少女は、気功を扱えるようになるようです。
「ああ、なるほど。こうね?」
最初に、そう声を上げたのはレヴィだった。
翌日の朝食後。
晴れ渡る空の下、クトーたちは、ギルドが提供している冒険者訓練場で、さっそく魔力の扱い方の訓練をしていたのだが。
最初にコツを掴んだのは、彼女だった。
「気功が練れたのか?」
「うん。天地の気で渦を作ればいいって、こういう事なのね。スキルで風を巻くような感じ」
笑みを浮かべながら、あっさりとレヴィは言うが、本来は聞いて即座に出来るような簡単な話ではない。
彼女はこと戦闘に関しては、クトーの知る限り類い稀な才能を持っているのだ。
それもある種の天賦ではあるのだが、彼女の場合『学習して成長する速度』が、他の追随を許さないほどに早いのである。
レヴィ自身の言う通り、元々〈風〉の適性を持つ者や、〈水〉の適性を持つ者は『渦』を作る感覚に優れているというのも事実ではあるだろうが……。
「ほ、本当に出来たんですかぁ!?」
「理屈は分かっても、コツが全然わかんねースwww」
同じように訓練していたアルゴの部下であるらしい二人は、まだ出来ていない。
ウルズが疑わしそうに、イーサが頭を掻きながら言うと、スイキがレヴィを見つめてポツリとつぶやいた。
「言っていることに、間違いはなさそうですね」
「見えるのか?」
「……私の目は、この世界を流れるあらゆる天地の気を捉えることが出来ますから」
クトーは、その言葉を聞き逃さなかった。
少し歯切れ悪く、小さく呟いた言葉は、非常に重要な話である。
ーーー天地の気を読む、か。
魔力や気を読む力は、魔導を操る者や神の加護を受けた冒険者であれば、限定的に備わっている力だ。
しかし、それらを含むあらゆる属性気を読む力は、さらに高位の力だとクトーは知っていた。
「お前は〝竜の勇者〟か」
「え?」
「分からないならいい」
未来や過去を見る瞳と、天地の気を読む瞳はそれぞれに特別な存在にのみ備わるものなのである。
その一人が、竜の勇者と呼ばれる存在だ。
しかし、この世界ではクトーらが普通に知っている名称や常識が通じないのも分かっている。
呟く時の歯切れの悪さから、この世界でもその瞳は特別なものなのだろう。
ーーー迷いながらもそれを明かしてくれた、ということは、先日の時間稼ぎで少しは信用を得られたようだな。
アルゴとのやり取りで、彼女が事情を明かすかどうかを決断する時間を伸ばしたことは、悪い行動ではなかったようだ。
しかし、現時点で深く話したいことでもないだろう、と、クトーはスイキの話を先にうながした。
「そちらの話を続けてくれ。レヴィは気功を練ったのか?」
「はい、体内の練気が増大しています。その天地の気で、武技というのを使って的当ては出来ますか?」
「多分ね」
言いながら、レヴィは足に巻いたスリットから無造作に投げナイフを引き抜いた。
そのまま、手首のスナップだけで投げ放つ。
「ーーー〈風刃一閃〉」
明らかに手の動きに比べて速すぎるナイフが、ヒュン、と音を立てて空を裂き、先にある的に突き刺さり……そのまま貫いて、後ろにある木立にさらに深く突き刺さった。
「「はぁ!?」」
「? 何を驚いてるの?」
「今の、初等スキルですよね!?」
「なんであんな威力があるんスかwww」
「……さぁ? なんか自然とこんな感じになったわよね?」
「そうだな」
レヴィがこちらに話を向けてきたので、クトーはうなずいた。
初等スキルであっても、威力はスキル練度と込める気功量に左右される為、Sランクに到達しているレヴィの力なら、こんなものである。
「私としては、威力よりも、武技、というものの発動がなぜそんなに早いのか、の方が気になります。刺紋を刻まれておられるようには、見えませんが……」
「それは何だ?」
「体に刺青を刻む、呪紋の発動法一つです」
呪言と描紋の組み合わせによって発動する呪紋の技術は、その刺紋を施すことによって、呪紋士の適性がなくても扱えるらしい。
「なので、戦士は己の戦装束として、体に紋を纏います。特紋士と呼ばれる、五行の一つに特化した呪言紋士も同様に」
「……直接単一の魔法陣を体に刻む、ということか。そうなると、その属性以外の魔法……呪紋は使えなくなるという危険性が高いが」
魔力や気功は肉体の中を流れて、術式に流し込むことで発動する。
『魔法陣を体に刻む』ということは、その経路を確定し、戦場に合わせた魔法を行使する柔軟性を失うことに繋がるのだ。
「戦士職は、そもそも己の適合する五行属性以外は扱えません」
「それは我々の世界でも基本的には同じなので、理解出来る」
レヴィやリュウという例外は、この際置いておいていいだろう。
