われら、仕事人には見られず
その枯れた竹の密集している現地に着いた。
しかも、斜面になっている。
忘れ去られ、放置された自然は、不気味ですらあった。廃れた、ゴミ置き場って感じだ。
「へぇ~」
「こんなのチェーンソーで、ガーッと、やればいいじゃん」
ゴロスケが陽気に言った。
しかし、年配の人は、目を伏せて首を横に振った。
「密集しているから、跳ねて危ない。ノコギリでゴリゴリするしかない」
「ああ~、そう~」
ゴロスケが気を落とした。みんなも同様だ~。
コウジたちが、やると一週間、下手したら半月かかるかな?
「とにかく、ノコギリを買ってくる」
大下さんと、雪ネェが、車道に停めてあるキャンピングカーまで出て、
大きなホームセンターまで、買出しに行った。
全員で行っちゃうと、トンズラしたと思われるからだ。
「なんで、おめぇあんな低い城山で、遭難しただ?」
「老人の痴呆症なら、まだ分かるけんどよ~」
「若年性・・・なんです」
ゴロスケがからかう。
「おい!」
「そうだろうな~、気をつけないとな~」
現地の人も笑いながら言った。
「頼みますよ~」
成っちゃんが、ゴロスケを睨んだ。
「本気に取られちゃったら、どうするのさっ!」
「ハッハハ~、じゃあ軍手を渡しとくよ。さっさと取り掛かってくれよ」
大下さんから話は聞いてないが、
「金を払うからやってくれ~」
ってな口ぶりだ。
そう言われても、どうしたらいいか? 都会の子は、見当がつかない。
腕組みをして見物していた住民たちも、ぞろぞろと立ち去った。
コウジたちは、恨めしそうに後ろ姿を見つめた。
「ああっ!」
成っちゃんがすべって転んだ。
歩き方にもコツがあって、バランスがいる。
「斜面に直角に立ち、こちらの足を曲げて、あちらの足を踏ん張ると比較的スムーズに歩けるよ~、成っちゃん」
とスンちゃん。
コウジは、体を斜めにして、ノコギリで立っている竹を切るシミュレーションをしてみた。
「大変だ~」
コウジを見ていた、スンちゃんが言った。
「何が?」
成っちゃんが素朴に聞いた。
「ノコギリを引くヤツと、竹を持ってるヤツとで、二人がかりになるよ~」
「エエエ~ッ」
四人で顔を見合わせた。
「ということは、倍かかるってこと? それに、切り倒した竹を上まで運ぶのどうすんだ?」
「縄で縛りあげて上げる? 絶望的~!」
ゴロスケががっかりした。
何となく、一ヶ月ここに居続けると思うと、悲壮感が漂った。
「言うのは、簡単。行なうは難し」
「誰が、これやろうって言い出したのさ」
「雪ネェ」
雪ネェはいない。
「誰が、時間があるから、散策しようって言い出したのさ」
「スンちゃん」
成っちゃんが言ってしまってから「僕も」と小さな声でつぎ足した。
「誰が、この竹ヤブ見つけたの?」
「コウジ」
それを聞いて、コウジは腹が立ってきて、一人で片付け始めた。
竹は、横に倒れているのもあれば、斜めに倒れ掛かっているのもある。
それがとても重いのだ。
根はついたままだし、折れたのがささくれ立っていても完全に切れていないから動かない。仕方がないから落ちている、小枝を拾い集めた。
他の三人もそれに見習って、黙って同じことをやった。
大下さんと、雪ネェが地元のスーパーでお握りとか弁当とか買ってきてくれて、休憩した。
コーヒーを淹れ、斜面に座り込むと、大下さんが軍手に目を留めた。
「いけねぇ、軍手買ってない」
「そういうことを、見越してあの人たち、6人分軍手くれたよ」
「俺たちが素人だって、見抜かれたって訳か・・・」
大下さんは、安心した様子だ。
「あっ、その黄色いゴムのドット、手の甲じゃないぞ」
成っちゃんは、あわててはき直した。
そのうち、ゴム長も買い、試しに地下足袋も買って履いてみた。
