雪ネェの闇
雨で動きが取れない。
喫茶店のマスターと退屈しのぎの長話しになった。
行く先々で、とんでもない変人に出会う。
これが、記憶に残る人だった。
大下さんが戻ってくると、面白そうに言った。
「ここの喫茶店の名前、知ってるか?」
「名前?さぁ、見なかったなぁ」
「『大菩薩峠』だ。一発で覚えるよな」
ブッ
成っちゃんが、コーヒーを吹いた。
「坂の上の駐車場の脇に、レンガを積み上げていて、今、建築中だ。ガウディみたいだなぁ」
そう言えば、ここの床も廃材を利用したような、いびつな形をしている。店自体が、チープな手作り風喫茶店なのだ。
「へぇ~、ディズニーランドのシンデレラ城みたいなのかな?」
ゴロスケが興味を持った。
「ちょっと、違うかな?」
大下さんが、笑った。
「サグラダ・ファミリア!聖家族協会でしょ?」
雪ネェが答えた。どうやら、当りのようだ。スペインのバルセロナで、天に尖った塔が何本も突き出ている。二百年かかっても、未だ完成しないし、その前に、地球は大丈夫か?なのだ。
「シンデレラ城ねぇ~、そんな喫茶店だったら、私は入らない」
「どうしてさ? 女の子なら、誰でも好きでしょ~、王子さまに、舞踏会、ラッキーな玉の輿ストーリー」
「嫌い!」
「どうしてさ?俺、超ラッキーって言葉も好きだけどな…」
「玉の輿という言葉も嫌いだし、シンデレラって、虐められるってイメージが先に来るのよね」
「へぇ、変わっているな、普通みんな、シンデレラって言えば、玉の輿や、超ラッキーなサクセスストーリーが、先に来るよ。なぁ?」
雪ネェが、嘘~っ!という顔をして、みんなの顔を見ると、男はあんまり童話とか興味がないのか、玉の輿が先に来る派だ。
「あららら、それは それは、自分の新しい発見だわ~」
雪ネェが頬杖をついて、しばらく考えている風だった。
「コーヒーおかわり!」
「はいっ!」
「シンデレラは、別名『灰かぶり姫』とか、『サンドリヨン』とか言うのよ~。私には、本来居るべき場所でない所に置かれているイメージとか。長らく苦難に耐えるイメージでしかない。避けられない運命ってゆうか…そんでもって、魔法でしょ?ものすご~く背伸びして、奇跡でも起こらない限り行けない場所に、ズルして着飾って騙す・みたいな。それにとっても他力本願的だわ」
「仏教用語かいな!」
「そこへ行くと、私は『毛皮ひめ』の方が好きだけどね。自分の考えで運命を切り開き、自分の知恵で、王子さまを惚れさせるというか~」
「それも、玉の輿?」
「いえ~、もともと、身分の高い遠い国のお姫さまだったのよ。だから同等!でも、長旅もして、料理も上手だし、知恵もある毛皮ひめの方が数段上手だから、箱入り王子さまだったら、物足りないかも!」
「はい、コーヒーお待たせしました~♪」
「わお、サンキュー」
「一つ質問していいですか?」
店主は、丁寧な言葉を使う。
「どうぞ~」
「そのシンデレラって、意地悪な義母や、お姉さんにいびられている訳でしょ?絶対荒んでいるその心のストレスのはけ口って、なかったのですかねぇ~」
「と言うと?」
「今の世の中だから、分かるんですけど、過度にストレスを与えられた子供は、誰かを苛めたくなるのが心理ってもんでしょう? 誰かいなかったのかな?シンデレラにもサンドバックが必要でしょう? 自分を苛める相手が、自分を映す鏡だったとしたら?」
「立ち向かう敵は、己の鏡ね~」
「つまり、シンデレラもイライラしたり、隠れた所で、トゲのある言葉を使っていたかも知れないと?」
「そのガラスの壁を取っ払うのが、瞑想の一つなんだけど…」
と言ったっきり、雪ネェが黙ってしまった。
人間は、相対する人間によって、態度を変える。らしい。
常に、自分は悪くない。あいつが悪い世界を生きている。
雪ネェが幼い時に、両親から受けたトゲトゲを、誰かにトゲのある言葉で、撒き散らしていた。
例えば、コンビニの店員とか・・・、何でああいう逆らえない立場の人たちに、自分は、偉そうにしているんだろうって、思ったことがあった。
正義感が強いどころか、とんだ食わせもんだったという訳だ。
やられたら、誰かに無意識にやり返す。
そのほこ先は、途切れることなく続いていた。
ある意味、強きに挑み、弱きもくじき・・・だ。
じゃあ、心はいつも戦って、休まる時がない。
雪ネェが嫌いな他力本願的シンデレラは実は雪ネェ自身かも。
それに、同じ物語でも雪ネェは、ネガティブな部分しか、目につかないでいた。
サクセスストーリーには、目もくれないでいて。あっ、だから今までサクセスしなかったのか?
