草津よいと~こ一度は~おいで♪
超有名な草津温泉、
まさかちょっと前まで、こんなレジャーが楽しめる日が来るなんて思いもしなかった。
人生で最大のリッチな気分♪かな~。
「あん?」
大下さんが、封筒の中身を開けて、しばし沈黙…。
「きっと、交通費くらいの金額なのよ」
とは、雪ネェがコウジにささやいた言葉だった。
「みんな、お礼も貰ったし、年末年始に、どっか行きたいところあるか?」
大下さんが、気を取り直して言った。
「草津!」
「そうだな、♪草津よいとこ~、一度はお出でって言っているしな~」
ゴロスケがはしゃいでいる。
「みんなも、草津でいいか?」
大下さんが見渡し、全員異議なしということで、決定した。
雪道が心配なので、スタットレスタイヤに、履き替えた。タイヤももう古くなったので、引き取ってもらった。
凍った道路は危ないからだ。
電話で問い合わせると、今どき、チェーンを巻いている車は見当たらないとのことだった。
雪ネェは、朝一番にご飯をいっぱい炊いて、お握りを作った。
「いつか、何かの役に立つから、見ときなさいよ~」
一列に並ばせた。
「次は、やれってか」
「やらせて貰えるなら、やるよ!」
「まずいだろうけど…」
「梅干を何個か裂いて、お握りの中に入る大きさにして置く、水を入れたボールを用意して、小皿に天然塩を少々入れて、平たい大皿も並べとく。同じ大きさのお握りにするために、しゃもじでご飯茶碗にご飯をついで、濡らした手に塩を擦り込み、ご飯を載せる。上側の手の甲で山を作り、下の手の平を平にして、三角形を作る。辺を何回か、転がして、形を整え、大皿に置く」
雪ネェの手の動きは、早くて見る見るうちに三角お握りが、並んでいった。
「熱いまま、包むと食中毒の恐れがあるから、冷ましてから、アルミホイルに包む方がいいの。海苔も、もうちょっと後で巻いて包む…」
雪ネェの手作りのお新香も、タッパーに入れた。
「このお新香も実は、簡単に作れるの。白菜を口に入る大きさに切って、ニンジン、唐辛子、刻み昆布、柚子の皮、それに適当に天然塩を振って置く。重しを載せて、冬場は、三日くらいで水が出てくるから、もう自然に醗酵して食べられるの。リンゴの芯とか入れると、それも醗酵して美味しくなるわ。室温だと醗酵し過ぎるから、タッパーで冷蔵庫に入れとくの。この作り方を知っていたら、かなり家計が節約できると思うよ。もちろんヌカ漬けが栄養があるけど、毎日中をかき混ぜないといけないから、大変なのよね~。これなら、手間要らず」
「本当に、塩だけで醗酵するの?」
「うん。生野菜に酵母菌がついているんだって」
用意したビニール袋に次々と入れていく。第一、キャンピングカーには、塩、コショウ、ソース、マヨネーズなんでもござれだ。水もタンクにたっぷり入れた。
「リンゴは塩水に入れると、変色しにくい。ゆで卵は、お手軽な蛋白源になる」
それぞれリックにタオルとか、入ったか確認した。
「イザ!出発~!」
だいたいスキー場とか、観光地の道路は、整備されている。
除雪車が雪をどかし、融雪道路といって道路からは、小さな噴水が出て雪は、溶けている。
雪の多いところでは、チェーンを巻いた車など、一台もなく、みんなスタットレスタイヤで、すいすい走っていた。
ラジオの放送で、派遣社員のその後が聞こえて来た。
東京都が、体育館を期間限定で開放したり、生活保護を申請できるように、弁護士が動いたり、その集団は、派遣村と呼ばれた。
一家の大黒柱が、実は大変なのだ。
収入がないということで、家庭や、進学も難しくなる。
「そんな仕事にあぶれた人たちの受け入れ先は、やっぱり、自給率を上げるための農業だよね」
「輸入している中国だって、そのうち作物が作れなくなって、食えなくなる…」
「う~ん」
混乱もなく、果たしてソフトランディングするだろうか?