「なので、得意とする単一紋以外は扱える必要はないです。そもそも、紋を刻まなければ呪紋そのものが扱えませんし、こちらに紋もなしに超理の技を行使する者はいませんので」
「なるほどな。特紋士とやらは?」
「基本的には軍に属する方が、そのような手法を採ります。得意とする単一属性以外を扱えなくなる代わりに、紋を描く手間がなくなりますから」
スイキの説明は明快だった。
「刺紋以外の紋は一度行使すると消えますから、本来、都度描き直す必要があるのです。刺紋と高速詠唱法と組み合わせることで、私のような普通の呪紋士よりも、遥かに強力な呪紋を即座に発動可能となります」
ーーー特化することの利点が、単一属性しか使えない、という不利益を上回るのか。
軍属であれば、魔導士は弓の斉射のように、同一の練度を持つ者を並べて遠距離から魔法の雨を降らせる戦術が確かに一番強い。
スイキの話は、理にかなっていた。
「ふむ。ではこちらの話をしよう。武技は、適性があれば行使可能だ。訓練は必要だが、術式の体系が魔法陣を必要としない形で体系化されている」
特定の武具を必要とするパターンもあり、それは魔法と同じ理屈で説明が可能だった。
魔法には媒体、魔力、術式の三つが必要で、呪紋の『紋』部分に当たるものを形成する位置が、体外ではなく体内、もしくは媒体内なのである。
魔導具は、この原理を応用しているため、魔導具というのは、この世界の『符』に近いものだろう。
「……その技術が学べれば、紋を必要とせずに呪紋を発動可能、ということですか?」
「あるいはな。原理が通用するかは未知数だが、レヴィが武技を使えたことを鑑みれば、呪玉に当たるものがこの世界に存在すればお前にも扱える可能性は高い」
それを教えるのは、特に問題がない。
一方的に教わるより彼女にも利益がある話だ。
「呪玉と魔法の原理については後日教えよう。俺は少し、今の話を聞いて試してみたいことが出来た」
「何をでしょう?」
「符に紋を刻む技術を学ばせて欲しい。それを理解したら、魔力を練り上げる手法を学ぶよりも手っ取り早く魔法を発動できるようになりそうだ」
そもそもの問題として、クトーの魔法行使に耐えうる魔法媒体は少ない。
ピアシング・ニードルという専用魔道具によって行使そのものは可能だが、威力は制限されるし、何より一回使用すると壊れる。
補充のアテがないこの世界では、仮に魔力を練り上げることができてもそちらが枯渇してしまう可能性があった。
強力な魔導士の杖などであれば行使可能であり、それも所持してはいるが……そうなると今度は威力が大きすぎて乱戦などで味方を巻き込む危険が出てくるため、使える魔法の種類が制限されてしまう。
「符は、直接天地の気を取り込むのだろう? それに俺が使える魔法を応用出来れば、魔力を練れずとも魔法の行使が可能になる」
レヴィが出来た以上、時間を掛ければクトーにも魔力での魔法行使は可能だが、個人的な感触としてはそちらの方がルートとして速そうだった。
コツではなく、理屈でどうにかなりそうだからだ。
「……あの、一ついいスか?w」
「何だ?」
ヘラヘラと口を挟んだイーサに目を向けると、彼は目の奥になぜか恐れのような色を浮かべていた。
「未来だと、魔法って魔力なしで発動出来るんスか?www」
「試したことはないな。だが、今のスイキの話を聞いたら理屈では可能に思えたが」
それがどうしたというのか。
疑問に思っていると、イーサは首を横に振る。
「いや、なんもないスw 未来がクトーさんみたいなバケモノ魔導士だらけなら、生まれた時代間違わなくて良かったと思っただけスwww」
「俺は魔導士ではなく魔導戦士だが」
「ああ、イーサさん、勘違いしないでね。私たちの世界でも、クトーはバケモノよ」
「あ、そうなんスか?w オレから見たら、今の武技を使うレヴィも十分バケモノっスけどwww」
「どういう意味!?」
それは結局、どちらから見ても自分がバケモノと言われているようで、そこはかとなく納得はいかなかったが、クトーは流した。
「コツが掴めたなら、イーサとウルズに関してはレヴィに任せよう。俺はスイキに紋について習う」
「魔力を練る練習はいいんですか?」
「俺に戦闘センスはさほどない。彼らよりもコツを掴むのは遅くなる。今後地道に練習するなら、急ぐことはないからな」
クトーは、イーサとウルズを観察し、レイドの連中に比べて才能がないわけではないことを読み取っていた。
単純にレヴィが破格なだけで、ほどなく彼らもこの世界の魔力や気功のコツを掴むだろう。
クトーは、訓練場の隅に向かい、スイキに紋について習い始めた。




