みくにのおばさんたち
白ヒゲのおじさんのみかん畑へ来た。
急な坂で、みかんを持つ手、ハサミを持つ手、それで、みかんを切ると、転がり落ちてしまう。
そんな所へ、仲間が集合した。
みくにのおばさんがやっている小さな食堂に移動して、お昼ご飯を食べることになった。
レバニラ炒め、から揚げ、塩サバ定食、エビチリソース、厚焼き玉子、どれも、スタミナたっぷりで、普通の食堂とは一段と格上のおいしいものだった。
みくにのおばさんは、気もそぞろって感じで、みんなが食べ終わった頃を見計らって、コ―ヒーを出してくれた。
これもまた、香高く、特別に美味しい。
突然、みくにのおばさんは、二階に駆け上がったかと思いきや、転がるように降りて来た。
手には、小さな本を持っていた。
「あった、あった」と叫びながら。
「ほら、聖書の黙示録の第二十章を読んでみて・・・」
しかし、白ヒゲのおじさんもたじろいだ。
「あっ、私は老眼でね・・・眼鏡が」
雪ネェがそれを、受け取って朗読した。
難解で長い。
しばらく沈黙が続いて、雪ネェがつぶやいた。
「要するに、サタンが出てきて、ゴクとマグを誘惑する。
試練のあと、残るには、みくにの時代と」
みくにのおばさんのみくにとは、このみくにからつけたらしいのはよくわかった。
「世の終わりというのは、地球が終わるんじゃなくて、地球は続くけど、キリスト教の時代が終わるってことなのよ」
コウジは、餌をばらまかれて、釣り上げられた魚を思い浮かべた。
「ほら、日本地図って、世界地図のミニチュア版なのは、分かるよね?」
みくにのおばさんは、テーブルに水を落として、日本地図を描いた。
「あ~、四国はオーストラリア、アフリカは、九州、ユーラシア大陸は、本州。北海道は、北アメリカだ!」
「じゃあ、北方4島は、南アメリカよね」
「うわっ! 」
「ふ~ん」
「…」
反応は、さまざまだ。
コウジは、聖書の時代の終わりと、日本列島が世界地図のミニチアだったってことで、それが何の証明なのか、シロウトには、さっぱりわからないまま、聞けずにいた。
さっきから、黙っていた、スンちゃんが聞いた。
「じゃあさ、旧約のヤハェとイエスの父って、同じもの? 別もの?」
「別ですね。ヤハェは日本に来て、ヤハタになったですからね。各地に八幡神社ってあるでしょ?」
「やっぱりね、キャラが違うと思っていたんだ~。謎が解けた。ありがとう!と言うことは、完璧、日本人が失われた十部族…本物のユダヤ人ということ?」
「でも、ユダヤ人は白人だろう? 」
ゴロスケは、何気に言った。
「旧約に出て来るイスラエル人は、本当はアジア系なの! 」
「…」
「ほら、京都の平安京って、ヘブライ語で言うと、イスラエルっていう意味になるんだよ」
「…」
ところで、雪ネェとスンちゃん、以外の人は何のことやら、さっぱりだ。
コウジの頭の中で、シミュレーションをした。
もしも、アジア人種の顔をした、日本人が本物のユダヤ人なら、白人のユダヤ人はどうなるの? そうすると、パレスチナ難民の権利は? となってしまう。
あの、聖地を奪い合う戦いは何なのさ?
日本人の感覚ならば、聖地を穢している以外の何物でもない。
「岩のドームはね、ふふふ。争いの根源みたいなものよ」
コウジの心を読んだかのごとく、雪ネェが答えてくれた。
「宗教はみんな、アジアで生まれているの。で、どうしてキャラが違うと、思っていたの? ススス スンちゃんだっけ」
みくにのおばさんが聞いた。
「ヤハェはね、何かというと、すぐ怒るんだよ。でも、イエスの父、つまり神様はね、愛で溢れている」
「それは、イエスが愛に溢れているからじゃないの?」
雪ネェは即座に突っ込む。
しばらく考えてから、スンちゃんは言った。
「う~ん、そうかも知れんね」
そう言えば、大下さんの携帯も確か…着歌『♪もろびとこぞりて』だったけどな~、とコウジは思った。
昔、ノストラダムスの大予言があったが、外れた。
にせよ、このところの地球の環境問題にせよ、オゾンホールの巨大化、地球温暖化にせよ、地球が危機であることに異論はない。
つまり、地球上の大勢の人間の命だって同時に危機なのだ。
「ネイティブアメリカンのホピ族の予言には、クモの巣が世界を覆うって予言がありますよね、クモの巣はコンピュータのネットでしょ~?」
白ヒゲのおじさんが、静かに言った。
「それに、バイブルコードっていう小説もあるし、まぁ聖書のクロスワードパズルってとこかな~」
「それも、予言なの?」
「イスラエルのラビン首相が、和平路線へ向かっていたら、暗殺された。
それは、事件が起こってから、クロスワードが正しいと解明された。事後ね。事後。あらかじめわかっていた訳ではない」
みくにのおばさんは、大きく頷いた。
「コンピュータは、やがて神を証明できるだろうってさ」
「へ~」
「でも、問題はまだあるんだよね~」
光介君がつぶやいた。
「お布施とか?」
大下さんが聞いた。
「まさか!」
みくにのおばさんが、コロコロと笑った。
「鈴木秀子さんの『死にゆく者からの言葉』という本があるんだけど。突然に死んで行く人は、何か言い足りなかったこととか、あるものなのよ。
思い残すことか、伝えたいことが、あったんじゃないの?」
みくにのおばさんは、成っちゃんを見据えた。
「でなきゃ、ここに居ない筈だもん。言いなさいな、春…ちゃん」
「え~、見えるの? エクソシスト?」
ゴロスケがびびった。
「違う、違う、そんな恐いも~んじゃな~い」
またしても、コロコロと笑った。
まさか、とんでもない遠い話題から、一気に春ちゃんの問題に行き着いた。
やはり、供養はしなきゃ…なのだ。
「あの娘どこ?」
「どこって? あの子って誰? 」
みんな、訳が分からないでいる。
「オオトリ、リサちゃん」
成っちゃんが答えた。
「森の中で、車を止めて七輪で心中したらしいんだ。春ちゃんと、オオトリ一夢ちゃんと…もう一人のおじさん」
コウジが説明した。
「ほ~、『この世のなごり。夜もなごり。死に行く身を…あだしが原の道の霧。一足づゝ…消えて行く。夢の夢こそ哀れなれ…』」
夢見るような目で、白ヒゲのおじさんが言った。
「???」
「近松門左衛門の『曾根崎心中』のくだりね」と、みくにのおばさんが解説してくれた。
「小春に入れ込んだ治兵衛と妻のおさんの三人のヤヤコシイ物語」
白ヒゲのおじさんが、説明してくれた。
それと、どう関係が?
