クリスマスには、モミの木を
幼少期、家庭の事情ってあった。
お金持ちの家には、サンタさんはちゃんと来たし、
貧乏な家には、何もなかった。
だからサンタは、親だってわかっちゃうのよね。
クリスマスイブになった。
今日は喫茶『大菩薩峠』は、お休みにした。
ものすごい強風に煽られながら、吹き溜まりには、落ち葉が降り積もり、みんなはかき分けかき分け山道を進む。
苦労して山に生えているモミの木を一本切って来た。
ずるずる引きずって帰るのに、人手が要るのだ。
大下さんが、ブリキのバケツにモミの木を差しこんで手で支えた。これで真っ直ぐにモミの木が立った。
「よ~し、石を入れろ」
しかし、入れるべき石はなかった。
「あ~、先に石を用意しとけばよかったのに~」
大下さんは、木を持ったまま、動けない。
みんなは多急ぎで、飛び出してそれぞれに外の石を探して持って来た。なるべく隙間を少なくして石を入れ込むとモミの木がスクッと立った。
店主が、納戸から、コーヒーの麻袋を探して来て、床の上に中身をぶちまけた。ゴソッと音がして、ツリーの飾りつけのアイテムがいっぱい出てきた。
「いち、にぃ~の~さん!」
また、三人がかりで、重~いモミの木のバケツごと抱えあげて、その隙に、麻袋を底に敷いた。
「はぁ~」
結構、汗だくになりながら、麻袋でバケツを包んで、体裁をよくした。
「これ、全部段取りが逆の方がよかったね~」
成っちゃんが、やんわりと指摘した。
ごもっともだ。
「ごめ~ん、長い間ちゃんとできなかったんで、コツを忘れてた~」
店主が謝った。
「喫茶店なのにぃ~?」
みんなが、驚いた。そりゃ~流行る訳がない。
それと、脱脂綿の袋をみんなに渡して、雪に見立てて綿を細長くちぎって飾ると言う。
みんながやって見せると、なかなか雪に見えるようにふんわりと飾れない。
どう見ても、ゴロスケのは、綿が固まりで乗っかっているようでしかない。
センスが問われる。
凝り性の店主が「そうじゃなくって~」と手直しをした。
繊細だ。
「こんな古いの、よく取ってあったよね~。雪、黄ばんでいるよ~」
ゴロスケが少しムキになって、一言のべた。
それはそうだが、ツリーで子どもっぽいケンカかよ。
大下さん、顔が笑っている。
僕たちの子ども時代は、もうとっくに過去形、黄ばんでいるんだ。
その綿の隙間に、あの時欲しかった時代の空気を含んでいるかもしれないじゃないか。
納戸の木の茶箱は、店主のタイムカプセルだ。
よくご両親が取って置いてくれていたと感心するし、お金持ちのお坊ちゃまに与えられた玩具の多さと一身に受けた愛情に自分たちとのギャップを感じた。
「…もうかれこれ、二十年かな~」
店主は、いつだったか思い出して答えた。
店主のちまちました宝物って、こんな物なんだろうな~。
昔のツリー飾りのちょっと虹色がかった金や銀の玉も吊った。
レトロな味があってガラス玉のように見える。
美しさに、しばし見入ってしまった。
小さな紙箱のプレゼントや、サンタや、ステッキ、ロウソクのモービルの飾りも吊った。
一番てっぺんの星は、銀色だった。
それを椅子に乗った店主が取り付けた。
チカチカ光る豆電球だけは、新しい発光ダイオードのを使った。
「わお~、ツリーが完成だ~、実は、ツリーを飾るのは初めてだったんだ」
ゴロスケが我を忘れて喜んだ。
「しかも、本物のモミの木だぜ~」
成っちゃんも、コウジも初めてだった。
一度はやってみたかったクリスマスツリー。
お金持ちの家にだけそれはあった。
マッチ売りの少女ではないけれど、他人の家の窓の灯りを羨ましげに眺めて帰ったっけ?
