町での戦い
巻き上がる粉塵の中から現れたのは数体の屍たち。
どうやら、立ち止まって相談している暇は無いらしい。
「く――っ!」
飛びかかってきた最初の一体の斬撃を、イスメトは身を捻ってかわす。
誰の助言を受けるでもなく咄嗟の攻撃に対応できた自分に自分で驚いたが、感慨にふけっている場合でもない。
「イスメト!」
状況に気付いたアッサイらが加勢してくれたお陰で、イスメトは目の前の一体に集中することができた。
背に携行していた訓練用の棍を構える。最近では常に持ち歩くようになっていた。
屍の動きはお世辞にも洗練されているとは言えない。棍のリーチを活かして足払いをかけると簡単に倒れた。
イスメトはすぐさま距離を詰め、屍の胸に刺突を繰り出す。すると、やはり劣化しているのだろう、屍の体は陶器が壊れるようにあっけなく崩れて棍を貫通させた。
「うっ……」
その何とも言えない感触にイスメトは一瞬硬直する。
【まだだ! んな攻撃じゃ人形は止まらん!】
胸の真ん中に風穴を空けたにも関わらず、屍は仰向けに転がったまま腕だけを持ち上げイスメトを斬りつけてきた。
「うわっ……!?」
イスメトは慌てて飛び退く。セトの忠告が無ければ一撃をもらうところだった。
標的を見失った敵の刀身は、屍の腹にそのまま突き刺さる。が、本人は気にかける様子もなく平然と己の腹から剣を引き抜き、ゆらりと立ち上がった。
元は人でも、今は屍。
痛みも急所も存在しないというわけだ。
「……っ! どうなってやがる!?」
アッサイら村の戦士たちも苦戦を強いられていた。負傷者こそいないものの、誰一人として敵を無力化できずにいる。
一方で、歩く屍の数は徐々に増えていた。
町の外へ逃げようとする人々を追って、町の中央からどんどん出て来ているのだ。
「こ、こんなのどうすれば……」
【お前の取れる手段は二つ。再起不能になるまで人形を粉砕するか、人形を操る〈混沌〉を払うかだ】
「〈混沌〉! そ、そうか……!」
イスメトは小さく息を吐く。
――焦るな。大丈夫だ。目的を明確に。戦う意味を明確に。
「〈支配の杖〉……!」
イスメトは棍を〈支配の杖〉に持ち替え、地を蹴る。屍の頭部めがけて繰り出した刺突は剣で防がれた。が、瞬時に手を返し、今度は二叉になった石突きで側頭部を殴りつける。
屍は頭骨の破片を飛ばしながら崩れ落ちた。
しばらくは〈支配の杖〉から飛び散った光を受けて暴れていたが、やがてピタリと動かなくなる。アメミットの時と同じだ。
【少しは慣れてきたみてェだな】
そこからは同じことの繰り返しだった。
仲間たちの援護を受けながら、イスメトは一体、また一体と敵をただの屍へと戻していく。
「はぁ、はぁ……い、意外と大したことない……?」
近場にいた最後の一体を倒したところで汗を拭う。
呼吸は上がっているものの、一体目と対峙した時よりかは余裕が出てきていた。
【俺の力があっての話だろ。社のお陰で多少の力が戻ったとは言え、貸してやれる神力も無限じゃねェんだ。早いとこ術者を探して潰さねェと埒が明かんぞ】
「そ、そうだった。でも、術者が誰かも分からないのに居場所なんて……」
【ハッ! テメェ、脳みそスッカラカンか?】
セトは呆れたように吐き捨てる。
【コイツらの格好を見てみろ。どう見ても包帯巻いて埋葬されたミイラどもだ。なら、コイツらが元々いた場所はどこだ?】
「……! 墓地か!」
【術者がソコに留まっている保証はない。が、確かめる価値はあるだろう】
イスメトは仲間たちにも呼びかけ、処刑場近くの墓地を目指した。
道中また数体の屍に襲われたが、完全に無力化するのではなく足の骨を砕いて機動力を削ぐ戦法に切り替える。これならば神器でなくとも対処が可能だ。
逃げ遅れる人々もできる限り助けた。しかし――
「た、祟りだ……これはアヌビス神の怒り……っ!」
「何やってる! 早く逃げろ!」
アッサイに怒鳴りつけられても、中には膝を折って祈るだけの者もいる。
死者が動き回るという異常事態だ。冷静でいられる者の方が少ない。
イスメトたちだけでは混乱を収めるにも限界があった。
「少年! こっちに来てたか!」
「あっ、アルヒドさん!」
処刑場に辿り着いたイスメトらは、アルヒドらホルス神官団と鉢合わせた。彼らは一足先に駆けつけて、墓地から湧き出る屍たちに対処していたようだ。
その数、七名。どうやら隊の全員が揃っているわけではないらしい。
「アルヒドさん、いったいこの騒動は……!?」
「確証はないが……州侯が仕掛けた何かしらの呪術が発動したと考えられる」
「しゅ、州侯!?」
「それも、恐らくこれだけでは終わらん。少年、悪いが手を貸してくれ!」
アルヒドらしからぬ切羽詰まった表情を見て、イスメトは事態の深刻さを思い知った。
「詳しい説明をしている暇はない。ただ、俺たちの想定が正しければ、ここで起きている騒動は第一波! 州侯はアウシット中の墓地に、ここと同じ仕掛けを施している可能性がある!」
「し、仕掛け? それって……」
屍の発生源はこの墓地――そう思ってここまで来た。
しかし、アルヒドはとんでもないことを言う。
「これからアウシット中で、コイツらみたいのが現れるかもしれないってこと!」
「えっ……!?」
イスメトは言葉を失った。
【チッ! どうやら、その男の予想が当たったようだぜ……!】
アルヒドの言葉を肯定するように、セトの声が頭に響く。
【戻れ小僧! 村でも騒動になってやがる!】
「えっ、村って……東の村!? で、でも、どうしてそんなこと……」
【社だ! 村人が社を通じて俺に救いを求めてやがるんだよ。つまり、『そういう事態』ってことだ!】
「……!」
イスメトの顔から血の気が引いた。真っ先に浮かんだのは母の顔。
今、村の戦士の大半がここにいる。村に残っている者のほとんどは、か弱い女性や子供、老人だ。
「アルヒドさん、すみません! 僕たち村に戻らないと――!」
「ああ、ちょうどそうしてくれと言うところだったんだ! この辺りの主要な墓地には俺の部下を配置したが、東や南の村までは手が回っていない! 少年は〈砂漠の民〉たちを守ってくれ!」
いち早く事態を確かめようと町まで赴いたが、どうやら裏目に出てしまったらしい。
「アッサイ! 村が!」
「なんだと!?」
この場をアルヒドに任せ、イスメトたちは我が村へ身を翻さざるをえなかった。




