謎は、明らかになった。
とうとう行方不明だった店主が帰って来た。
キャラバンの人よりも、店主の方がよっぽど驚いてしまった。
「おお~、生きていたのか~」
地元のおじさんたちから、どよめきが起った。
死んだと、思われていたのだろうか?
あまりの大勢の人々に迎えられて、店主は、うろたえていた。
「どっ、どしたの?」
テーブルの上のご馳走、大勢の酔っ払いの人々。
ヌシのような顔の雪ネェ。
店主だけが、異端者のような疎外感を感じて、首を傾げた。
長いこと固まっていたけど、やっと一言しゃべった。
「ぼ、僕の手作りなんだけど、床、大丈夫かな~」
この言葉に、みんなが震え上がった。そしてそろりそろりと入り口の方へ移動していた。
そうして、店主は、だいぶしばらくしてから、叫んだ。
「あ~っ、両親を外に待たせていたのだった~」
「え~っ!」
全員が驚いた。
どっかの某巨人軍の元N監督みたいだ。
今日は、おまけにちょっと寒い。
「確か、A市の高級老人ホームに入ったんだよな~」
「うん」
地元の人たちが、しゃべっている。
知っていたなら、どうして警官が来た時に、言ってくれないの?と思ったが。
成っちゃんが、気を利かせて、お二人が中に入るのを手伝った。
お爺さんとお婆さん共に七十代ってとこか、細い身体は寒さで震えていた。
「まあまあ、中に入って、暖かいスープでも飲んで~」
雪ネェが、マグカップにポタージュスープを入れてあげた。
店主に支えられて、よろよろとみんなのいる中央までやって来ると、マグカップを手渡され、お婆さんが、ふうふうしながらスープを飲んだ。
やっと生きた心地がしたらしい。
「は~、久し振りの我が家だよ~」
嬉しげに言った。
ドッと笑いが起った。
お爺さんの方は、マグカップを手に、気弱そうにニコニコしている。
ああ、ここもまた、カカア天下か、コウジが思った。
さんざん飲んでいたので、お客たちには、車を置いて貰って、スンちゃんがキャンピングカーでみんなを送って行くことに…。
本当は、スンちゃんの運転の方が、酔っ払いよりももっと心配だけど。
…知らぬが仏だ。
お誕生日パーティーもお開きになって、店主がご両親のことを、ポツリポツリと語りだした。
「お袋が、どうしても、家に帰りたいって言い張るもんで、それに他の入居者に迷惑かけるみたいだし…。
お袋にとって、何が幸せか悩んで、とうとう老人ホームを出てくる手続きをして、大きいのは処分して、荷物をまとめて帰って来たんだ」
きっと、僕らが去ったか、怒っていると思って、連絡をするのが怖かった。
そんな感じだ。
「連絡もなしに、長いこと留守してすいませんでした」
「本当だよ」
その点では、大下さんも一言文句を言った。
「まさか、こんなにお客さんが店に、居るとは~、明日、2トントラックでホームの荷物が届くんだ~」
今月の売り上げを知ったら、きっと腰を抜かすだろう~。
「2トントラックで、引っ越せるのか?」
大下さんが、聞いた。
「うん、いくら高級老人ホームでもそんなに荷物はいらないからね。
食事は、栄養士がきちんと計算した献立を毎日用意してくれるし、掃除も頼べば、やってくれる。毎日がリゾートホテルみたいなもんだし、活動範囲は知れているし。寝たきりになれば、荷物って、ベッド周りの置き時計とか、家族の写真立てとか、下着だけになっちゃうんだ~。入居する時、中を見学させて貰ったけど、元気な時に、どんなに物を所有していたって、最後はそんなもんなんだよ」
死ぬ時は、棺オケに入れられるものだけだし~。
店主は、以外とシビアだ。
最近は、ダイオキシンが出るとかで、思い出の音楽のカセットや、ビデオテープだってダメだ。
