全員と初顔合わせ
夜の7時、東京芸術劇場前の寒風吹きすさぶ広場に
コウジは、立っていた。
モチロン、全財産をリックに背負って。
ネットカフェ難民ゆえ、荷物さえ持てば宿代が浮く。
しかし、寒い。
もう一度ラインメールを送ろう。
「先着順」と打ったところでネット仲間の顔が
ポツリポツリと見え出した。
「なんだ、意外と早かったな~、みんな」
取り敢えず、コウジは安堵のため息をついた。
若いやつは、時間にルーズだと思われていて、
シャクに障るけど、
就職難民のコウジたちは、違う。
一度、病欠なんぞしようものなら、
「体 弱いのね」で二度と呼ばれなくなったことだってある。
しばらく、オマンマにありつけないことだってあるからだ。
「よおっ、出稼ぎなんだって?」
他人事のようにゴロスケがいう。
こいつは、冗談がうまい。
「おっもっ、これ持って」
雪ネェがギターを持たせる。
背中にリック、手にポーチ。
コンパクトを開けて、口紅を塗っている。
「一応、化粧かよ」
ゴロスケが冷やか取り敢えず取り敢えず、・・・面接の時だけな」
苦笑いをする。
そうなんだ。
雪ネェが一番男っぽい。
「そこは わきまえているさ」
きれいな真っ赤なドレス着て、ライブハウスで歌っているのを見たことがあるけど、色っぽい。
その路線で行けば食えるんじゃないかと思うのだが、
水商売のネェちゃん扱いされて、「酒を注げ」とお尻を触られた。
そのエロ親父に向かって、
「昭和初期の人間は、素人さんと玄人さんの区別ができん」と言ったら、
「うるさいこの、メスブタ!」
客が切れた。
それを聞いていた支配人にクビにされた。
セクハラだと言ったところで、後の祭り。
時代遅れのオジサンが、一番お金を持っている。
「アッタマ来た!」
と、それからは、路上ライブ。
冬はとにかくお客が足を止めない。
「あれは『セクハラ』で不当解雇だと撤回できるんじゃないの?」
と言ってみたけど、
「それは、オフィスでの話だよ」
と笑われた。
「うう~」
と、唸っている成っちゃん。
こいつはただただ寡黙だ。ちょっと引き篭もりっぽい。
昔の時代の公務員なら、きちんと定年まで勤め上げたろうに。
今の世知辛い時代に、ちと合わないんだよな~。
「ああ、そうだ」
まず、みんなに現金を渡しとこう。
ここで、寒い中、集合したことでも、もらう権利があるというものだ。
「ハイ!今日の日当です~」
5000円を差し出すと、一番最初に手を出すのが、春ちゃん。
ちゃっかりしてる。
日本人なら遠慮するところを、こいつはラテン系か?
「ほな、さいなら~」
「おい おい」
「冗談だよ。冗談、でも冗談抜きで寒い~」
ボケと突っ込みも、慣れたもんだ。
「ハイ」
「あんがと」
「ハイ」
「どうも~」
「はい、スンちゃん」
「サンキュー」
このスンちゃんが、この中で、一番勉強したんだ。
某有名予備校に通って大学院卒、努力家という意味で、
みんなに一目置かれている。
なのに、職にあぶれて難民かよ。
高学歴過ぎると、高給払わなきゃいけないから、企業からは敬遠される。
しかし、その割には仕事ができない。
どんくさいヤツだっている。ガリ勉で運動神経の鈍いヤツ。
世の中は、即戦力が欲しいのだ。
どっかタイミング悪い、ってゆ~か~。
こいつの人生設計は完璧だった。
何が悪かったのだろう? 時代か? 親の言うこと聞いて、生きて来て、
「親の価値観が、もしかして間違っていたんじゃないのか?」
って今頃、言ってるよ。
単に、親の考え方が古いんだ。
時代に合わない。
「じゃあ、どうしたらいいの?」
って聞いても、親に分かるわけがない。
親が金持ちだから、ATMに送金してくれてる。
僕たちもどうしても食えない時は、何度かご馳走してくれた。
「この恩はいつか返すからね~」
って言ったら、泣くんだぜ。
「家じゃ、厄介者だから」
だって。辛いね~働きたくないわけじゃない、まともな仕事で働けないんだ。
コウジも目がウルウルきた。
こいつの親のお陰で、僕らが絶望的にならずに済んでる意味でも、助かってる。
最後にコウジがそのお金をもらった。
コウジは、善人そうに見えて、なかなかどうして。
内にすごい怒りを抱えている。
しかし、人に悪事を働くとか、そんなに気にはなれない。
世を憂い、世間にたいして希望を持てないで来た30代の男。
自分という人間の正体を知りたいと思っている。
我ながら変なやつだ。
「おい、あれじゃないか?」
ゴロスケが体を揺する。
コウジしか、あの社長の顔を見ていない。
それぞれのリックを背負った、みんなの視線の向こうに、
まさかだろっ。
テンガローハットに、へちま襟のファーのついた皮のコート、
カウボーイブーツのハデハデな親父さんがいた。
一瞬、昔テレビで見たことのある、ステージのプレスリーが現れたのかと思った。
ただし、『俺は田舎の・・・』がつく方だ。
何だろ~、楽しくなりそうな気がする。
「みんな~、この方が、たいした~ ゆうぞうさんです」
コウジがみんなに紹介した。
「おおした、なんだけどな・・・」
親父さんが、ボソッとボソッと言った。
しかし、みんなの頭には、
『たいしたゆうぞう』がインプットされ、未来永劫『たいしたさん』となってしまった。
男はテンガローハットを取って、挨拶をした。
「みんな、寒い中集まってくれて、ご苦労さん」