おっさんは、少女と共に挑むようです。
「らしいが、どうする?」
アルゴは、アレクの提案に軽くオールバックの髪に両手の指を通した。
「ハッキリ言っておくが、俺は戦闘はからっきしだ」
「具体的にはどの程度だ?」
「素手の喧嘩でチンピラに勝てるくらいだな。魔法も剣も使えん。イーサ特製の補助魔法薬を使って、それでもせいぜい、Cランク冒険者程度だな」
特に自嘲もなく、アルゴはクトーの問いかけに答えた。
そもそも自身は商人であり、出来ることは金儲けと人を使うことくらいである。
「ふむ」
こちらの返答に、クトーは銀縁メガネを指先で押し上げた。
「では、アレクとの戦闘はこちらが請け負おう。実際に目にした方が、お前たちもこちらの実力を測りやすいだろう」
「見ても分からん可能性はあるがな。実際、負ける可能性は?」
「俺は、ただの冒険者パーティーの雑用係だ。だが、レヴィがいればそうそう負けはないだろう。複数でかかっていいということだからな」
それに、とクトーは相棒の少女に目を向けながら言葉を重ねる。
「仮に負けたとして、命までは取らんだろう」
彼の発言は、ズレてはいないように思えた。
ーーーまぁ、預ける相手の実力を見たいという話だからな。
アレクは話し合いの意思そのものは見せている。
であれば、さほど派手なことにもならないだろうが……。
「罠、という可能性もある。一応、イーサとウルズを待機させておく」
「助かる話だ。行くぞ、レヴィ」
「良いけど、倒すの? 倒さないの?」
小さな体に似合わず、緊張していないどころか、つまらなそうな表情の中に自信すら見える褐色肌の少女が、トントン、とブーツの先で地面を叩きながらダガーを引き抜く。
「……倒せる、と思うのですか?」
レヴィの言葉に、おそらくは相手の実力を知っているのであろうスイキが、少し驚いたようにそう口にした。
アルゴにも、その気持ちは分からないではない。
彼我の戦力差は分からないが、巨大なドラゴンを駆り、明らかな覇気を放つアレクに比べて、こちらは武勇は聞いているものの、文官のような優男と少女の組み合わせである。
少女の肩の上にいる毛玉のような小竜も、やる気を見せてはいるが……。
「本気でやれば、少なくとも一方的に負けることはないはずだ。しかし模擬戦なら、少し試してみたいことがある」
そうしてクトーが取り出したのは、数枚の札だった。
「それは?」
「スイキに刺紋の技術を習って、俺が作った【魔導符】だ。少し面白いことが出来る」
「……この場面で新しいことを試すの? そんな性格だったっけ?」
「試し撃ちは、スイキと共に何度かしている。お前と違って、俺はまだ上手く魔力を練れんからな。この世界に合わせた、魔導具や【ピアシング・ニードル】のようなものだと思えばいい」
「ああ、なるほど」
「なんだそれは?」
二人の会話が気になってアルゴが口を挟むと、クトーが淡々と答える。
「俺が元の世界で、魔法を使う時に愛用していた呪具だ。威力はさほど出ないが、残りの魔力が温存できる上に、補助魔法もなしに白兵戦をやるよりはマシだろう」
言って、おもむろにクトーが立っていた外壁の通路を蹴って、空中に身を躍らせる。
レヴィも、すぐさまそれに続いた。
「うぇ!?w この高さからスか!?w」
イーサが声を上げる間に、クトーが風を受けて大きく白い外套を広げながら呪言を口にする。
「ーーー〝風よ、浮かせ〟」
すると、手にした魔導符の一枚が緑の光を纏い、彼の体を包み込むと落下の速度が和らぐ。
その横を、落下速度を緩めないままのレヴィが通り抜け、猫のようにしなやかに着地した。
ふわり、と後から降り立ったクトーは、空中にいるアレクとランジュを見上げる。