雪ネェに怖くて言えないけど、雪ネェの沈黙で、思うところがあったようだ。
たぶん、同じことを考えていた。
「それは、私。ごめん…」
雪ネェは自分の中の神性を理解しないままで、ずっと申し訳なかったと気がついた。つまり、自分で気がついたのだ。
人に言わるとムカつくけど、自分で気がづくのは正しい。
雪ネェの身体の内部に光が差した気がした。
雨に濡れた靴下をはいたままの冷たい足が、血の循環がよくなって、温かくなった。
そう、「それで正解」だと言うように。冷え性の雪ネェには、足がひとりでに温まるなんて、奇跡だった。
「大菩薩峠のマスター! いいこと言ってくれちゃって~、ありがとう!」
雪ネェが、変わった。いつもだったら、バシッと背中でも叩くところだ。
いや、言葉使いが変わった。そう思ったのは、この時だけだったけど・・・。
雨が小休止しても、大下さんらには、特に行くあてがなかった。
それを感じてか、店主が言った。
「今日は、移動は止めた方がいいから、うちに泊まってってと言いたいところだけど、自宅の方は、雨漏りがひどいから・・・」
「自宅?」
みんなは、思った。ここも安普請だけど、ここよりも、ボロなんだ~。
「山の上にあるんですか?」
コウジが尋ねた。
「うううん。山の上は、水が出ないから、中腹にある。水の通る谷から引いている。ここに親の別荘があって、移り住んだ。僕も東京にいたけど、引き上げて来たんだ。この店は僕の手造り作品なんだけど~」
それで、みんな納得した。
だって、口には出せなかったけど、トイレは、イベント会場で見かける特設簡易トイレがそのまんま備え付けてあったから。
窓ガラスの代わりに厚手のアクリル板がはめ込まれていた。
店内に坪庭があって、ちょっと和風に白と黒の石を敷き詰めてある。
壺が置いてあって、だから坪庭な訳じゃないけど…しかし、床と梁の水平はちゃんと取れてて、シロウトの割りには、上手くできている。
みんなの視線を感じてか、店主が言い訳した。
「あっ、水琴窟にしようと思って、それだけの地下スペースがなくって、止めたの」
「ふ~ん」
みんなが感心した。
「じゃあ、ご両親も東京の人~?」
「うん、もう年だからね。長らく居た会社の退職金代わりに、山一つ貰ったんだ~」
「え~、どんな仕事したら、そんな山くれるの?」
「株の仕手」
「株のシテ? 」
株の売買の大商い。でも、今のコンピュータのデイトレーラーと違って、彼の親御さんは、昔の長く保有する売り方だったんだろう。
急に、ドアがバタンと開いて、誰か来たのかと思ったら、年とったビーグル犬が入って来た。
「おお、アンディ 来たか!」
犬は、玄関で、雨に濡れている体をブルブルと揺すって、水を飛び散らかした。
そして、トコトコと歩くと、自分のお気に入りの場所に寝そべった。
悩ましげな上目遣いで、僕たちを眺めている。
「自然の中で、生活していると、色々見えてくるものがあってね~」
「へ~、例えば?」
「当たり前だけど、山の尾根は、乾いているし、谷は湿っている。谷に家を建てれば、湿った家になる。でも、畑にすれば、土は肥えてるし、水分が多いから、植物にはいい。小川があるでしょ?人間の都合で、川筋を変えても、いつの間にか元に戻っている。ああ、川はこう流れたいんだなぁって、分かる。それは、大きな河にも言えることでね。
送電線の塔を建てるために、山を削って禿山にするでしょ? そこから、じんわり山が破壊されている。これは、断言できる。なぜかと言うと、庭に築山を作ったんだ。しかし、雨のたびに崩れるから、コケを張ったんだ、すると見事に、崩れなくなった。コケのはがれているところは、雨で、土柱状態になってるけどね」
「ドチュウ?」
「頭に石の帽子をかぶった土の柱。ミニチュアだけど、雨の筋が同じ所を流れて、谷ができつつある」
みんな、自分の頭に平たい石を乗っけて立たされているイメージをしてみた。
「田んぼだって、そうだよ。使われなくなった田んぼは、いつか種が落ちて、木が根付く。根が柔らかい粘土層を突き抜けたら、もう水は貯まらないから、田んぼに使えない。周りの田んぼにも水が行かない」
「水か~」
雪ネェが言った。
「うん。自然がじっくり時間をかけて作ってきたものを、尊重すると分かるんだ。見た目だけの破壊じゃないんだ、氣もオカシクなってる。氣がオカシクなると、その地域全体の人間もオカシクなっている」
成っちゃんが言った。
「やっぱり、地球を返せ! だよね」
大菩薩峠って、小説にもあったし、山梨の方の有名な山です。一度登りました。
しかし、もう何年も前だけど、徳島県の喫茶店に、この名前があって、大きくて、本当にレンガを積んでガウディみたいに作りかけだった。
何年かすると、ガウディも完成しているかも知れないけどね。
名誉のために言うと、この簡易トイレの喫茶店は、伊豆の山の中で発見した。
どこをどう行って、見つけたのかもうわからないけど、面白かった。
もちろん、株のシテで退職金代わりに山を貰った人は、栃木県の人です。




