爺さんたちがやって来た。
ド田舎の爺ちゃんと、都会で暮らしていた若者との間には、深くて暗い溝があった。
でも、人間って魂が触れ合えば、きっといい方向へ行けるのだ!
朝、家を案内して貰うと、小屋があって、外の一段下がった所に、焚き付けの口があった。
「下は大火事、上は大水、な~んだ?」
「お風呂!」
「古いよな~、それ」
右側には、鋳物の小さなフタがあり、開けると煤だらけのエントツに通じている。
中は五右衛門風呂だそうだ。
その脇に、トタン屋根つきの割った薪の置き場が忘れられたようにあった。
松野さんたちは、母屋を一部改造して家庭用の風呂でもっぱらシャワーだそうだ。
五右衛門風呂も、ホースで水をかけてカメノコタワシでこすり、水で洗い流した。
これもまだ、使える。
部屋の片付けに数日、掃除機や雑巾掛けに数日、庭の雑草取りに二日を要した。大下さんは、伝統的な日本家屋の部屋の中をデジカメで何枚も撮った。
「あんたらの服、汚れちゃったね、ついでに洗濯するよ」
松野さんが気がついて、洗濯して庭の物干しに干してくれた。
服の替えで、大下さんが例の派手派手のカントリー調のシャツに着替えた。
「あんた、歌手かね?」
松野さんが訊ねた。コウジたちは、笑ったが、大下さんは真面目な顔で答えた。
「昔、ちょっとね」
「え~っ」
一番驚いたのは、雪ネェだ。
「パートはどこ?」
「ヴォーカル」
「え~っ!」
今度は全員で。
僕たちは、何とかの一つ覚えのように、え~っ!が多い。コウジは思った。
作業は、終わったし、囲炉裏の間に来て、雪ネェがギターを渡した。
「何かやって、お願い」
大下さんが、ギターをポロロン~と鳴らした。
「何か上手そう…」
そこで、きれいなメロディーを一曲奏でた。雪ネェが、それに合わせて歌った。
大下さんは、思ったよりもきれいな声で違うパートでハモる。
いい感じ、雪ネェよりも上手いかもと思っていると、弦を一本切った。
「あっ」
なおも、歌っているともう一本切った。
「ああっ」
歌が途切れて、ケースに入れてある、替えの弦を取り出して、弦を張り替えた。
「ちょうど、張り替える頃だと思っていたんだ~」
雪ネェの取り繕う嘘が、却って大下さんの胸に堪えたみたいだ。
「どうだ、分かったか、ライブハウスで歌っていたけど、安いギャラよりもギターの弦代の方が高くつくんだ。だから、辞めたんだ」
みんなは、知らなかった。
大下さんの暗い過去を…。
あの派手派手衣装は、過去の栄光。
一張羅のステージ衣装だったのだ。いくら好きな道でも、神様が止めなさいと言っているようなものだ。
大下さんは、かっこ悪さも、取り繕うように、松野さんに、五右衛門風呂が今人気あるから、使うといいよとアドバイスした。
「泊り客みんなに、薪を割って貰って、自分でお風呂を沸かせて貰えばいいんだ。燃料費が上がれば、五右衛門風呂も引っ張りだこだ。何よりも、山の木の間伐をすれば、木の小枝が出るから、自然が循環する。何でも、これは、循環するだろうかって考えると、どっちか選べるね」
「昔の生活に逆戻りだな~」
松野さんが、思い巡らした。
そうこうするうちに、コウジが、今何時か携帯を見た。
すると、秋葉原で事件があり、七人死亡というニュースが字幕で流れていた。
「松野さん、テレビつけて!何か凄い事件だよ!」
奥さんは、夕ご飯の支度をしていたけれど、異変を察知して、すっ飛んで来た。
「あら、まぁ~」
事件現場のニュースがずっと流れていたらしい。救急車や、人垣や、騒然とした秋葉原の交差点が映っていた。
その時、松野家の表でも何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「あんた、出て」
「はい」
松野さんが、とことこと玄関に行くと、近所に住む、と言っても遠いが…、消防団のハッピを着た人たちが訪ねて来た。
「表にずっと見慣れない車が停まっているけれども、松野さんたち命は、大丈夫かね?」
「はい、大丈夫ですけんど…」
「奥さんの顔見ないうちは、安心できないから、上がらせて貰うよ」
爺さんたちが、五~六人ずかずかと、上がりこんで来た。
「ごめんよ、上がらせて貰ったよ」
「何だ、無事か!」
「安心した」
「見慣れない車が、ずっとあるからよ。最初は放っとくべ~、て言ってたけんどもよ。今日の事件みたら、心配になって…」
「あんたら、近所付き合いもせんからよ」
「すんません」
松野さんが謝った。
「帰るべ」
男たちは口々に言った。しかし、帰る気配がなく、足が動かない。
「ああ、そうだ。あれは~」
村の消防団の団長のような人が、聞いた。
「あれは、巡回のレントゲン車か?」
「違います!」
雪ネェがきっぱりと言い切った。
「ああ、そっか、回覧板回んなかったしな~、変だと思ったけどよ~」
なおも帰りそうもない。
「あんたら、宴会か?」
「あんた、歌手か」
もちろん、大下さんの衣装を見てだ。しかも、ギターを持っている。
「違います!」
雪ネェが、大下さんから慌ててギターを取り戻して言った。
松野さんは、座布団を押入れから出してきて、並べた。
「じゃあ、あんたが歌手か?」
お爺さんたちは、いつの間にかどっかと腰を下ろして座り込んでいた。
「演歌は歌えません!」
これから起り得る何かを察知して、雪ネェはこう宣言した。
「何でもいいから、歌ってみろ」
見るかい。
みんなは呆れた。しかし、地元の消防団に逆らえなくて雪ネェは何曲か歌った。
できるだけ、『カントリーロード』とか、『テネシーワルツ』とか英語の聞いたことのないやつを。
しかし、生で演奏を観るのは初めてらしい爺さんたちは、手を叩いて喜んだ。
厳密に言うと、“ンチャ”を頭打ちで打って手を擦るので、調子が狂うのだそうだが。
奥さんが奥から料理を出して、酒やビールが並び、宴会が始まった。
どちらかと言うと、馴染めない勢いに、コウジたちは、テレビのニュースに釘付けになっていた。
「オタクの聖地、秋葉原の歩行者天国で…」
コウジたちもよく遊びに行った、被害者は他人ごとではなかった。
あの秋葉原の無差別殺人事件が起きた。
ひょっとすると、派遣の憂き目にあっていたコウジたちも関係なくはない。
虐げられた者の一人の切ない事件だった。