「どういう形で戦う?」
「んー、まぁ、下でやろうか」
トン、とランジュの体を蹴ってアレクも同じ高さから地面に降り立った。
「……奴ら、人間か?」
自分なら、確実に足は折れているし、下手しなくても死ぬ高さだ。
すると、ウルズが口を開いた。
「エルフィリアさんならいけると思いますよー? 私も獣化すれば出来ますし!」
アルゴは、この場にいない仲間の名前を出した彼女の言葉に納得した。
彼らの話が事実ならば、Sランク冒険者並みの身体能力は、備えていておかしくはない。
彼女たちが出来るというなら、そのレベルの者たちの中では普通なのだろう。
「まぁ、お手並み拝見といこう」
アルゴは、対峙する三人に改めて目を向けた。
※※※
「レヴィ」
クトーは魔導符を手にしたまま、相棒の少女に呼びかけた。
「むーちゃんに、壁面の上を守らせておけ」
アレクという男は、感覚的に卑怯な手を使わなさそうではあるものの、備えは大切だろう。
レヴィは、こちらの言葉に肩の上にいる小竜を撫でた。
「二人だけであの人とやるのね?」
「ああ」
クトーがうなずくと、彼女はむーちゃんから手を離し、【カバン玉】の中からケモノ耳の形を模したカブトを取り出した。
「むーちゃん、お願い」
「ぷに!」
それを被りながら口にすると、小竜が飛び立って、上昇しながら姿を変化させる。
光に包まれ、みるみる内に巨躯になったむーちゃんは、ランジュと対峙するように壁面の前に浮かぶ。
「お、おっきくなりましたよ!?」
「スゲェwww あんなドラゴン初めて見るっスよwww」
滑らかな白い毛並みはそのままに、長く伸びた首と四肢、優雅にきらめく尾を備えた成体の聖白竜である。
ランジュに比べると鳥の翼と蛇の肢体に近い姿を持ち、体躯も一回り小さいが、ドラゴンとして『格』はおそらく相手には劣らないだろう。
「へぇ、君も竜騎士なのか。不思議な竜と契約を結んでいるんだね」
蒼将アレクは、むーちゃんを見上げて感心したようにうなずく。
「騎士、なのかしらね?」
そう首を傾げるレヴィの姿も、むーちゃんと同様に変わっていた。
ーーー白装束のニンジャ。
カブトの形は変わっていないが、首には、白いチョーカー。
太ももの半分まで見えているような際どい位置の裾丈の装束に、白いガーターベルトが網型のオーバーニーソックスにつながっている。
さらに両腕には、唐草に似た模様のヘナタトゥーーーそれらが、褐色の肌に眩しく映えていた。
左足に巻かれた足用のナイフホルダーも変化している。
ガーターリングのようにベルトと繋がっており、そこに見慣れた魔導具……【カバン玉】が半球状に埋まっていた。
腰に差していたダガーも、刀身が伸びて白樺の木で作ったような装いのニンジャ刀と化している。
レヴィは、聖白竜の加護を受け、竜の勇者の力を継ぐ存在だった。
ーーー〝群竜の後継〟レヴィ・アタン。
クトーから見て、まぎれもなく世界最強の一角となった彼女は、逆手に持ったニンジャ刀を軽く振る。
「いつも通り、突っ込めばいいのよね?」
「ああ。援護する。が、慎重にな」
「分かってるわよ、それくらい」
クトーの言葉に、レヴィは口を尖らせる。
アレクの実力や使う技が未知数である以上、こちらとしては最も得意な布陣で挑まなければならない。
しかしレヴィは突っ込みすぎるきらいがあるため釘を刺したのだが、彼女は不満なようだった。
もっとも、それが気になるほど浅い付き合いではないので、クトーは気にしなかった。
「では、行くぞ」
「良いよ」
槍を担いだまま、自然体で答えるアレクに。
「余裕ぶっこいててーーーついて来れなくても知らないわよ!?」
そう吼えたレヴィが、地面を蹴った瞬間、彼女の姿が掻き消えた。