底は、ぶ厚い天然ゴム上は黒っぽい色だ。
「これ、優れもんだよ、試してみな~」
大下さんが、薦めた。
「嫌だよ」
そのうち、雪ネェが面白がって試した。
「あら~、ヤダいいじゃん。これ、似合う?」
と、頭と腰に手をあて、足の甲をきれいに見せるモデルの立ちポーズをした。
赤いコールテンのパンツに、上はイッセイ風のジャケット。
長い髪は横に束ねてある。上と足元とはやっぱり合わない。
「女の雪ネェがやるんじゃ、しょう~がないなぁ~」
とうとう全員が地下足袋で作業をすることになった。
確かに、足が軽いし、滑らない。
何というか、親指と他の指が分かれているから、斜面でも踏ん張れる。
足の指が器用って感じ。
「踏ん張りが利くって~、ゆ~か~」
成っちゃんが、いたく気に入った様子だ。
昼は、キャンピングカーの中で食べ、夜はどこかへ食べに行った。
地元の人しか知らない店で、腹いっぱい食べて、天然温泉の銭湯へ入って、寝た。
手に鋸のタコができ、肩が抜けるような脱力感。
しかし、これもやらねば、おまんまにありつけない。
みんなも頑張っているんだから、自分も頑張る。
なんて真面目なヤツらなんだ。
成っちゃんが、銭湯の体重計で
「3kg減った~」とつぶやいた。
「よし、よくやった。あともう十キロ頑張れ」
ゴロスケが、肩に手をやり励ました。
「あのな~」
それにしても、温泉は疲れが取れる。
癒しの時間だ。
源泉100%かけ流しの天然温泉が、地元の人の銭湯だなんて、羨ましい。
「いいなぁ~、日本人に生まれて良かったよ~」
誰だ、年寄りっぽいことを言うのは、コウジが振り向いくとスンちゃんだった。
こんな生活が一週間続いても、竹林は、見た目ちっともきれいに見えなかった。
あちらに枯れた竹置き場ができたかな? ぐらいだ。
そのうち、地元の人が『提案がある」と言ってやって来た。
「な、何だろう・・・」
コウジたちは、心配になって顔を見合わせた。
しかし、地元の親父さんが、一升瓶を差し出して、こう言ったのだ。
「たまには、河津桜でも見に行って、体を休めればいいら~」
「いいら~」
ゴロスケが提案を受けいれた。
大下さんも、
「そう言えば一週間に一度くらいは、休日にしないとな…」
とつぶやいた。
「しかも、正午きっかりには、山焼きの行事がある」
親父さんが、自慢げに言った。
「山焼き~?」
雪ネェが喜ぶ、喜ぶ。
「京都の山焼きは見たことないんだけど~、あんな感じ?」
「いや、大という字だけじゃない、ここのは、ひと山全部焼く」
「ひと山、全部」
「そうすっと、春が来たって気がするね」
「へぇ~、面白そう~♪」
地元の人が、一緒にマイクロバスで行こうかと誘われたけれど、断って食料を仕入れて、夜出発することにした。
朝、人ごみの少ないところで、余裕で見られるし、帰りは渋滞に巻き込まれないで済む。
山焼きは、明日の正午きっかり。
「場所は、分かるんか?」
「はい、ナビがあるので・・・」
「そうそう、便利な世の中に、なりました~」
山焼きの山の名を、インプットした。
永遠と続く川縁のライトアップされた桜並木を見物して、寒さに震え、聞いた名所の立ち寄り湯に浸かった。
それも事前に聞いておいて、助かった。
ささやかな宴会を、日本酒の熱燗でやる。
車の中でだ。
刺身の盛り合わせや、唐揚げ、サラダ、フルーツの盛り合わせ、ちらし寿司、差し入れに貰った、巻き寿司といなり寿司。
ポップコーンをガスレンジで炒って山盛り作った。
「今宵は、楽し~い」
久々にはしゃいでいる。
みんなのひょうきんな地が戻ってきた。
「君らは~、遊びに関しては、見事にリーダーシップ取れるじゃないか!」
「ハハハハ」
図星だ。
「そうそう、人間は働くばっかりでは、枯れてしまう。たまには生き抜きしないとね~」