そんな心配もあるけど、僕たちも、草津温泉にもぜひ、行きたかった。
草津は標高が高くて、長いくねくね道を走る。大きな駐車場にキャンピングカーを留めて、テクテク雪道を下ったその先には、湯気の上がった有名な湯畑が、あった。
「わぉ~」
歓声が上がった。
「硫黄の匂いが異様だ~」
「そう、言おうと思っていたのね~」
「卵が腐ったような匂いって言うけど、あんまり腐った匂いって嗅いだことないのよね。マッチを擦ったような匂いだ」
まあ~、どちだっていい。土産物屋には、目もくれず、草津温泉に浸かりたかった。
大下さんが、真っ先に向かったのは、そこら辺にある、共同浴場。
無料だ。
簡単な小屋のような前に、多少の行列があり、木戸を開けるともう、脱衣室があった。
カゴにそそくさと抜いた服を投げ入れ、タオル一つ持って、次の風呂場に踊り込む。桶で、お湯を汲み、凍えた身体にかける。
「あちっ、あちっ!」
お湯は、やや黄色がかったにごり湯で、とてもじゃないが、入れないほど熱い。
何度かお湯をかけて、意を決して入った。
豊富な湯量!自然湧出量・日本一! 毎分三万二千リットル。温泉を水で薄めずに温度を下げる方法として、水のパイプをくっつけて冷やす。
その代わり、温まった水は各家庭に配られる。頭いい~っ。
「ふ~っ」
「熱くて、長く入られない~」
「せっかく、来たんだからなぁ~、皮膚に滲み込ませないと~」
貧乏性な僕たちは、また浸かった。
「シャワーでお湯の成分を落とすなよ!」
これは、大下さんの、命令だ。
「はい!」
年越しそばを食べた後に、身体も冷えて来たところで、一言。
「もう一軒ドイツ式の風呂があるぞ!行ってみるか?」
大下さんは、超温泉好きで、以前来たことがあるらしい。
「せっかくだから~行きた~い!」
みんなのハモリ。
このメンバーの中にもちろん、好奇心のないヤツはいない。
『湯モミ』って温度を下げるために、長い板を差して混ぜるらしい
よ」
そぞろ歩きながら、スンちゃんが言う。
広い施設は、いくつもの温泉のタイプがあり、テーマパークのようだ。
頭だけ出して、我慢してお湯に浸かる。
しかし、湯モミされると、よけいに熱い。耐えられなくなって、すぐに脱落して行く。
首から下は、ツートンカラーで、真っ赤だ。
大下さんは、意地になって頭だけ出して浸かっている。
「すげぇ~」
僕たちは、もう着替えることにした。
「思う存分、浸りましたよ!」
浸かり過ぎて、気分がよくないほどだ。
この寒い外気が、心地いい。
「ほら、湯の花!」
雪ネェはとっくに上がって、いつの間にか、商店で湯の花を買っていた。
「これで、またお湯に浸って、今日のことを思い出せるよ!」
「この硫黄の匂い、癖になりそうだもん」
「日本と言う国は、寒いところには温泉が湧くようにできている。本当~に恵まれていると思うよ」
コウジが言った。
「本当だ、神様からのプレゼントだね」
成っちゃんが、賛同した。
キャンピングカーに戻って来て、道の駅に向けて出発した。程なく今年が終わる。
久し振りに、車の中で寝た。布団に慣れたので、堅く感じる。カーテンを閉め、まだ寒いので、断熱シートを買って置いたのを、窓の内側をグルリと覆って、吸盤で留めた。
それぞれの胸の中に、同じ思いが去来していた。
「今年は、不思議な縁で、色んなことが起った…。派遣切りの人たちのことを思うと、僕たちはラッキー過ぎる」
「失業者8万5000人に拡大か…」
