない。だが、全く何も分からないわけではない、ということが言いたいだけだ」
「じゃ、帰れるかもしれない、ってこと?」
「……俺の考えでは、別の方向で下手をすると戻れない可能性はある」
クトーは、夜空を見上げた。
そこに輝く月も、青みがかったクトーらの世界に比べて白い月のように感じる。
「何よ、その可能性って」
レヴィが苛立ちの表情と共に口にした言葉に、クトーはまっすぐ彼女の目を見ながら答えた。
「ーーーここが、遥か過去、あるいは未来である可能性だ」