「毎日、青い海を見て暮らしていたんだ」
お爺さんが言った。
「ふん、毎日、水平線を見てもつまんなかったよ」
吐き捨てるように、お婆さんが言った。
雪ネェが、お婆さんに加勢した。
「そうよね~、岬の緑が見えたり、海岸線が見えれば別だけど、海に近すぎて却って面白みに欠けるかもね~。一度描こうとしたけど、海と空だけって、以外と絵にならないのよ」
「それで、とにかくお袋が、すきを見ては、外へ出て歩くんだ。ある時は、一人で、ヒッチハイクして駅まで乗っけて貰って、電車に乗って東京駅まで行っていたんだ~」
店主が、ゲッソリした顔で言った。
「つまり、脱走の常習犯状態…」
「すげぇ~!」
ゴロスケが尊敬の眼差しで、お婆さんを見つめた。
♪ピプュッ~ ピピピ ピュッ ピュッ ピュッ~
大下さんが、無意識に口笛を吹いていた。
スティーヴ・マックィーンの映画のテーマ曲 ♪大脱走のマーチのフレーズを。
雪ネェが、それに気づいて、咳払いをした。
BGMは、止まった。
「とにかく、その度に職員が探して、大騒ぎになるんだ。
人の部屋にお邪魔していたりして、どうにかして下さい! って。言われちゃってもな~」
「ワシは、海を見ていたかった~」
引き払ったのに、お爺さんは、まだ未練があるみたいだった。
もしかして、ピチピチした若いヘルパーさんとかと、別れるのが辛かったのかも知れない。
「いえね、ものすごく、感じたのさ。こんなところに居てはいけない。私はこんな生活をしては、いけないって、神の啓示が来たんだよ」
「神の啓示!?」
「ああ、こんなちっちゃい白い犬がいてね、さっと駆けていくんだよ。ついて来なさいっていう風に…」
手で示したのを見ると、両手にすっぽり収まるくらいの大きさになる。
「とか、色んなことを言い出してね~、お袋、とうとうボケちゃったのかな?」
店主は、涙目になっている。
成っちゃんが、今度は加勢した。
「もしかしたら、霊能者かも知れないよ」
お婆さんの目は、澄んでいて、キラキラしていた。とってもしあわせそうな笑顔をしている。
「あそこへ入る時は、もちろん二人とも元気で、入ったんだけどね~」
何が問題だったんだろう。お二人ともとっても、今も元気そうなのに…。
「今日は、もう遅いから寝よう。また、明日にでもお話します」
店主とご両親と僕らは、上の改装した家に向かった。
雪ネェが、要領よくご馳走をテーブルの一ヶ所に片付け、残飯を処理した。
コウジとゴロスケと成っちゃんとで食器を洗った。最後に、雪ネェが灯りを消し、喫茶店の鍵を閉めた。
次の朝、みんな喫茶店の方に集合して、朝食を食べた。
完全に和食だった。
店主がコーヒーを入れてくれて、昨日の続きを説明してくれた。
「ボケたのは、父の方なんだ。一日中ボ~として、ご飯はまだか~って。昔は、お袋が、亭主関白で泣かされていた。黙って従う人だったんだ。あんなことを言う人ではなかった」
「亭主関白~?」
どう見ても、カカア天下だ。
「定年退職をしてから、やることがなくなってああなった。消費するだけの人間で何十年も生きるのは、つまらない。老人性のうつ病の原因は、目的意識のないまま永遠をさまようからなんだ~。父は以前、バリバリ仕事をしていて、どちらかと言うと、守銭奴と言われるくらい。お金に執着があった」
「へぇ~、お金は、あるんだ~」
ゴロスケが意外な顔をして言った。
「うん、セルフのガソリンスタンドを4つ、経営している」
「4つも~!」
なら、家の修繕費払って貰おう。
「A市の高級老人ホームも、何億っているからね」
と、店主が何気につぶやいた。
