表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森のキャラバン  作者: 森のキャラバン
6/53

大下さんのたいした事情

ほんの一年前の出来事だった。

大下さんは、毎日を忙しなく働いていた。

サービス残業123時間、めっきり口数の減ったある時、ふと嫌~な予感がした。


誰かにつけ狙われているような気がするのだ。

振り向き、振り向き家に帰るようになった。

それをつい、口にすると、家で待つ奥さんの顔が、歪んだ。

後から知ったのだが、妻は浮気を疑っていたのだ。


三日後、家に帰ると、置手紙があり、

「あなたについて行けません。さようなら」

離婚届けの欄にきっちり書かれて、ついでにハンコまで押してある。

家の中の荷物はあらかた無くなっていた。

そして、次の朝、出社すると会社のガラスの扉が開かず、張り紙がしてあった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

   永い間、ご愛顧を賜りまして、誠にありがとうございます。

   この度誠に勝手ながら、弊社を閉めさせて頂きます。     

            

                代表取締役社長 何某 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  


あまりのタイミングの良さに、あっ気に取られて佇んだ。

ガラス扉越しに覗くと、壁に貼ってある営業成績の棒グラフが見えた。

その結末に笑えた。 


ゴルフ三昧の社長は、とっくに夜逃げをしていた。


営業マンとして働き、自社の製品を売り、それで生活の糧を得ていた。

しかし、それが薬事法違反で効き目がない商品だと訴えられたのだ。


テレビのニュースにも大々的に、出た。

もちろん、出資金を募りとかの商売じゃぁなかったから、取り付け騒ぎにはならなかった。

大した効き目のない商品を、営業力で売りつけてしまったのだ。


それは結果的に、詐欺の片棒を担いだことになる。

その前は長いこと、小さな会社の営業マンだった。

そこも倒産した。


「申し訳ない」後悔の念でいっぱいになり、もう一度、廻って回収し、代金を返し歩いた。

健康食品は、目障りなので、ゴミの日に出した。貯金はパァ~。

偶然、隣町で妻に再会した時、冷たく突き放された。


「あなた、確か・・・あのテレビの商品、売ってたわ~」

「ああ・・・」


弁解の余地もない。薄々気がついてはいた。

止める勇気もない。

だからいつも、後ろめたさが付きまとった。


奥さんとの復縁もこれで、諦めた。

離婚届けの記入事項をもれなく書き込み、ハンコを押し、その足で区役所へ持って行った。


すると、また後をつけて来るやつの気配を感じた。


早足で歩き、路地でやり過ごすと、

そいつのクビを羽交い絞めにして、怒鳴りつけた。

「おい! お前は誰だ! どう言うことか、説明して貰おうじゃないか!」




                ☆☆☆




大下さんは、あるお金持ちの家に呼ばれて、応接間に通された。


出てきたのは、この家の女主人。

物々しく、背広の男性が二人控えていた。

弁護士と公証人なのだそうだ。

女主人は大下さんの顔を、じぃ~と観察していた。


あらかじめ、どういう関係かは、知らされていた。

自分の親の親、つまり祖父の妻に当たる。

不愉快だった。自分の母親が妾の子だなんて、知りたくもなかった。


「あんな、子供たちにしてしまったのは、自分の責任でもあるわ。

探偵を使って、愛人の孫を探し出してみたら、なるほどねぇ」


「…」


「自分の子供や孫よりも人間の出来がいいとはねぇ~。

探偵の調べによるとだけどね。だったら、本妻だの、亭主が稼いだ財産の正統な分け前なんてものは、何だったんだろうねぇ?」


(そんなこと知るかい!)と、心の中で思った。


「それで、ものは相談なんだけど、このお金で、思う存分、あんたの好きなように、パァーと使ってやっとくれよ。夫に仕え、よき妻、良き母親として、厳しく育てあげたつもりだったけど、今や、私の死を待つハゲタカばっかり」


「…」


「誰が一番分け前を貰えるか? いつ死ぬんだろうってね。顔も見せないで、便り一つもよこさない。情がないねぇ、まったく。淋しいのを通り越して、怒りすらこみ上げてきたわ。こんな年寄りの自由にできることといったら、遺産を散財してやることぐらいしか ないんだからねぇ」


つくづく不運を絵に描いたような自分に向かって、こんなに金が余っている~♪ って言う自慢話かい? バァさんの言葉は、自分にとって、嫌味な当てつけにしか聞こえない。


「この私の目の黒いうちにあんたに託すから、思いっきりバカを おやんなさい。そして、報告しておくれ。これは、義務だよ」


「…」


大下さんは、同意した訳ではない、

従って返事もしない。

憮然としていた。


「どうせ、私も地獄に行くなら、冥土の土産に愉快なものに使っておくれ。そうね~、こんなにお金があるばっかりに、海外に語学の勉強だと称して、留学させてしまったのが、いけなかったのかしらねぇ? 誰のお陰で優雅に暮らしてると思ってるんだね」


だんだん、事情が呑み込めてきた。


「語学が堪能で優秀だからって、行ったきり。

それだったら、もうちょっと貧乏な家だったら、せめて日本に居てくれたかも知れない。いくら私が意固地でも、あの子たちを育てた親だよ。金髪の奥さん貰って、孫も日本語を一言もしゃべりゃ~しない」


「ハァ~」


要するに、子や孫の態度が気に入らないから、遺産を分けてやるもんか! なのである。


ワガママなバァさんだ。

早く話を済ませて、とっとと帰ろう、

遺産の相続なんて断ろう、と思っていた大下さんも、

その最後の一言で考えが変わった。


「そうなりゃ、金持ちがギャフンと言って、貧乏な人が喜ぶ何かがいいわね~」


バァさんの目が、

いたずらっぽくキラリと光った。


「その話、乗った!」

「そうかい、商談成立だねぇ~」


バァさんは、にんまり笑うと、


「さぁ、三三七拍子~」

と言って、そこにいる一同起立! 四人で手拍子を打った。


「いよぉ~ 

 シャンシャンシャン  


  シャンシャンシャン 


    シャンシャンシャンシャンシャンシャン シャン」


サラリーマン時代の宴会で、さんざんやったシメに、思わず反応してしまった。

習慣というものは恐ろしい。


「私が死んだら、あんたの手で、海に散骨しておくれ」

ばあさんの一時の気まぐれかとも思った。


「じゃあ、後は顧問弁護士に頼むわね」

バァさんは、さっさと部屋を出た。


「…」


しばし、あっけにとられていた。

大下さんは、おずおずと聞いてみた。


「あの~、お加減でも、悪いのですか? 何かご病気でも」

弁護士は事務的に答えた。


「・・・いや、全然」


大下さんは、それから荷物を整理してマンションを売り払い、家具を売り払い、この中古のキャンピングカーを買った。

しばらく遠出もして、二ヵ月ほど生活してみた。


そうして、ある日公園に行ってみたのだ。


そして、コウジに出会った。


女主人は、自分の部屋に戻って腰をおろした。

実は一人息子は、ニューヨーク赴任中の銀行マンで、航空機事故で命を落とした。

跡継ぎは誰もいない天涯孤独の身。

だったら、このお金何に使おう…長い時間の末の結論だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