おっさんは、朱い髪の少女に時間を与えるようです。
「……少し、考えさせて下さい」
スイキの返答に、アルゴは即座にうなずいた。
「良いだろう。だが、現状では、時間に余裕があるかが分からん。スイキの扱いについては保留するが、王都側の目線で告げるなら、事情を話さない場合は悪いが王都を出て行ってもらう」
アルゴの言葉に、レヴィは険しい顔をした。
「何で?」
「敵ではない、という保証が出来ないからだ」
事情を話す話さないは、スイキ自身の決めることだ。
しかし、どちらの選択をしても自分のやる事は変わらない。
「俺はこの国の権力者に後ろ盾をもらい、ギルドを盛り立てることを目的としている」
アルゴは、トン、と執務机を指先で叩くと、こちらを睨むレヴィに真っ向から考えを示した。
「現状では、『王都と国民を守る』ことが、俺のやるべきことだ」
「それが、なんでスイキが事情を話さなかったら私たちが出て行く理由になるの?」
「お前ら全員に出て行ってもらうとは言っていない。だが少なくともスイキには出て行ってもらう」
アルゴらは、彼女の話を信じるのなら、こちらに地の利がない状態で、状況によっては正体の知れない『神聖オース帝国』と『和繋国』という二国を相手取ることになる。
「事情を話さないなら、スイキが帝国や和繋国のスパイでないという確証は、王都として得られない。だから出て行ってもらう。何かおかしな話か?」
「でも、この子は帝国兵に襲われてたのよ!?」
「関係ないな。先ほど言った通り、帝国には二勢力ある可能性が高い以上、それは何の保証にもならんし、そもそも俺はそれを見ていない」
「私たちが信用出来ないってこと!?」
「あのー、ご主人様? 私、スイキさんがそういう人とは思えないんですけど……ご尊顔も麗しくあらせられますしぃ……」
レヴィが勢いよく、ウルズがおずおずと口を挟むが。
「俺の目的は、俺にとって、俺の命を賭けるだけの価値がある」
アルゴは、きっぱりと二人に対して告げる。
「今、俺が目的のために命を賭けて守るべきものは、王都の民だ。……逆に聞くが、もしスイキを放置したことで国民に被害が及んだり、誰かが死んだ場合、その責任をお前らが取るのか?」
「ーーーっ!」
「そ、それは……」
「ならば、安全策を取るのは当然だろう。俺が責任を持つ必要があるのは、俺が守る理由のある多くの人々に対してであり、正体のよく分からない一人の少女に対してではない」
「レヴィ、そろそろやめておけ」
「ちょっとクトー!?」
「アルゴの理屈は、人を預かる側の人間として何もおかしくはない」
冷静に口を挟んだクトーに、レヴィが矛先を変える。
しかし彼は、全くうろたえなかった。
「お前や俺がスイキに情を感じて庇うことも、アルゴが国を守ろうと行動するのも、間違っていない。立場が違うのだから当然の話だ。彼女が心配ならば、俺たちがアルゴの依頼を受けずに彼女について行けばいい。そこは現状、争点として考える必要がない」
クトーはメガネのブリッジを押し上げると、さらに言葉を重ねた。
「それを話し合うのは、スイキがどのような選択をするか、を聞いた後でいい。アルゴは無条件に追い出そうとしているわけではない」
「……それは、そうかもしれないけど」
「無闇に噛みつくより、彼らに有用な情報を提供するほうが、この場では賢い選択だ。……アルゴ。それを踏まえて、俺は一つ気になっていることがある」
「なんだ?」
やはりこの男は話が早い。
アルゴは、人を見る目にはそれなりに自負がある。
まるで分からなかった、この土地に関する情報を提供してくれただけでも、スイキの存在はありがたいし、同時にそうした危険性は低いとも考えていた。
それでも、アルゴの一存で危険である可能性に目をつぶって全てを決められるほど、王都に住む者たちの命を守る責任は軽くないのだ。
クトーは、それを正確に理解していた。
しかし彼の口から出た言葉は、アルゴにとって少し意外な方向の話だった。
「この王都は、転移が十日ほど前だと言っていたが、予想以上に混乱が少ない。その理由は?」
「対応が早かったからだろう。この国の王は有能だ」
彼が何を気にしているのか分からず、普通の返事を返すと、クトーはシャラシャラとメガネのチェーンを鳴らしながら首を横に振る。
「いや、そちらの混乱についての話ではない」
「何?」
「俺が気にしているのは、国民の生活に関する混乱の話だ」
「……話が見えんな」
「魔法が使えない……正確に言えば、魔法や武技を使うための魔力や天地の気が、上手く練れない状況であることは、把握しているか?」
「ああ」
「してます!」
