海辺の朝
再び、キャンピングカーに乗り入んで、
どこか南へ移動するみたいだ。
夜の、変化がない高速をひたすら進む。
コウジは、疲れた頭で色々考えてた。
救いは、仲間がいるってことと、
当座の宿代、食事代、働き口を探すこともしなくて良いこと。
これは大きい。
派遣会社に問題が起きて、
日雇い派遣の待遇も良くなるはずが、
お呼びが途絶え、窮地に追い込まれた。
ジリ貧を予想して、
あの日、公園デビューしてみた。
そして、そろいもそろってみんなジリ貧。
バイトも細い糸でつながっているヤツもいたが、
「ちょっと風邪ひいて~、すいません」
で、バックレた。
だって、こっちが条件いいんだもん。
それが、大下さんとの出会いになって、
みんなのこんな旅が始まった。
このままこの待遇が続くのを信じれば、
ものすごいラッキーだし、
それに見合う責任も果たさなくちゃいけない。
これからやろうとしていることは、
途方もないことに挑戦しているの・・・だから。
結論、明日の我が身は、
考えてみたところで、始まっちゃったものは、始まったのだから、
流れに身を任せるしかない。
だから、コウジは、これ以上は考えないことにした。
考えたって、同じところをグルグル回るだけだ。
それよりも、日本の山をどうするのか?
大下さんだって、一人じゃできないから、仲間を募ったのだろう。
寡黙なおじさんと、男勝りの女と、
女々しい男たちの6人で・・・。
これは、僕たちの童話だ。
少しうたた寝をしたのだろう。
いつの間にか、一般道に降り、ひたすら走っていた。
ヘアピンカーブを右に左に闇の中を、静かに走り抜ける。
左側は真っ暗な海、右は寂しい町の灯りが見えた。
水平線ぎりぎりに、ポツンと建つ建物が、
スポットライトに照らされ浮かび上がっていた。
車は吸い込まれるように、その施設に向かった。
近づくにつれ、そびえ建つように大きく見えて、車は停まった。
エンジンを切り、大下さんが、言った。
「『道の駅』に着いた。みんな、風呂に入るぞ、換えの下着を持って行けよ~」
「お風呂?」
そう言えば、一日一回お風呂へ入れるって言ったよな~。
律儀に守ってくれたんだ~。
みんなが、無口にリュックをゴソゴソして、下着とか、取り出す。
「おい、タオルは要らないだろう」
あわてて、置いていく。
大下さんの後を、カルガモの親子よろしくついて行く。
受付で、しばらく話をして、深夜料金は半額だから、
タオルが付かないことを知り、小さいのだけ、みんなの分を買っている。
「じゃあな、一時間後に、集合」
「・・・は~い」
さすがの雪ネェの顔を見ると、やつれている。
大下さんは、大の大浴場好きということを知った。
コウジたちは、タオル一枚をしっかり巻いて、心もとなげに歩き出した。
いつもシャワーだから、
大浴場には慣れていない。
それでも湯船に浸かると、体の中の毒素が流れ出て、
身も心もキレイになって行きそうだ。
みんなと、早く馴染みたいからなのだろうか?
大下さんが、貧弱な背中や、少し小太りな背中を、
ゴシゴシ洗ってくれた。
コウジたちは、恥ずかしくて、目を伏せた。
「これが、裸の付き合いってやつか~?」
横に並んで、ゴロスケも小声でささやいた。
「ひょっとして・・・、これも面接か?」
「あり得る」
「だったら、みんな不合格だろ」
やっと、軽口が戻ってきた。
ヒョロヒョロしたのと小太りじゃ、役に立たなさそうだ。
「それも、そう~だね」
こんな時、春ちゃんがいてくれたらな。
しかも、大下さんより先に出てもいいのか?
