金をかじってもお腹いっぱいにはならない
2トントラックの引っ越しを手伝った。
夜空は満天の星がまたたき、田舎の空気はおいしかった。
2トントラックが、午後に到着した。
大下さんたちは、お袋さんの指示通りに、荷物を運んだ。
背の高い家具だった。
阪神対震災が起きてから、天井に突っ張り棒をつけて転倒防止を考えるのが主流になっていた。
高級家具なはい。
つまり突っ張り棒をして、傷ついても平気な家具になる。
セルフのガソリンスタンドを四つ持っている割には、庶民感覚だった。
だいたいホテルでも施設でも、エントランスの豪華さに「おお~っ!」って、圧倒されてしまう。
自分はそれほど優雅な暮らしをしているんだって、優越感に浸れる。
しかし、それだけだ。
それも慣れてしまうと何とも思わない。
日々の暮らしは、使い勝手がよくて、小奇麗であればそれでいいのだ。
他人を見下すための、リッチなんてもう要らない。
夜の食事は、大きな土鍋で湯豆腐にして、温まった。
鍋をつっつくのは、家族みたいでほこほこする。
湯気の向こうに笑顔が見える。
みんなの求めている幸せって、こんなものだ。
決してお金じゃない。
喫茶店から、自宅まで移動するのに、ふと空を見上げた。
夜の田舎の星空は、すっきり澄み切って、オリオン座がよく見えた。
その時、流れ星が一つ光る線を引いて流れた。
「あ~、流れ星だ~」
「寒~い」
みんな身を縮めて、身体を揺すっている。
「あれが、古代エジプトからの神の座だったんだ~」
スンちゃんが言うと、雪ネェが答えた。
「そんな昔のことは、どうでもいいじゃない。それより、人類は、どこまで行けるかしら?」
「大丈夫さ、日本人はきっと、やり遂げる…」
その声に、横を向くと誰もいない。
スンちゃんが、ビビった。
そう言ったのは、お袋さんだ。
背がちっちゃいから、斜め下を向かないと見えなかった。
「地球人は、宇宙の中で、一番優れているんだからね~」
お袋さんが、聞き捨てならない言葉をのたまった。
「え~、本当にぃ~? こんなに残酷な戦争や殺人ばっかじゃん! しかも勝者側の子孫が人類なのにぃ~? こんなに世の中の人々の心が荒んでいるのに~ぃ? 地球人が? 嘘だぁ~!」
ゴロスケが信じられないで叫んだ。
「もしも、宇宙人がいるとして、チャネリングとか言って乗っ取られて、すぐれた存在の筈なのに、身体がない!と言うことは…、滅びた星の魂だけだとしたら、幽霊と同じじゃ~」
お袋さんは、そう喝破した。
「諸説あるだろうけど」
雪ネェがすかさず言った。
こんなに無数の星があるんだもの。愛がいっぱいの星だってあるだろう。
コウジは、『アミ 小さな宇宙人』という本がすきだった。
本当のことを言っても、信じてくれないなら、子ども向けのファンタジーだと言えばいいよ…と。
「え~、宇宙人っていると思うけどな~、でも、あんなタコみたいな火星人はいないよな…」
ゴロスケの声がだんだん小さくなった。
「アメリカ映画に、よく未知の生物が登場して来るよね。エイリアンの襲来に備えて軍備を増強するんだって、国民に刷り込んだのかもね。それには、もう一つの裏話があって、オーソン・ウェルズのラジオ番組で、宇宙人の襲来のドラマをやって、民衆が、本物のニュースだと思って、パニックになったって事件があったよね? あれは、民衆の心理の実験だったって説があった。この群集心理を操れば、株価の操作も簡単にできるんだってさ。わざと下がりそうに金融不安を煽って、みんなが恐怖におののいて手放せば、底値で買い叩く、連中はそうやって他人の富を横取りして来たんだ」
スンちゃんは、易し~く、人に教えるのが好きみたい。
絶対、教師向きだったんだよ。
「お金の世の中も、もう終わりだよぉ」
どうして、店主の七十過ぎのお袋さんが、こんなに賢いのか?…不思議だ~。
「う~ん。もしかしたら、その仮説に信憑性があるかも。だって、こんなに世の中が、ひどくて、人の心が悪化しているってことは、それに対抗するすごいいい人も出てくるんだし~、みんな一人一人に、弱い立場の人をどう救えるのかって、良心に問いかけられているってことかもね~。最後には『獣が滅びる』ということを、信じるよ」
