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力と選択

 その頃、イスメトは村の外れで自主訓練という名の強制特訓をさせられていた。

 師範はもちろんセト。『テメェはまだまだ戦士の風上にも置けん!』と口うるさく罵られた結果である。

 ちなみに今日はタウラ州での訓練は休みだ。


【ハッ。お前は素養があるんだか無いんだか分からんな】


 じんじんと痺れる手を抑えてうずくまるイスメトに、セトは呆れたように言い放つ。


「〜〜っ! い、いきなり、こんなの倒せって言う方が無茶だろ!」


 イスメトの前にはシュロの木が三本、並んで生えている。

 ここは昔から、村人が弓の練習をする際によく使っている広場だ。町へと続く道から少し外れた場所にある。

 もちろんイスメトは弓の練習をしているわけではない。セトから言い渡された特訓内容は、〈支配の杖(ウアス)〉でこの三本の木を同時に切り(・・)倒せというものだった。

 刃のある剣ならばともかく、杖で『切る』とはどういうことなのか。

 イスメトが困惑したことは言うまでもない。


【あァ? 文句があんなら、岩に変えてやってもいいぜマザコン野郎】

「なっ……! そんなの、もっとできるわけないじゃないか!」

【できる、できないじゃねェ! テメェが握ってんのはただの杖か? この俺様の神器だろォが! テメェは俺を信じてヤるだけでいいんだよ、愚図が!】

「ならもっと、気楽に信じられる神様でいてくれよ!」


 イスメトは反射的に叫んでいた。

 もう何度、セトの気まぐれで死を覚悟しただろう。最近こそおとなしくしているセトだが、あのエストとの協定だって素直に守る気があるのかは怪しい。


「どうせ僕に戦い方を教える気になったのだって、その方が都合がいいと思ってるからだろ!」

【ハッ! 否定はしねェが、テメェの望みでもあるだろォが】

「ぼ、僕は別に、神様の力が欲しいわけじゃない! ただ最低限、お前の力に頼らなくてもいいようにって……」


 〈支配の杖(ウアス)〉を出せるようになってからというもの、セトは神力を用いた技の習得をイスメトに勧めるようになった。

 まるで旅立ちに間に合わせようとするかのように。

 セトの力をもっと使いこなせれば、確かに今より強くなれるだろう。だが、それはイスメトがセトの力に依存してしまうことも意味する。


「確かに、父さんみたいな戦士になれたらなって……最近は、思ってる。けど、お前の力に頼って父さんを越えたって意味ないし、やっぱり……お前の力は怖いんだ」


 セトがこの体を操って、大勢の官兵を殺したことはまだイスメトの記憶にも新しい。

 いつかのようにセトの戦い方の是非を問いたいわけではない。ただ、あの力を自分も使えるようになると思うと、手が震えるのだ。

 敵対者に対する生殺与奪の権利。

 それがセトから自分に移ることを、イスメトは何よりも恐れていた。


「僕は……強くなりたいけど、戦うことはやっぱり好きじゃなくて。人を殺せるようになりたいわけでもなくて……自分で言っててよくわかんないけど……そうなんだ」


 父のような強い戦士に憧れる一方で、誰も争わず平和に暮らせる世界があるなら、それが一番だと信じている。

 戦いの神には理解してもらえないかもしれないが。


【……そう思うんなら、いつ、何に、俺の力を使うのか。お前自身が決めればいいだけの話だろ】


 意外にもセトは静かにそう助言した。

 てっきり『甘えるな』と叱咤されることを予想していたイスメトは、その反応に少なからず面食らう。


【テメェの価値観を頭から否定する気はねェ。現世での命は短く、一度きり。故に命は尊く、殺しは罪悪――そう断ずることに異議はない。……だがな】


 セトは怒るでも諭すでもなく、淡々と続ける。


【力を持たない奴は、戦うという『選択』すらできずに死ぬ。あっけなく、無様に。背中に矢ァぶっさされたお前が、俺に祈るしかなかったのと同じようにな】


 そこまで言われてイスメトはようやく思い出す。

 敵に立ち向かう手段すら無かった頃の無力感。そして、悔しさを。


【奪う覚悟が決まらねェってんなら、奪われる覚悟をするしかない。お前がそれを望むなら、もうこれ以上は何も言わん。特訓も切り上げだ】

「奪われる……覚悟……」


 イスメトは手に持った〈支配の杖(ウアス)〉に目を落とした。

 セトの振るうこの杖は、確かに多くの命を奪った。そして同時に、救った。

 選択には、自由と責任がついて回る。だが、選択のできない未来の先には絶望しかない。


「そう、か……そうだな」


 イスメトは〈支配の杖(ウアス)〉を構え、目を閉じた。

 自分の中に流れるセトの力を感じ取り、先ほど説明を受けた技のイメージを膨らませる。


【少しはやる気になったみてェだな】


 セトは心なしか楽しげに言った。


「……ごめん、セト。僕、お前のこと少し誤解してた気がする」

【あァ?】

「てっきり、僕にエストを殺させたいとか、後々利用しやすいよう育てておいて損はないとか、そういう打算的なことばかり考えてるのかと思ってたよ」

【チッ、バレたか】

「えっ」


 セトはあっけらかんと笑った。

 その笑いは何を意味する笑いなのだろうか。まんまと騙されたお人好しへの嘲笑か。それとも、自分で言った冗談に自分で笑っているだけなのか。


 ――もう嫌だこの神様。


 イスメトの旅は前途多難である。

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