紙コップに、順々に注いで行く、いわば、大下さんの習慣だ。
「やるか?」
大下さんが、成っちゃんに酒を注いだ。
「そう来なくっちゃ!」
普段おとなしいやつに限って、酒癖が悪かったりする。
そして成っちゃんは、遭難騒ぎ以来、自粛というか、抑えていたのが、吹き出した。
意外と酒癖が悪い。
「今夜は、無礼講だ~」
と言う人に限って、そうでなかったりする。
真に受ヤツは、世の中を渡れない。
「あのさ~」
大下さんに絡んだ。
友達みたいに、肩に腕を回した。
ゴロスケがひじを突っついて、スンちゃんに知らせた。
「少し、ヤバイぜ」
「そもそも~、神様の作ったものには、
無駄がないはずでしょ~?」
「そうだな」
大下さんも、面白がって相槌を打つ。
「ゴミが多いというのは、物を生かし切れてない訳でしょ~、資源を無駄にしたってことでしょ? 循環型の永続可能な経済のぉ・・・」
大声で演説をこく。
「うるさ~い」
「少し黙れよ」
大下さんが、真顔でコウジに聞いた。
「成っちゃんは、いつも酒飲むと、こんなか?」
「ええ~と、知らないです」
「ハ?」
「知らないです~。普段、酒こんなに、飲まないし~」
第一、酔うほど酒買えないし。
アルバイトや派遣の仕事で、宴会の場も与えられない。
「飲んでも、缶ビール一本ぐらいだな。ここにいる、全員のことを知り尽くした訳でもないし」
あいつが、日本酒がどれくらいイケる口なのかとか、そんな付き合いではなかった。
「ふ~ん、そんなもんか・・・」
大下さんは、そのままの姿勢で、静かに驚いている。
「ジュ・循環型・・・農ギョー」
成ちゃんは、ますますヒートアップして、大声でがなってる。
その時、ドンドンドン ドーンとドアを叩くやつがいた。
「ヤバイッ! どうする?」
雪ネェが突然、
「熱っ~う」
と言って、ジャケットを脱いだ。
ギョッとして、酒で脱ぐ癖があるのか~とたじろいでいると、
雪ネェがドアを開け放った。
「あ~あ~」
開けなくてもいいのに~。
寒さが入り込んで来た。
「こんばんは~、お邪魔しますよ」
勿論、知らないおじさんだった。
白髪の背の高い、しかも、あごひげを生やしている。
「♪クレームですか~」
成っちゃんの頭が、斜めなってよろけた。
「いやね~、聞き捨てならない言葉が、大きな声が聞こえてきたもんでねぇ~」
「すいませ~ん」
取り敢えず、シラフでいれた者は、全員謝った。
すると、その白ヒゲのおじさんは、ニコニコして、名刺を差し出した。
「私は、こういうもんです~。M市で、自然農法をやってましてね~、遊びがてらまた、寄って下さいよ~」
雪ネェが受け取った。
「ブティック・インディゴ・ブルー・・・?」
「ほんじゃぁ」
短く、手を振ると、紳士的に去っていった。
「何だ、怒られるのかと思った~」
と、雪ネェ。
素に戻っている。
「僕も~」
「雪ネェ今の、何だったの?」
雪ネェの解説によると、今のはお芝居で、みんな酔っ払って、話にならないっていうスチェーションを作ったのだそうだ。
「どう、役に立った?」
「さぁ~」
雪ネェの地かと思った。
成っちゃんを見ると、下を向いて、ヒックヒックしだした。
「まずい! ゲロ吐くぞ~」
「え~」
全員が引く中で、大下さんがバケツを差し出して、
ダイビングキャッチした。
「ウエ~ッ」
「…」
成っちゃんは、その事件の後もまた、しばらくおとなしくしていた。
朝が来て、顔を洗い、河津桜を見に行った。
昨夜の桜は、ライトアップとはいえ、不気味だった…。
朝日に輝いて、ピンクの濃い桜が可愛い。
ウグイスが鳴いて、枝にメジロもとまっている。
メジロは目の回りが白いからメジロなのだ。
土手には菜の花の黄色が、風に揺れている。
それにしても、両河岸にこのボリュームはすごい!