コウジが、根拠はないけど、想像しながら言った。
そうでなきゃ、納得できない。
振り子のように、悪い方に触れるといい方に引き戻される。
悪い方に行きっ放しじゃ~ない筈だ。
理屈で行くとそうなる。
「私はこれで行くと納得するのよ~。耐え抜いた者が、最後の最後は救われるのよ~」
雪ネェが、星空を見ながら言った。
寒さで、歯がガチガチ震えている。
「アマゾンで金を取り出す時にね、水銀を使うんだ。それで、河の汚染が一時問題になったんだけど。金が水銀にくっつくからね、土の中から金を取り出せるんだ。最後に焼くと水銀は燃えて金が残る。最後の審判ってそんな感じかな?」
スンちゃんが言った。
こんなに物知りなのに、何で、スンちゃんが、ネット難民だったのだろう? ってコウジは、時々思う。
そんな顔をして、スンちゃんを見ていたのかも知れない。
「デスクワークなら、まだ使えるけど、現場には僕は、使えないんだ。現場は、ボールペンとメモ帳や、電卓がないんだ~。パニックになって、頭が真っ白になるから」
スンちゃんは、察してか、答えてくれた。
大変なアガリ症なんだそうだ。
学歴があるだけに、いきなり責任のある仕事を任されて、でもできなかったりするんだ~。
それで、悩んでしまったのだ。
大らかに経験を積んでくれるまで待って、見守ってくれるような、いい上司に巡り会えなかったのだろう。
「僕、分からなかったもんね。何で、ウエストサイドストーリーで、目つきで、いがみ合って、暴力沙汰になって死んじゃうのかが、そして、それを何とも思わないで、観客が見ているのかが…」
成っちゃんが、言った。
よく分からないけど、虐げられた者の怒りが、爆発するからなのか?
日本人は、西洋人のように、好戦的でない。
アフリカ人種だって、虐げられたままのひどい状態がずっと続いている。そしてリーダーが生まれつつある。
そのずっとずっと昔は、もしかして白人が奴隷だったのかも知れないけど、和の心が日本人には、理解できる。
「私は、忠臣蔵が、よく分からんのよね」
何で、格下から恥かかされたぐらいで斬りつけたのか? 傷害事件で切腹かよ? おとり潰しは痛い。
死んだ主君の仇のために、大勢が吉良邸に押し入って殺しに行かなきゃ~いけなかったのか? どうして一人殺して、あんなに大勢が自害しなければならなかったのか? 大義名分で人の命が失われていくのが、雪ネェには、分からなかった。
それに、どうして日本人はいつまでも美学として、あだ討ち話が好きなのか? が。
吉良さんは、いい人だったと地元では言われている。
「赤穂の塩の製造方法か…?」
すると、ドアが急に開いて、とっくに家に帰っていた大下さんが、大きな声で叫んだ。
「お~い、もう寝るぞ。そんなところで、風邪引くぞ~」
すっかり凍えてしまった身体を温めようと、薪ストーブの前に集まった。
なんだか眠れない。
一人一人お風呂に入るので、その順番を待つのと、髪の毛を乾かすために。お風呂上りの雪ネェが長い髪をタオルで乾かす姿は、やっぱり色っぽい。
お年寄り連中は、寝てしまった。
炎がチロチロ揺れて、薪の出す遠赤外線の熱は身体の芯まで、暖かくなる。
みんなは、火の前から動けないでいた。
「派遣切りで、路頭に迷った人たちは、これはもう人災なんだから、体育館で取りあえず非難生活をして貰うってのは、どうだろうね?」
スンちゃんが語りだした。
「配給もし易くなるし、自衛隊もお風呂の出前してさ、サービスして貰ったらいいんだよ。自衛隊も人助けが好きなんだよ。戦場になんか行きたくないよ。それこそ、アメリカの大義名分で、人を殺めなきゃいけなくなるんだよ。
自分は殺されるかもしれないんだよ。イラクで死んだ自衛隊員が三十五人もいて、帰ってから死んだ人百人いたって聞いたけど」
「日本って、お金の出し方が、変だよね。国民全部に給付金を出す話だって、一番あげなきゃいけない人には渡らないんだ。住民票がないからね~」
国も迷走しているけど、首相の発言も迷走している。
行き当たりバッタリだ。
「それでいて、都心の分譲マンションが売れ残って大変だって、建築業界も大変なのは、分かるけど、なんでダメなご時世に補助金を出して建設する方を助けるの? 助けるところが違うよね?」