それを、僕たちがどうこうして、助けられる訳でもないけど、大変気になってた。
国が定額給付金のことで、話が決まらないうちに、地方自治体は動いて、救済の手が差し伸べられたところもあった。
そんなニュースを聞いてホッとするが、助かったのは、ほんの一握りだと思う。
そうして問題なのを忘れてしまう。
「新年明けましておめでとう」の挨拶もそこそこに、神社にお参りをする訳でもなく、いい年をして、お年玉を貰う訳でもなく、大下さんが、今年の最初に言ったセリフは、忘れない。
「うどんでも、食うか?」
「・・・」
「あ、はい」
大下さんが、説明するには、昔、日本にも、土地が痩せてて、お米が獲れなかった地方もあったのだそうだ。
小麦の産地は、だいたい水が少ないからだ。その土地のお婆さんが子どもの頃は、毎日うどんを食べたそうだ。
「毎日うどん?」
「毎日、お米を食べられるって言うのは、大変ありがたいこと?」だったのだ~。
それを、「私は、パン党だ」なんて、お米を食べないのは、罰当たりな気がした。家畜の餌用の米とかの時代になってる。
「そっか~っ!」
雪ネェが、突然叫んだ。
「私は、今まで、植物は、その土地の成分を吸い上げて、植物繊維に溜め込むものだと思っていたけど、考え違いだわ。
痩せた土地でも、そばは育つ。
しかも、そばは、ミネラルがバランスよく含まれていて、消化もいいのよ。
痩せた土地で、あんな細い体で、ミネラルを製造していたのだわ。
凄すぎる! 凄い!」
ちょっとした興奮状態だ。
「地産地消って、その土地でとれた人間(??)の体にあったモノを、作り出しているんだよね~。・・・グローバル経済なんて、意味ないじゃん!」
「雪ネェは、急に飛ぶんだ~」
スンちゃんが、そのジャンプ度に感心している。
「北海道のジャガイモを、運ぶのに、運搬の消費カロリーが、ジャガイモのカロリーよりも高かった。なんて笑えないジョークがあるけどね」
雪ネェと、スンちゃんの、小気味いい言葉のピンポンが続く。
「広島の原爆の跡地に、一番最初に生えて来たのが、土筆。つまりスギナなんだけど、栄養あるのよ。その土地に必要な成分を作るために地面から、生まれて来たのよ。春の七草なんてみんな、都会人から見ると、雑草にしか見えないものが、滋養もあり、天からの恵みなんだけど、情報を検索すれば、それが大事に思う人間が、増えつつある。それをちゃんと伝えて、次の世代にちゃんと伝言して行くことこそが、正し~い人間の生きる道~なのよ!」
新年早々、雪ネェはいいことを言ってのけた。
「うめ~っ!」
つるつるシコシコの水沢うどんは、絶品だった。
このコシを出すために、体重をかけて、踏んで、一晩置くらしい。
「伊香保でも行くか?」
「本当に?嘘~っ!」
ゴロスケと成っちゃんが、騒いだ。
こちらも、大下さんが知っている所らしくて、携帯で連絡してキャンセル待ちに予約を入れた。
立ち寄り湯ではくて、ちゃんとした和風旅館に、今晩は、特別に、泊まれるらしいのだ。
「別に、道の駅でもいいんだけどな…」
大下さんが、そう言うのは、きっと(ぜひ、あそこに泊まらせたいという)考えがあってのことだろう。
こっちは、茶色の温泉らしい。車で駐車場まで行くと、大下さんがまた、携帯で電話していた。
しばらくするとお迎えの、ワゴン車がやって来た。それぞれ、手荷物を持つと、森のキャラバン号の車のキーをロックした。
草津に眼医者はない。らしい。
なんでも湯の成分が空気中に漂っていて
それが目効くんだってさ。




