蒼将が、少女のために動くようです。
ーーー学園都市ミショナ。
和繋国の王都より北西に位置するその街は、多くの学徒が集う場所である。
この国と神聖オース帝国が、呪紋の共同研究を行うために作られた研究都市であり、まだ歴史も浅く規模は大きくないものの、野市も盛んでにぎやかな街だった。
そのミショナの領主を、少し前に引き継いだ青年……蒼将アレクは、部下の言葉に眉をひそめる。
「奇妙な街がある……?」
「はい。地図には記載されていない街です」
「村ではなく、か?」
大きな街はある程度把握しているが、母国ではないので、アレク側では小規模な集落までは把握し切れていない。
「村の規模ではないようです。また、空路から以前その辺りを通過した際には何もないことを確認しており、同時に近隣に昔から住む者にも聴取したところ、そこに街はなかった、と断言しております」
淡々と応える部下には、帝国内から送られてきた別勢力が偵察兵を出したのを、監視するように命じていた。
アレクは、彼らの帰還の報告と同時にそれを知らされたのである。
「ふむ……他には?」
「別勢力は、朱髪の少女を襲っておりました。そこに魔物が出現。見慣れぬ格好をした二人の旅人が割って入ってこれを退治。最終的に少女に味方し、偵察兵が撤退いたしました」
その後、少女らが向かった方向をミショナと推測して見送った後、部下の一人を先行して偵察兵らの進路に派兵した時に、その街を目撃したらしい。
「街には王城のような建物が見えたそうですが、警戒して近づかなかった為に詳細は不明、とのことです」
「なるほど……朱髪の少女は、一人か?」
「はい」
アレクは部下の返答にうなずいて、領主の執務室から庭を見下ろした。
そこに、自分の愛龍が休んでいる姿が見える。
蒼い鱗を持つ龍であり、名を藍樹と言った。
ーーー不可思議な点が二つあるな。
一つは、朱鳥の雛……朱翼がなぜそこにいるのか、という点だ。
彼女は仲間達と共に南方に向かったはずであり、戻ってきているのならこちらに立ち寄るはずだ。
帝国の別勢力がこの街に駐留していることを誰かから聞いて、警戒しているのかも知れないが。
あるいは、一人でいた、というのなら、また何らかのトラブルに巻き込まれた可能性が高い。
ーーー彼女の周りも落ち着かないことだ。
〝救世の巫女〟を取り巻く者たちの思惑が、それだけ絶えない、ということの証左でもある。
しかし、一人でいたというのなら、保護しなければならないだろう。
「少女の行方は?」
「おそらくは、正体不明の街近辺か、中にいるかと。供をしている者たちが手練れのように見えたので、近づくのは避けましたが、彼女らが向かった方向から察するに、街は進路上にあります」
「君たちが優秀で助かるよ」
翼竜に乗った別勢力の偵察兵が苦もなく退けられたのなら、旅人の腕前に対する彼の見立ては正しいだろう。
航空戦力に、地上の兵が対処するのは基本的には困難だ。
「どうなさいますか?」
「僕が直接向かおうかな。雛にも旅人にも興味がある」
「この街を空けられるので……?」
「行政に関しては、問題なく回るだろう? この街の官僚には優秀な者が多いしね。それに……」
「それに?」
「いや、何でもないよ」
面倒くさい仕事をやらずに昼寝をしたくなる環境よりは、未知の街に赴くほうが楽しそうだ、と言おうとして、流石に部下の前でそれを口にするのもどうかと考えた、のだが。
「……あまりサボると、赤将に足をすくわれますよ?」
「お見通しか。優秀過ぎるのも困るなぁ」
こちらの視線に気づいたランジュが頭を上げるのを見ながら、アレクは苦笑する。
赤将ボルグは、帝国からの別勢力を率いている、自分以外の帝国五将の一人だ。
が。
「あれは怠惰な僕と違って真面目だけど、脳筋の戦闘狂で、大将に心酔してる。彼の命で五将同士が争うのを禁じられている以上、武力に訴えては来ない」
独自に本国から、何らかの命令を受けて動いてはいるが、策を弄するのが得意なタイプでは決してないので、そういう意味では安全なのだ。
ーーーそう。スイキに協力して、帝国や和繋国の打倒を考えている僕よりは、よほど安全だ。
アレクはそんな風に思いながら青い外套を羽織ると、竜騎槍を手にして窓から庭に跳ぶ。
「後はよろしく。すぐ戻るよ」
ひらり、と手を振るのに、部下が黙って頭を下げるのを見届けてから、アレクは庭に着地した。
人の背丈の何倍もある窓からこちらが降ってきたので、世話役の竜飼が驚いている。
彼に片目を閉じてみせたアレクは、愛龍に声をかけた。
「行こう、ランジュ。少し面白いことになっているみたいだからね」