「精霊魔法だけは、上手くいくんスけどねぇw それ以外の魔法は使えねースwww」
アルゴの肯定に、ウルズがビシッと手を上げながら、イーサもヘラヘラと笑いながら言葉を添えた。
それを受けてクトーが疑問を重ねる。
「ーーーでは、なぜ日常魔導具は使えている?」
「……どういうことだ?」
クトーの話によれば、魔力の練り上げ方が、この世界では向こうとは違うらしい。
「来る前に練り終えていた魔力は使えた。しかしそれが枯渇すれば魔導具も使えなくなる。だが、低位の日常魔導具に関しては、方式が少し違う。天地の気を直接取り込んで発動するものだ」
アルゴは魔力に関する話は全く分からないので、イーサに軽く視線を向けると、彼はかすかにうなずいた。
クトーの話におかしな点はない、ということだろう。
「続けてくれ」
「街中でも確認したが、ペンタメローネ王国期には既に、魔導具導入による生活基盤の確保が行われているようだ」
「ああ」
「しかし、それらが使えずに困っているようには見えなかった。ゆえに逆説的に、飲み水を湧かせる魔導具や、火を起こす魔導具など、極小の天地の気によって起動する魔導具は使えている、という事になる」
クトーの言葉に、アルゴは眉をひそめ、イーサが目を見張った。
「ーーーおそらく、それらの魔導具に描かれた魔法陣の構造が、使用可能である理由の、鍵だ」
「なるほど……アルゴさん、こいつは有用な情報スよ」
「根本がどういう理屈かいまいち掴めていないが、確かに魔導具が使えなくなった、という報告はないな。そうした意味での生活の混乱は起こっていない……言われてみれば、おかしな話だ」
「そうスね。現象魔法そのものが使えなくなったなら、魔導具も使えなくなる方が自然スし。……そうか、精霊魔法だけが使えるんじゃなくて、現象魔法が使えない、が正しいんスね」
「理屈が通るか?」
「通るス」
イーサが珍しく真面目な顔で肯定しているので、本当にあり得るのだろう。
こちらが理解したのを察したのか、クトーが改めて口を開いた。
「その辺りに関しても、スイキと話し合って同様の答えを俺も出している。正確には『練気』に由来する魔法や武技が使えない状況なのだ」
すると、スイキがそこで口を挟む。
「私からも質問があります。その魔導具というのは、紋符のことでしょうか?」
「紋符とは?」
「こういうものです。これは火符と言います」
言いながら彼女が取り出した古ぼけた木製の札には、どこか見覚えのある形に近い……確かに魔法陣のような模様が刻まれている。
「【火付石】のものに似ているな」
「そうスね。それがどうしたんスか?」
「もしお持ちなら、それを見せていただいても?」
スイキの頼みに、クトーが火付石を取り出して渡すと、彼女は二つの魔導具を見比べた。
「やはり、そうですね。これら二つの紋は酷似した構造を持っています。霊力練転を行うように、紋が刻まれています」
「魔法陣の外円が、その火符に刻まれた円と同じ役割を果たしている、という理解でいいか? 霊力練転というのは、つまり循環の理に近しいようだが」
「合ってますね」
「いや『合ってますね』じゃねースw え、マジすか、ちょ、二人とも魔法陣の読解早すぎないスかwww」
クトーとスイキがうなずき合っていると、横からそれを覗いていたイーサが笑いながら頬を引き攣らせる。
「イーサ。結局、どういう話だ?」
「いやオレに聞かれてもwww」
アルゴの疑問に、イーサが頬を掻き。
「つまりは、スイキに習って魔力を練り上げるコツを掴み、訓練すれば、我々もこの世界で魔法が使えるようになる、という話だ」
クトーが、結論を口にした。
「これは重要な事実だと思うが」
「そうだな」
「であれば、我々やイーサ、ウルズなどの面々でそれを検証し、可能であれば魔導士たちに教授すればいい」
「帝国や和繋国が攻めてきた場合の、戦力として換算できるな。良い情報だ」
「であれば、スイキがそれを我々に教える間は、彼女の滞在を許可出来ると思うが、どうだ?」
ーーーなるほど、そこが狙いか。
アルゴは感心した。
この無表情な男は、こちらがスイキの追放を口にした時から、落とし所を考えていたのだろう。
彼女に考える時間を。
アルゴたちに利益を。
そしてクトーたち自身にも、二者の対立についての決断をする猶予を設けたのだ。
ーーー三方良し、だな。
アルゴは、片頬を上げてクトーに応える。
「見事な交渉術だ。お前は、商人としての才覚も持ち合わせているな」
「あまり興味はない」
本当になんとも思っていなさそうな口調で言葉を重ねるクトーを、アルゴはますます気に入った。
「俺は、ただの冒険者パーティーの雑用係だ。その立場を気に入っている」




