僕たちの向かうもの
大下さんは、恩着せがましい言い方はしない。
ただ、自分も人から雇われたのだとだけ言った。
「それは、どんな人ですか?」
「本人の希望で、言わない約束になっている。お金持ちの気まぐれと考えてくれてもいい」
「資本金は、どのくらいあるんですか?」
「一千万円ぐらい」
本当は、もっとあるかも知れないぞと、みんなは思った。
「キャンピングカーは?」
「中古で買った」
でも、きれいだ。
「ふ~ん」
すると、大下さんは、珍しく長々と話しをした。
「俺も、そんなに詳しい訳でもないが、何とかしないと、っていう思いがいつもあった」
みんな同感だ。
「善良な正直者が、だんだん貧乏になって、おとなし~く死んで行くのは見てられないからな」
金持ちの家に生まれたら、一生楽して暮らせるとか。
貧乏な家に生まれたら、学校に行きたいのに、才能があるのに、行けないとか。
あるあるだ。
反対に勉強ができないのに、医者の家系に生まれてしまって、
うちの子供じゃない扱いを受けたりとか。
「それぞれの人間が一番いい、ポジションに移動して、楽しく、幸せな人生を過ごせるよう。知恵を出し合いながら、世の中を良くして行く方法が何かないか、探している」
ああ、果てしのない…ネバーエンディングストーリーだ。
「あの~、もし、成果が出なかったらそん時は、俺たちクビですか?」
珍しくスンちゃんが言った。
一番切ない、しかし、重要な質問だった。
「ふ~」
大下さんは、深いため息をついた。
「君たちは、悪いけど、底辺を知っている。充分味わっただろう?」
その言葉に、グウの根も出ない。
「も、勿論、人生の不条理っていうか、やるせない悔しさっていうか~」
「働けど~働けど~、楽にならざり じっと手をみる」
そう言いながら、雪ネェが手の平を見ていた。
「啄木かい!」
「タクボクって何?」
「あのなぁ~、石川啄木って作家がいてなぁ。有名だよ このフレーズ」
雪ネェは、歌手だから、当然知っている。
「これを学校で習った頃は、笑ってた。まさか、自分がこんな思いをするなんてね」
「女はいいよな~、嫁に行けば済む」
ゴロスケが言った。
とたんに、雪ネェが言い返した。
「何言ってんのよ。女が惚れるような、一本筋の通った男に出会わなかったら、どうすんのさ!」
「まぁまぁ、抑えて抑えて」
そうなんだ。
世の中、軟弱な男ばっかりで、頑張ってる女には、おメガネに適う相手がなかなか見つからない。
晩婚になる。
で、高年齢出産は、母体が危険だし、母体となる女性のろくすっぽ考えない食生活のお陰で、不健康な血液を受け継いだ虚弱な赤ちゃんになり易い。
赤ちゃんの突然死だって、ベビーシッターや、診ている医者側に損害賠償の責任も起こる。
小児科の医師になるには、訴えられるのが、恐くてなり手がいない。
病院だって、消えてなくなる。
適齢期の男性も奥さんを養えるほどの稼ぎがない。
これは、由々しき社会現象なのだ。
結婚して、将来の家庭を描くビジョンが見えない。
ますます少子化が進む。
人口が減る。
ありとあらゆる産業がバタバタ消える。
国が滅ぶ。
絶望的だ。
「そうして、俺らを養ってくれる、年金分を働いてくれる若者がいなくなる」
大下さんが、期待していないような口調で言った。
「こういう世の中を作ったのは、今の大人でしょう?」
大下さんは、黙った。
「これからの生きる道は、自給自足でしょ~」
「俺もそう思っている」
世界各国で、天変地異が起きている。
中国だって、環境汚染が問題だし、いつまでも輸入に頼っている訳にはいかない。
中国製の冷凍ギョーザの事件で、急に国産野菜へと風向きが変わったりして。
中国には悪いが、それはそれで良かったんだと、みんなは思っている。
多分、大手スーパーが、消費者のために、安く食料を提供しようと海外の農産物を大量に輸入して売り出した。国も日本の農家が食えなくなるのを分かっていながら、車を輸出してるから、対米黒字を解消するために圧力によって、農産物を輸入した。
大企業はいつでも優遇され、個人の農業経営者は切り捨てられたのだ。
その長い年月の価格競争に負け続け、放置された。
だから、少しでも値のいい温室栽培の不健康な野菜を育て、燃料を使ってる。
その燃料だって、値上がりだ。そのうちそれも、できなくなる。
だが、今ならまだ間に合う。
「農家の老人が畑を耕しているうちに。
都会に仕事につけない、若者がいるうちに…」
「食料を作っている農家が食えないなんて、
悪政はびこる『お代官さま~年貢米を減らしてくだせぇ~』の時代じゃん」
結局、食えない=跡継ぎがいない、嫁さん、婿さんが来ない。
人がいなくなる。
町が貧乏になる。
行政サービスができなくなる。
だから、よそへ引っ越すしかなくなる。やり方を間違ったんだ。
夕張市だって、箱物さえ造れば景気が良くなるなんて、取らぬ狸の皮算用話を信じて、大借金。
これじゃぁ~人がいなくなってしまう。
一時しのぎの土建仕事なんて、結局は自然を壊すだけのこと。
長い時間をかけて、間違いだらけの行政だったことを、国民が知った、今はその段階。
「なんとか、したいと一番思っている君たちに、知恵を借りたい」
「そう、何とかしなければ、それこそ、自分たちの未来はない。だけど、自分たちに何ができるのだろう…ね」
コウジが閃いた。
「インターネットで調べれば?」
「車で、インターネットができるんか?」
大下さんは、インターネットのことは全く知らないらしい。
今どき、いるんだ こんな時代遅れの人いるんだ。
ネットカフェの住人の僕らはみんな思っていた。
「ふう~ん」
大下さんが、感心したように言った。
「そりゃ、面白そうだな~」
大下さんに笑みが浮かび、思考の彼方に、希望の明かりが灯った。
「それなら、おまかせ~俺ら、オタクだもん」
みんなが喜んだ。
これでみんなも、ただ飯食らいにならずに済みそうだ。
☆☆☆