おっさんは、いつも通りに仕事をするようです。
「まだ終わらないのか?」
クトーが書類仕事を終えて顔を上げると、ギルド本部で机に座っている者たちの前に置かれた処理業務がまだ半分以上残っているように見えた。
「丁寧な仕事を心がけるのは良いことだが、あまり時間をかけていると、出かける前に日が暮れてしまうが」
「あのね、クトー」
ピタリ、と手を止めて、レヴィが顔を上げる。
「何だ?」
「私たちって、今、何をしてるか分かってるわよね?」
「ああ」
仕事を振り分けたのは自分である。
クトーは、あまりにも当然過ぎるレヴィの質問に、淡々と答える。
「水源確保と探索に関わる、各種書類の作成だな」
この国は、食料の備蓄はあるが、水の方が先に不足する可能性があった。
それと言うのも、国ごと移動したとはいえ、水源までもがこちらの世界に転移したわけではなく、現在使用している地下水路や貯蔵水の量がかなりの速度で減少しているからだ。
先日までは、一般人でも扱える水を発生させる魔導具等の併用でどうにか凌いでいたものの、その魔導具とて消耗品であるため、無限に使えるわけではない。
まして魔力が失われるばかりで補充されない状況で、魔力量を必要とする大規模で強力な魔導具そのものが使えなくなってもいる。
スイキが呪紋によって水は確保が可能だと言っていたが、それにも準備と道具が必要なのだ。
要は、そうしたことを懸念して、素材と資源の確保をクトー達も手伝っている状況……なのだ、が。
「全員が全員、あなたみたいに変態並の仕事が出来るわけじゃないのよ?」
「この程度なら、ごく普通の事務処理だろう。各国の戦力を集結した時や、ビッグマウス大侵攻の時ほどの仕事量ではない」
「だから、それを普段からこなせるのが『普通』じゃないって言ってんのよぉおおおおおおおおおッッ!!!」
額に青筋を浮かべ、バン! と机に羽ペンを叩きつけて立ち上がったレヴィに、クトーはかすかに眉根を寄せる。
「ペンが壊れたらどうする。経費だぞ」
「あなたがイラつかせるからでしょ!? 大体あなた、これだけの仕事を午前中に終わらせて、午後から外に出るつもりだったの!?」
「そう説明しただろう」
「『書類仕事が終わり次第、探索に加わる』としか言ってないわよねぇ!!??」
「……今日の予定を話したのだから、当然だろう?」
元の世界では、水源を探すにしても、基本的には魔力や練気法を基礎とした手段が発達していた。
冒険者であれば、多少山野に詳しい者も、慣れない土地を探索するのに長けた者もいるが、ここは異世界だ。
スキルや魔導が使えない以上、外に出る者たちの、未知に対するストレスは元の世界での冒険の比ではない。
「水源の確保は、現在のところ国としての最優先事項だ。飛竜もいざという時のことを考えて多用は出来ん。一刻も早く俺たちが動くのが最も効率がいい」
軍属の飛竜にしたところで、飛行に魔力の補助が必要なのである。
極め付けに、ある程度、この辺りの地理に詳しい者がスイキしかいないので、ある程度の案内を受けながら水源を探してもらい、それにクトーらが護衛として同道する。
その上で、水源までの地形図と工事の日程を作るのが、一番効率的な手段となる。
「だったら、最初から書類仕事を他の連中に振って、私たちが出れば良いでしょ!? 何で出かける前準備から全部自分たちでやってるのよ!?」
「人手が足りていると思っているのか。それに、人々の不安を煽りかねない情報は、機密事項だ」
今、この国はそれなりにギリギリのところで保っている。
いきなり街ごと異世界に飛ばされて、それでもある程度秩序が保てているのは、王族とアルゴら首脳部の手腕とカリスマによるものだ。
「あ、あのぉ〜……一つ良いですか〜?」
おずおずと手を挙げた獣人の少女、ウルズに、クトーは目を移す。
「聞こう」
「も、もしかして、クトーさん……事務仕事終わったんですかぁ〜?」
「自分の分はな」
「イーサ……あの人の仕事、多分私たちの三倍くらいありましたよね……?」
「チラチラ見てたけど、あり得ねー速さで書類の山減ってたぞwww」
「笑えないっていうか、流石にちょっと引くんですけど……」
「いやー、スゲーっスねクトーさんマジあり得ねースwww てことで、ちょっとこっちの仕事も手伝って欲しいスwww」
美貌の魔導士がヘラヘラ笑いながら両手を合わせたので、クトーはあっさり頷いた。
「仕方がないな。では、出立を夕方にする」
「明日って選択肢はねーんスか!?www」
「ない」
答えて、クトーはそれぞれの机の山を巡り、半分ずつ書類や巻物を取り上げる。
「もし、この状況で俺よりも処理が遅い者がいれば、手を抜いていると判断する。食事を抜くことはないが、ギルド組は、アルゴに減給を申告する」
「ゲェ!!!! それはヤベェス!!!!www」
「んー、まぁ、お金なら別に大丈夫です!!」
「では、おやつ抜きだな」
「……!!!!! そそ、それは死んでしまいますぅ!!!!」
「では、真面目にやることだ」
クトーが、自分に割り当てられた机に戻ると、立ったままのレヴィが渋面で問いかけてきた。
「……私は?」
「そうだな……新作の着ぐるみ毛布を試着してもらう。猫タイプで非常に可愛らしいので、よく似合うと思うぞ」
レヴィの可愛らしい格好は眼福なので、どちらに転んでも損がない。
しかしその提案に、レヴィはさらに表情を厳しくした。
「ありがとう、すっっっっっっっっっっっごくやる気が出てきたわ!」
「そうか」
早く出立できるのなら、それはそれでいい。
クトーは増えた分の書類に目を落として、黙々と手を動かし始めた。