「マッチ売りの少女がね、”マッチは要りませんか?”って誰も買ってくれませんでした。
それでマッチ売りの少女は、仕方なく隅っこに行き、マッチを一本取り出してこすると…、ショートホープに火を点けました、とさ」
コウジの口から、珍しくジョークが出た。
「わぁお~、不良だ~」
ゴロスケが、アイの手を入れた。
ご機嫌な証拠だ。
雪ネェがまた、スポンジ台とホイップクリームを買って、イチゴのケーキを作ってくれた。
いい年して、クリスマスケーキを買えなかった家庭の人間もいたから、そりゃ~、じんわり喜んでいた。
「お菓子の詰まった、長靴も欲しいか?」
大下さんが、聞いてくれたけど、みんなは、それは遠慮しといた。
でも、買ってくれたら、成っちゃんとかは、それはそれで喜んだろう。
店主が照り焼きレッグチキンを、人数分ガスオーブンで焼いてくれた。
しかし、雪ネェもそれ以上、手が回らないので、照り焼きチキンをおかずにご飯で食べた。
和風~だ。
九人分にケーキを切り分けると、するどい鋭角のショートケーキになる。
「ああっ、倒れそう~」
ケーキはお皿の上で、パタッと横倒しになった。
それをちっちゃいフォークでつついた。
「何て、ささやかで、平和なクリスマスなんだろう~ね~」
ゴロスケのお腹が、グ~と鳴った。
ケーキ用に空けた別バラが、それじゃ足りんよと合図した。
「もっとご飯食べれば? お新香があるよ」
お袋さんが言った。長らく、栄養管理の行き届いた施設の食堂で食べていたので、料理をする気になれないらしい。
「うん、いい~」
ゴロスケが珍しく遠慮した。
今日だけは、洋風なイメージで行きたかったんだ、きっと。
「豆腐があるから、湯豆腐ならできるけど?」
雪ネェが、やっと席について食べている。
また、立たなきゃいけないし、湯豆腐は、昨日食べたし。
結局、ゴロスケは、お新香で食べていたっけ。
「平和な時には、こういうのもいいんじゃない?」
スンちゃんがテレビをつけた。さては、狙っていたらしい。
「戦争ものか~」
戦争ものは、重いので、普通は見たくはない。
しかし、沖縄返還に巨額を支払った。
そのスクープをした西山記者の方に弾圧が行って。
当時の裁判に関わった人が死ぬ年になって、勇気を出して訴えても、何も変わらない。
国民も知っているのに、誰もが無関心。
聞いているのに、心まで届かない。
わが国は被爆国なのに、「日本が戦争になったら、その相手の国に原爆を落としてくれ」って、佐藤総理が、アメリカに頼んだという文書が、今頃になって日本から出て来た。
「これを見て、ジャーナリスト魂に火が点いてくれることを祈るよ」
と言わんばかりに。
「じゃあ、あのノーベル平和賞は、一体何だったんだろう?」
戦争時分はマスコミも、売れるから、日本軍の勝利を大げさに書き立て、戦意を煽った。
天皇陛下を思い、大多数の国民はマスコミを純粋に信じた。
国民も真実を知りたいと思わなかったのか?
非国民と弾圧されようが、誰も戦争を疑問に思わなかったのだろうか?
「大学生で無線やっていた藤本義一とかは、「こりゃ負けるぞ」と思っていたし、映像の仕事の人も、アメリカのリッチさを知っていた人もそう思った。日本は白黒がやっとだったのに、アメリカはもうカラーだった。国力の違いが歴然とあった」
「チェルノブイリの事故も次の日、さぞかし、世論が騒ぐと思ったんだけど、日本人全然騒がなかったね。すべて世はこともなしって感じで~、あれっ? 何で~、て思っちゃった。国民の無関心だよね」
スンちゃんが言った。
でも、テレビはもう違う話題になっている。
「あのタレントも、交通事故で、神秘体験でもしたのかな~」
ゴロスケが言った。
「あり得る。だったら春ちゃんも死なないで、生き返ったらよかったのにね~」
と、成っちゃん。
「もし、なんて話してもしょうがないよ。でも、俺たちを光の方へ、導いてくれていたような気がするんだ~」
みんなも、そう感じていた。
「国に豊かな資源があっても、その国の民が豊かになるんじゃなくて、武力で横取りしようと攻めてこられるのが、哀しいね。かえって、何の利点もない土地に生まれた方が幸せなのかなって」
コウジが言った。
「でも、アラブの石油産出国はみなさん超リッチだよね。税金は取られないし、福利厚生も行き届いて、あくせく働かなくても、労働力は他の国から出稼ぎが来てくれる。でも…金融崩壊でストップして、バブルがはじけ、建設ラッシュがパタッと止まった」
と、スンちゃん。
「ドバイの世界一高いビルって、バベルの塔?」
と、雪ネェ。
戦争を体験した筈なのに、黙して語らない。
お父さんはどう思うのかを、知りたかったが。
「お父さんは、さっきからボジョレーヌーボーをブ然と飲んでいるね」
成っちゃんがこそっと言った。
「戦争は、暴力で、すべてを奪うもの」
とは、お袋さんの言葉だった。
「…そしてどこかの誰かがリッチになる」
コウジが言った。
すると、貝のように黙っていたお父さんが突然、口を開いた。
「…戦争はその激流の中で、個人が翻弄されるだけだ…かと言って、みんなもその狂気を体験せよとは、言わんがね」
みんなは、軽々しくも、お父さんの戦争の体験話を聞きだせるのではないかと身を乗り出して期待した。
「…」
言わない。
そして目がトロンとしてきた。
忘れてしまいたいことが、多すぎるのかな~。
クリスマスの次の日、サンタがやって来た。
役場の人の作業着の名札をゴロスケが読んだのだ。
「いや、違った三田さんが来られた」
「ミタって読むんだけど・・・」
三田さんは、不服そうに言った。
「日本語ってややこしいな~」
大下さんが、笑った。
忘れちゃう…。
自分の頭で考えないその先は、ボケになる?




