ひょうたんからパーティ
ド田舎で、人口密度が決して多いとは言えないここで
奇跡が起こった。
それは、意外な人物の登場で…。
店主がいないまま、一ヶ月が来ようとしていた。
「雪ネェ、どうすんの?」
「さあ、このまま居座っちゃおうか?」
カラカラと笑う。
大工さんから請求書が来て、大下さんが取りあえず払っていた。
雪ネェは、思いつくままメニューを増やした。
「高菜チャーハン、キムチチャーハン、キムチスパゲティー、オニオンスープ、レンズ豆のカレー、しかもお手製お新香もメニューに入れた~♪」
雪ネェは、ルンルンしている。
「いいのかな~?」
成っちゃんが、心配している。
「帰って来ない店主が、悪いんじゃないの?」
この辺りに食堂はないらしく、一度引いたお客さんも、この味が癖になったらしくてやって来る。
「今月の売り上げは、すごいらしいよ。丁度大工さんらに払った分と同じになった。」
「うん、先月の十倍ぐらいかな?」
「すげ~」
「てゆうか~、閑古鳥が鳴いていたのよね。今まで…」
ランチの時間に合わせて、やって来る、おじさんたちは、おとなしく食べていて、次に入ったお客さんに、一同度肝を抜かれた。
おまわりさんだ。
「え~、変わったことはないですか?」
「ないです」
「え~、世帯主は、安藤公男さんでよろしいですね?」
「はい」
「で、あなたは?」
「白鳥 深雪です」
雪ネェの本名だ。ゴロスケがプッと吹いた。
雪ネェが、ジロリとゴロスケを睨んだ。
「え~、悪かったわね~、似合わなくて」
「え~、どうゆう関係ですか?」
「友人です」
「で、あなたは?」
大下さんに向き直る。
「大下友造です」
「えっ~、たいしたゆうぞうじゃなくって?」
ゴロスケが、すっとんきょうな声をあげて、マジでびっくりしていた。
おまわりさんは、眉間にシワを寄せた。
同僚の名前を知らないのは変! と勘ぐられた。
コウジが、まじめに先回りして答えた。
「中道 コウジです」
「中本工事で、なくって?」
おまわりさんが憮然として聞いて来た。
「じゃなくって~」
コウジは軽くため息をついた。昔っからよくからかられて、嫌な思い出が蘇る。
ゴロスケが、ウケてゲラゲラ笑い出した。
成っちゃんも、つられて笑い出した。そのうち、ゴロスケが涙目になってヒイヒイ笑った。
「もう、いいっ!」
観察していると、力入れているけど、ボールペンのインクがかすれて書けていない。
後で、鉛筆でなぞるんだろうか?
「で、安藤さんはいつお帰りですか?」
「知りませ~ん♪」
ハモった。
「こっちが、聞きたいよ」
「うん、聞きたい」
おまわりさんは、ジロリと睨むと、シールを渡した。
「これ、玄関に貼っといて下さい」
「丘交番 荒井 忠一」
おまわりさんの名前だ。
ドアが閉まる。ドアベルがカランカランと鳴る。
さあ、思いっきり笑っていいぞ~、「アハ」と顔も緩んだ時、
さっきの警官がもう一度入って来た。
「何で、みんな集まっているんですか?」
こういう時の、スンちゃんの機転の利きようは、天才的だ。
「今日、僕の誕生日なんです!」
スンちゃんの仏頂面をじっ~と見て、おまわりさんは、疑わしげな眼差しをしていた。
が、スンちゃんの差し出した運転免許証を見て、やっと僕らを信じたようだった。
「そうか、お誕生日おめでとう!」
一言、言うと去って行った。
お客さんたちは、黙ってそのやり取りを聞いていた。
スンちゃん、おまわりさんに誕生日おめでとうは、言われたくはなかったろうに。
そうして、みんなにも知られたくなかったろうに。
「今日、そうか、スンちゃんの誕生日だったのか~、盛大にお祝いしよう!」
大下さんも、笑いを含んだ口調で、努めて真面目な顔でいる。
「ヒャッホー」
「ヤッター、パーティーだ。パーティー」
「私、歌っちゃおうかな~♪」