「…」
雪ネェが、驚いて言った。
「じゃあ、あなた。お金持ちの御曹司なの?」
店主は照れて言った。
「いや、まぁ、それほどでも~」
そういう意味では決してない。
見えない。
絶対に見えない。
痩せていて、貧乏神がそばでほほ笑んで、破れたウチワを扇いで居そうだ。
「それだけのお金を有効利用できる人物でもなさそうだけどね~」
チクリとやった。
店主が、力なく苦笑いをした。
「ところで、その神の啓示って何よ!」
みんなは、遠巻きにお袋さんの方を見た。
「なぜか、無性に家に帰りたくなったんだって」
店主は、下を向いて含み笑いをしながら、言った。
大下さんが、コウジの顔を見た。
「修繕した」
何だ、そんな気がした程度じゃん。
「あ、あの代金! 払いますから」
店主が言った。
「うん」
大下さんは、当然だという顔をした。
「父がおとなしくなった分、それまで抑えていたタガが外れちゃったと言うか~父は、濡れ落ち葉状態。お袋がうっとうしがって、余計に遠くに活動範囲を広めた。すごい、元気なんだ」
「プログラムが発動したと言うか~」
コウジが言った。
店主がびっくりして、指さして言った。
「そう、それっ!」
ある日、お袋さんが急に変なことを言い出したのかも知れない。
しかし、店主はそのことにあまり触れたくなかったようだ。
「まあ、それで、二人で変わっちゃったから、どうにもならなくなって、遠くの…、いや、憧れの海の見える所に、移住して貰った」
店主だけじゃ、手に負えない。
「お袋が、電話してパンフレット取り寄せて、自分で決めて、僕に頼んだんだ」
店主は、冗談を聞いていない。
「一人っきりの生活は、淋しかったよ」
「ふ~ん」
それまでの責めるみんなの気持ちが、一気に同情に転じた。
「そう言えば、村の人が何度も訪ねて来てたな~」
大下さんが言った。
「うん、以前、電話が掛かって来た。この財政難の村主体で、グループホームの構想があって、その資金を借りられないかと相談されたことがある」
「グループホーム?」
「老人ホームの自立版で、老人たちの共同生活の場だ。もちろんサポートする専門の職員がいる。まさか、自分の親たちは、向こうに永住しているから、真剣に考えてなかったけど。この度、いろいろ中を見せてもらったよ。お袋が逃げ出すのは、そこの施設に問題があるからじゃないかと内心思った…」
なるほどね~。
「どっかに、古民家があったら、そこを改造して…、それからが浮かばないんだ。どうしていいかわからないし」
「そんなの行政に任せたら…」
「自分のお袋が、入るとしたら考えたんだよ」
「じゃあ、お袋さんに意見を聞いて~」
また、みんなで、お袋さんを見た。
目は、キラキラ、観音さまの笑顔である。
父親は、若いヘルパーの姉ちゃんがいれば、機嫌がよさそうだ。問題ない。
「僕たちも、協力するからさ」
ゴロスケが言うと、信憑性がない。
「君たちは、一体何者なの?」
いきなり、人を助けたがる人ってそうはいない。何て言うボランティア団体なんだろうか?と店主は、気にしている。
「え~、何て言うか~、非営利団体の連中でぇ~」
雪ネェがズバリ言った。
「お金持ちの寄付で運営している私たちなの。もちろん、給料はあるの。ふ~ん」
妙に納得している。
「サイレントなグループなんだけどさ」
ちょっと、小さな声…。
店主がみんなの顔を見回した。
「どの辺が、サイレントやねん!」
なぜか、そこだけ関西弁になっていた。
きっと密かに、吉本のファンなんだろう。
事情を聴くと、すっかり同情してしまった。
人にはそれぞれ事情がある。
深~いわけがあるのだ。