何でも、二十何年前に今の町長らが、この新種を植えたのだそうだ。
だんだん木も大きくなって、ある日、テレビ局がこの河津桜のことを取り上げた。
それで、毎年ワンサカ人が押し寄せるようになった。
まるで、原宿の竹下通り並みに・・・。
通りに面して田んぼや土地を持ってる人は、盛り土をして駐車場に、結構な収入になる。
屋台や、スタンドでアルバイトができる。
この辺りの旅館では、さばききれなくて、近隣のホテルも潤う。
みんな携帯のカメラで、てんでに河津桜を撮っている。
「これって、町起こしの成功例だよね~」
「うんうん。日本人は桜が好きだからね~」
「でも、桜は死者の花だって、言うよね~」
「私は、死者の魂を慰めるからだと思うな」
「ふ~ん、魂?」
「この桜の葉っぱだって、塩漬けにして、
全国のシュアのトップだぜ~」
「葉っぱで、何すんのさ」
「和菓子。桜餅。花だって桜のお茶にしてるし~」
「昨日の成っちゃんじゃないけど~、捨てる物ないね!」
成っちゃんは、下を向いた。
昨日のゲロバケツは、朝一番に起きて、トイレで洗った。
「気にすんなって!」
大下さんが、バシッと肩を叩いた。
「気にすんな。子供っぽいだけだ。経験が足りないんだ。もうとっくに社会人としての自覚を順調に行ってれば、身についているところのものが、やっと昨日体験しただけだ」
裏表のない真っ直ぐな大下さんで、良かった~。
その育ってないところって、全員に当てはまる。
そうだ、僕たちは子供っぽいし、経験不足だ。
それに、自分に確固たる自信がない。
いつ要らない人になるか? ってビクついて来た。
この安心感も、砂上の楼閣のようで、いつまで続くか分からない。
ラジオのニュースで、言ってたけど、
昨日もホームレスのおじさんが、何者かに棒で殴られた。
弱い者いじめならまだ分かる。
もしかして、死んでもいい人間扱いだけは、止めてくれ。
そう思って死ぬなら、日本にマザーテレサが必要だ。
「世界に三大飢えている所があります。インド、アフリカ、あと一つは日本です。日本は心が飢えています」
彼女は、講演で、言った。
全く、その通りになった。
この日本で、現代で、道端で人間の尊厳を与えられないで、死ぬ人がいるなんて。
この日本で、「オニギリが食べたい」って、飢えで死ぬ人間が出るなんて。
日本はどこに向かって進んでいるのだ?
それに、イギリスの雑誌だとかが、日本のJapanにiをつけて、Ja paⅰnだって書いてた。
ペインは痛み、国民が痛みを覚えるという意味、日本の政治家のできが悪すぎだって。
雪ネェが、桜吹雪の中を、両手を広げて歌いだした。
「♪春よ~~」
「そう言えば、春ちゃん元気かな?」
「最近、携帯が繋がらないんだよ。心配だな、何かあったんだろうか?」
「あの・・・」
成っちゃんがためらった。
「何だよ、何でも言ってみな」
コウジが促した。
いろいろ失敗をやっちゃったから、言い出しにくいのがよく分かる。
「あの山で、迷った時、春ちゃんがこっちだって、道を教えてくれたよ・・・」
弱々しく言った。
「春ちゃんが?」
「まさか、死んでなんかいないよね~」
「お前、それは極端・・・でも、なんで死ぬんだ? 七輪で騒いで降りたんだぞ」
「何でかな?」
気には、なってた。
でも、どうしてるのかって話題に出しにくい時ってあるよな。
露天で売ってた、鯖寿司とたこ焼きを大下さんが買ってくれた。
これが朝ご飯になった。
「何だ・・・お通夜か?」
スタンドのコーヒーを飲みながら、大下さんが訊いた。
コウジがみんなのしょげている訳を説明した。
大下さんが誰かに電話をかけ、春ちゃんのことを調査する依頼をしたみたいだった。
「帰るぞ!」
その一言で、みんなスゴスゴ車に乗った。