コウジが言った。
「景気がよくなったら、バッサリ派遣切りをした一流企業に就職したいと思うかな? そこの製品買うかな? 一兆円の売り上げだって、それでも素晴らしい会社だって、みんな思うのかな? 力を与えない選択だってできるんだから」
「そうよ!力を与えない。消費者は、いくら安くても、アメリカの牛肉を買わない選択だってできるわよね」
と、雪ネェ。
「うん、庶民は、力はないけど、数が多いんだ!数で何かできそうな気がするけど~」
成っちゃん。
「リッチな老人が、老後のために貯め込んでいるお金があるでしょ? いつ死ぬか分からないけど、生きている間はリッチに暮らしたいって、死んだとたん不要になるんだよ。勿論、お葬式代は要るけどね。以前、一人暮らしのお婆さんが六千万円の通帳を持ったまま死んでいたってニュースであったでしょ?」
「うん、あれはびっくりした」
「通帳の金額の残金がいっぱいあったところで、そのお婆さんの孤独は救えなかったし、寄り付く人はみんな金狙いだろうって、人が信じられなかったんだろうね~。そんな人だから、人が寄り付かなかったかも知れないし…」
「身寄りのないお年寄りが、老人ホームで死んで、宝石や、証券とか、整理したら、3億ってあって、それは生前書類にサインしたから、老人ホームに行くって聞いたことがある」
…口数少ない店主の唯一の発言だ。
「だったら、自分のお金がないから…言う訳じゃないんだけど、人助けだと思って。喜捨や、投資だと思って、寄付って形は美しいけど、出し尽くしちゃっても生活が心配だよね。寄付じゃなくって、預けるのはどうよ? 今、入り用でないお金を、信頼できる人に託すのさ。必要な金額だけ、いつでも引き出せるの。0金利だから、利子なんかいいじゃん!オレオレ詐欺に遭うよりはいいだろ?」
「スンちゃんが、お風呂に入っている時、テレビのWBS(経済ニュース)で、ゲゼルのことだったかな? しゃべっていた白人のコメンティーターがいたよ。現金を持っている人に課税がかかるの。たくさんお金を抱え込んでいる人が、より多くの税金を払うべきだって、そしたら、お金は使わにゃ損になって、みんなお金を吐き出す。そうしたら景気がよくなるって」
コウジがちょっと興奮気味に言った。
「そしたら、江戸時代の長屋の連中みたいになるやんか。宵越しの金は持たネェ~ってか?」
ゴロスケが面白がって笑った。
「落語が今も廃れなかったのは、こういう江戸時代の暮らしを語り継ぐ何らかの意図があったのかな?」
「アハハハ 神界からのバックアップか?」
「みんなが、水戸黄門を好きなのは、幕府の財政が傾くほど、国学を研究していたから、絶対神界の方で、大プッシュがあったと思うよ」
「ご褒美かな~?」
「デフレが続くと、こういう政策もあるって例で言ったんだけど、女性キャスターがびっくりしていた。僕もだよ!今までの路線と変わったなっ~て思った。今までお金を持っている人がどういう運用をしたらいいかってファンドの話が多かったから。それに、金のインゴットを売る宣伝が多くなったしな~。でも金もダメだと僕は、思うよ」
「それどころが、金融自体の大改革がはじまるんだから」
「それに、金をかじってもお腹いっぱいにならないからね。畑で野菜が作れる農地が一番いいよ~」
「お金の使い道だけどね…。少子化対策って政治家は難しいんだぞって、顔して言っているけど、簡単なことだよ。出産費用をタダにして、子供時分の医療費をタダにして、教育費をタダにすればいいだけのことだよ。年頃の若者が程よく潤える生活ができれば、結婚だって増えるしね」
「そっか。超~簡単なことだね」
「その国がいい政治をしているかどうかは、国民の生活を見れば分かるね~」
「どうしたら、みんなが目覚めるだろう?」
「Tシャツに何か書く、僕らも作ったらどうかな~?」
「背中に森のキャラバンって、書いてあるTシャツでも着るか?」
「外国人だったら、漢字ばっかり書いとけば喜んで着るよ」
「それは、『一番』だろ!」
「キャラバンって漢字、思い浮かばないや」
この何気ない語り合いが、一瞬一瞬の宝物だ。
僕らは、同じ時空を共有しているんだ。