いつ湯船から出ていいのか、タイミングがつかめない。
長湯し過ぎで、休憩室でそれぞれ伸びていた。
「お待たせ~」
しんがりは雪ネェ、肌の水分を取り戻して、すっかり若返っていた。
洗い髪の女性は、色っぽい。
さしずめ、ムサ苦しい男たちの中に潤う、
一輪のバラだ。
寝る時間になった。
まぶたが重い。
一人用のベッドに寝られるやつは、取り紅一点紅一点の雪ネェ、
オーナーの大下さん。
仕方がない、コウジたちは、
簡易ダブルベッドに、二人、二人、男同士で寝るわけだ。
それぞれが、自分の居場所に潜り込んだ。
横になった、とたん、消灯。
真っ暗で、不慣れな狭い空間の中、隣のヤツの体の動きが気になる。
やたら動くと、迷惑だろうし。
ギリリ ギリリ ギィリリリ
「おお、誰かの規則正しいリズムの歯軋りが聞こえる~」
ンガガガガガ~ ンゴゴゴゴゥ~
しかも、大下さんのイビキのうるさいこと。
運転で一番疲れているのは、大下さんに違いない。
プゥ~
誰だい寝ながらやるやつは・・・。
これじゃぁ三重奏の夜、もとい『三重奏の夕べ』だな。
コウジは、一人寝ながら笑った。
朝が来た。
コウジは、目が覚めた。
一瞬自分はどこに居るのか、頭をめぐらした。
狭い空間、迫りくる天井。車の中…。
寝返りをうつと隣に寝ているはずの、ゴロスケはいなかった。
がばっと起き上がると、天井に思いっきり、頭をぶつけた。
ゴン
「イテェー」
大下さんが見上げて言った。
「おはよう、起きたか。眠れたか?」
「は、はい。ぐっすり眠れました。お陰で、すっきり」
コウジのベッドは、運転席の真上にある、ロフトみたいなものだ。もう一つのダブルのベッドは、もう片付けて応接セットになっていた。
そこで、もう大下さんはインスタントコーヒーを飲みながら、目覚めるのを待っていたのだ。
笑いをかみ殺して言った。
「顔を洗って来い。外の公衆トイレを使ってくれ、大所帯だから、すぐ満タンになるからな。
朝食は、この中で食べる。
ちょっとでも、節約したいからな、みんなはもう行ったぞ」
「ハ~イ」
「歯も磨けよ」
「・・・歯は食後に磨きたいんですけど」
「そうか、好きにせい」
キャンピングカーを飛び出した。
「風、冷て~」
向こうの方にヨットのマストが見えた。
近寄ってみると、まじかに海だ。
「いつも、都会の公共の乗り物を愛用している。
つまり、電車&バス、タクシーなんかもめったに乗らない。
だから、コウジは、『道の駅』なるものを今回、初めて知った。
高速道路でいう、サービスエリアのようなものが、
交通量の多い国道なんかの脇にポツンとある。
しかし、全国広しといえど、海がこんなに間近にあるのは、珍しいんじゃないか?
実際、海にさえも遊びに行けなかった。
着いたのは深夜だし、今は早朝過ぎて、店は開いていない。
防波堤の向こうは、大海が広がっている。
潮の香りはあまりしない。
嬉しいことに快晴で、もう太陽が高く昇っている。
海は朝日を反射し、一面銀色に光っていた。
「前途洋々」
そお~っと、この言葉を言ってみた。
雪ネェがいつの間にか来ていて、ポンと肩を叩いた。
「何だか、とっても新しい展開になったね。コウジくん、今度のバイト、とってもいい待遇で、感謝してるよ。やっと、自分を再生できそうだよ」
「本当!サンキューだよ。どうやって、大下さんと出会ったんだい?」
ゴロスケも来ていた。
「なぁ?」
ゴロスケが振り返ると、成っちゃんも、スンちゃんもいた。
「ああ、今までの自分と比べると、天国と地獄、地獄に仏たぁ~このことでぃ」
「風が気持ちいい~」
コウジが正直に言った。
「あのね・・・、公園で、炊き出しがあるって聞いたんだ。
ホームレスのおじさんから…、
トン汁だった。そこに大下さんが、やって来て働き口があるって、
みんなに呼びかけていたんだ。誰もその話に乗らなかった」
「大下さんて、何者なの?」
「知らない」
「でも、何か苦労人みたいに思う。どん底味わったんじゃない? そんな気がする」
「大下さんて、家族いるの?」
「さぁ~」
「一人もんじゃねぇ?」
「家族がいれば、こんなことできないよ」
「離婚したかも知れないよ?」
「それとも、子供がもう大きいとか~」
「ねぇ、そんなことより・・・」
「腹減った~」
夕べいっぱい食べたから、消化したよ~って、
元気に腹の虫が鳴っている。
「急いで帰ろうぜ! 置いてけぼり、されないようにさ~」
「本当だ。ここで置いてかれたら、それこそ路頭に迷うぜ~」
「ところで、ここは何ていう町だぃ」
「知らねぇのかよ~」
「伊東伊東市だよなぁ~。昨日のお風呂のパンフレットに書いてあったぞ」
車に帰ると、厚切りトーストにバターと苺ジャム、
ポテトサラダ、ベーコンエッグに、フルーツ(バナナだけど)
、淹れたてのコーヒー、今度はペーパーフィルターで、本物の豆を使っている。
香りが立ち込める。
「すっげぇ~、豪華版じゃ~ん♪」
ゴロスケが思ったまんまを口にした。
分かりやすいキャラだ。
「これが、豪華か? お前ら今まで、どういう食生活してたんだ?」
「・・・」
それで、涙ぐむやつもいた。
正直、三度三度の飯にありつけてなかった。
大下さんも、何かを察知して、その言葉を二度と言わなくなった。
『食うや食わずだったんです』
この言葉を飲み込んだ。
いつかリッチになったら、冗談っぽく言えるようになるかもな、コウジはそう思った。
雪ネェが、突然ギターを取り出して、弾き語りを始めた。
♪生きてりゃいいさ~ のリピートのやつだ。
そう、そんな気分。
とにかく、コウジたちはどうにか、こうにか生き延びて来た。
食後は、シンクでお皿を洗った。
洗う人とすすぐ人、食器を拭く人。
本当~、ガスレンジもあるし、何でも揃っている。
これから、ミーティングが始まるそうだ。
はてさて、どうなることやら。
覚悟は・・・できていない。