「人形浄瑠璃の演目の一つね」
その解説の解説を雪ネェがしてくれた。
「人形浄瑠璃って、着物を着た人形を三人がかりで動かすのさ。眉毛動くんだぜ」
その補足をスンちゃんがした。
「・・・ふ~ん」
ようやく何の話かが見えてきた。
「で、それと、何が関係あるのか? 謎のままだが」
「清香ちゃ~ん」
突然、みくにのおばさんが、店の奥に向かって叫んだ。
「は~い」
奥から返事が聞こえて、清香ちゃんが、黒いロングソムリエエプロンを外しながら、出てきた。
ちなみに、みくにのおばさんは、白い割烹着を着ていた。
「さてと、役者が揃った」
みくにのおばさんは、満足気にほほ笑んだ。
「え?」
「人は、死んだら物は持っては行けない。思いだけ、それも沢山の思いではなく。たった一つの思い。その思いもさえも、置いていくのだ。たった一つの心残りを晴らして、去っていく。いい聞き手がいれば。それが人間の尊厳が守られたこと」
清香ちゃんが、ポツリポツリと言って、儀式のように始まった。
そして、みくにのおばさんが、ハンディタイプのICレコーダーの録音ボタンを押した。
「清香ちゃん、オオトリリサちゃんを探してきて!」
唐突に、四人は、目を閉じそのままの状態で動かなくなった。清香ちゃんの閉じた目がレム睡眠みたいに、ぐるぐる動き出した。
「きれいな子やね~」
リサちゃんが、現れたらしい。
「?」
成っちゃんも目を閉じていた。
成っちゃんの中の春ちゃんがしゃべった。
「どこにいるの?」
清香ちゃんが答えた。
「私は、この世に、いない方がいい人間だから・・・」
閉じたまぶたに、共通のビジョンが見えているみたいに…。
目を閉じたままの光介君が言った。
「生まれなくていい人間なんて、どこにもいないよ」
何か似合わない。
「君を好きだって、一緒に死んでくれる人間もいたぐらいだよ。もっとも、死ぬ気はなかったんだ。何とかして、食い止めれると思ったけど」
「もう一人来た」
清香ちゃんが言った。
「『そうかい、それは済まなかったな。てっきり心を決めたんだと』
って言ってるよ。これは、想定外」これは、みくにのおばさん、おっさんの声た。
「もう、いいよ。終わったことだし」
そう答えたのは、春ちゃんらしい。
「何か、言い残すことは?」
光介君が言った。
「何とかして、生きて迷惑かける方法もあったかも知れなかったけど、
俺はこの手段を選んだ。寂しさに負けず、残った家族で、生き抜いていて欲しい。愛していた」
「はい、これがもう一人の実行犯の男性の最後の言葉ね」
と、みくにのおばさん。
「家族に、無き者扱いにされたのは、辛い。あの家に正しい判断や、償うべき罪や相応の罰を望む気持ちや、恨む気持ちがなかった訳でもないけど、それはもういい。私は、被害者の立場で良かった。加害者の側の人間でなくて良かったと思っている。私は、私なのだから。私は、どんなに長い時間が、かかっても光の世界へ行きたい」
リサちゃんの言葉は、もはや女性のものではなかった。
修行を重ねた坊主のようだ。
「僕は、できるだけ、君をサポートして行きたい」
これは、春ちゃんのセリフらしい。
春ちゃんが、あれだけ長いこと成っちゃんについて、アピールしていた目的はこれで、果たせたのだろう。
「僕は、できるだけ、君をサポートして行きたい」
が、生きている時に、伝わっていれば、死なずに済んだかも知れない。
逆に、死んでも、違う世界に行ってしまったから、この場でしか、伝わらなかった。切ない恋だ。
「みなさん、ありがとう」
短い最後の言葉だった。
それから、長い沈黙の時間が流れた。
この世から、消滅したみたいだ。
「行ってしまいました」
と、清香ちゃんが言った。
「死んでも、光の働き手として、働くことがあるらしい。春ちゃん。
でも、強制労働は気の毒だからね、出来るだけ、静かに行かせてあげて下さい」
光介君が、何か書いた。
「閉じられました」
みくにのおばさんが、ICレコーダーのボタンを押した。
「分かった、しかと伝えるよ」
大下さんの役割だ。
「しかし、何て説明したらいいんだろ」
「う~ん」
みんなが、唸った。
どうやら、魂の世界の話。
コウジたちは、何となくわかった気がした。