イベント大好き人間がこれだけいて、30代男が誕生日を祝って貰くれるとしても何が嬉しいもんか…。
とっさに出た言葉だったけど、スンちゃんは後悔したに違いない。
ゴロスケや、成っちゃんなら嬉しがるかもしれないけど。
「で、11月11日でいくつになった?」
「33歳」
その視線は、流れて雪ネェに注がれた。
「言わない…」
みんなは、慌てて視線を泳がせた。
「ねぇ、せっかくガスオーブンがあるからケーキ焼こうか?」
「へ~雪ネェケーキ作れるんだ~」
成っちゃんが、尊敬の眼差しで言った。
「いや、焼いたことないから、実験的にやろうかな~♪ と…」
「レシピ分かるの?」
コウジが言った。
「ネットで検索!」
「あっ、そうか~」
さっそく、調べて材料を買うべく、雪ネェは、電話を掛けていた。
「はい、はい」
受話器を下ろすと、「田舎だから、うちは、ケーキ型とか、そんな材料ないって」
取りあえず、スポンジ台と苺とネジリロウソクとアラザンと、インスタントのホイップクリームにして、出入り業者に配達して貰った。
夜になると、苺ケーキの大きなのが三個、ロウソクを十一本づつ立て、ビーフシチューとサラダとおにぎりが出来上がった。
意外や意外、みんなちゃんと自分ちに友だちを呼んで、お誕生会をして貰った経験がなくて、まるで自分のことのように嬉しがった。
スンちゃん以外は。
スンちゃんは、幼い頃は、嫌という程やって貰ったみたいで、でも大人になって友だちに祝って貰うのは、とても嬉しげだった。
はにかんで、笑った、照れてる~。
雪ネェが、久し振りにギターを鳴らした。
マイクはなし、でも声が通る。
「え~、今日はスンちゃんの誕生日だと言うことで~、おめでとうございます。彼の人生はどんな人生でしょうか? 」
雪ネェの声が高らかに響いた。
ビートルズの『イン マイ ライフ♪』が、とっても優しげに響いた。
何で? 歌手のまま行けたら良かったのに。
カラン カラン
振り向くと、ドアベルが鳴って、おじさんたちが駆けつけた。
お酒持って。
家から、食料も持ち寄って、カウンターに置いた。
雪ネェの歌に、聞き惚れるみたいに、前の席に陣取って座った。
バーボンウイスキーが出てきて、日本酒が出てきて、冷えたビールがケースで配達された。
ポップコーンに、スルメイカに、お刺身に、柿やリンゴや、みかん、栗、蒸したさつま芋、新米で炊いた松茸ごはんのおにぎり、地鶏の唐揚げ、自然の中のささやかだけど秋の豊穣のもの。
しかも、みんなの注目の的は、今が旬! 北陸産のズワイカニ~!
「すげぇ~、大、大ご馳走だ~」
ゴロスケの言葉に、
「し~っ」
おじさんたちに睨まれた。
「今日、イベントで歌うって。聞いたから…」
おじさんたちもイベントに飢えているのだ。
「え~、ここで、またノルウェーの森を歌います」
雪ネェの十八番だ。
英語バージョンが、何だか切ない。
それは日本の小説の性もあるけど、春ちゃんを思い出すからだ。
ジャンジャカジャン ジャンジャカジャン
雪ネェの声だけでも良かったけど、大下さんがコーラスでハモって奥行きも出た。
一曲、歌うと拍手喝采で、ライブハウスの中のように盛り上がった。
おじさんたちは、もうお酒飲んで盛り上がっている。
今日、家に車で帰れないよね~。
大下さんも注がれて、飲み出した。
みんなは、じっと行方を見守った。
大下さん飲んだら、寝るぞ~。
ところが、大きな声で、カントリーロードを歌い出した。
雪ネェも、伴奏に回った。
いく分、知っているおじさんもいて、大合唱となった。
♪~
カラン カラン ドアベルが鳴った。
次ぎは、誰かと思ったら、長いこと雲隠れしていた店主が入って来た。大勢で賑やかにいるから、目を見開いたまま、フリーズしたみたいだ。
人と人との間には、きっと言葉があります。




