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死を喰らう者

「州侯の前職は実はミイラ職人でした――なぁんて、まあ、ありえないわな」


 アルヒドも、続いて穴を通り抜けてきたラウも、戸惑い以上の嫌悪感をその顔に張り付けている。


 この国の人間は死者をミイラに――永遠に朽ちないものに加工して弔う。魂の家である肉体は、死後も大切に守るべきものと考えられてきた。

 そのため死体に防腐処理を施すのだが、その際に腐りやすい内蔵は真っ先に取り出される。そして臓器の種類ごとに決められた壺へ収め、肉体と分けて埋葬するのだ。

 その臓器を入れるための壺が、部屋中の棚にびっしりと並んでいた。


「……からっぽだ」


 エストは手近にあった壺の蓋を開ける。

 しかし中には何も入っていない。底に砂埃がこびりついているだけである。


「はは……エストちゃん躊躇なく開けるねぇ。オジさん、さすがにこれ調べるのは億劫だわ……」

「……何言ってるんですか。仕事ですよ」


 最初こそ面食らった顔をしていたラウも、エストにならって片っ端から壺を開け始める。


「最近の若者って、怖いもの知らずね……」


 などとぼやくアルヒドも、渋々といった様子でそれに続いた。


「……ん?」


 ふとエストは手を止める。壺の中ではなく、表面に違和感を感じたからだ。


「何か書いてある……西、川沿い、男、18、シシムの息子・ラザ」


 名前と性別、年齢、そして大まかな住所のように思われた。


「本当だ……こちらにも。これも。すべての壷に書いてあるようですね」

「ここに入ってた臓器の持ち主について……ってとこかねぇ」


 通常カノポス壺は、防腐処理が完了した遺体と共にミイラ職人から遺族へ引き渡される。他との取り違えを防ぐためのメモ書きならば、死者の名だけで事足りるはずだ。


「南、地下集合墓地……どうやら、埋葬地まで書き留めてあるようですね」


 ラウの指摘を受け、エストは文字が見えるように壺の向きを変えて回った。記述を見比べるためである。


「こっちの棚は西……こっちは南……東……地域ごとに棚を分けてるみたい」

「なるほど。となると……」


 アルヒドは何か思い当たる節があったのか、エストの隣の棚に目を通し始めた。


「南……ス、ス、ス……おっと、ビンゴか」


 そして、隼の頭がついた壺を奥から取り出す。


「それは……?」


 エストはアルヒドの手元を覗き込む。特段その壺が他と違うようには見えない。


「この壺に書いてあるスビラって女性、つい最近亡くなったのよ。南の村の出身で」

「随分とお詳しいんですね。隊長の愛人か何かですか」

「ちょっ、やめてよラウくん! 人聞き悪いわぁ……」


 ラウの冷ややかな視線に対し、アルヒドは大仰に肩をすくめてみせた。


「ただ最近、この女性の家族に話を聞いたんだよねぇ。なんでもお優しい州侯様が、死んだ娘のためにミイラ職人を雇ってくれて、葬儀の費用も援助してくれたとか……思わず貰い泣きしちゃいそうなくらいイイ話だよねぇ~」


 それを聞いた瞬間に、エストの頭は嫌な想像で埋め尽くされた。


「ミイラ職人を……州侯が?」

【エストの想像、たぶん当たってるッス……】


 その内容をいち早く察知したらしいホルスが、化身を介さず億劫そうに呟く。


「さらに嫌な報告があるんだけど、聞く?」

「……そういうのいいですから。知ってることすべて話してください」

「ははは、まあそう急くなよ若人」


 アルヒドはこわばった笑みを浮かべ、壺を左右に小さく揺すっている。


「この壺……まだ中に何か入ってる感じするんだよねぇ……」

「……! 貸して!」


 エストは半ばひったくるようにアルヒドから壺を受け取った。

 もしこの中身が人間の臓器なら、州侯はミイラ職人を通じて死者の体を盗んでいたことになる。それも大量に。

 そんなことをして何になるのかは分からない。

 ただ、何かしらの呪術に関連しそうなことだけは容易に想像できた。


「え……」


 蓋を開けたエストは、そこにあった臓器を見て硬直する。

 隼の形をした蓋は、それが腸を入れる壷であることを表す。しかし、そこに入っていたものは少なくとも腸ではなかった。


「これ……心臓ッスね」


 ホルスの不快そうな呟きに、男二人も息を呑む。


 心臓(イブ)は魂の拠り所。

 たとえ死者であっても、心臓だけはけして体から離してはならない。

 そんな誰もが知るタブーを、ミイラ職人が破るだろうか。まして腸と心臓を取り違えるなど。

 ありえない。ありえるわけがない。


「こ、こんな……こんなことが……っ!」


 エストは恐怖と怒りに肩を震わせた。州侯はこの女性を手厚く弔うフリをして、その魂を冒涜していたのだ。

 心臓を奪われた死者は冥界へ辿り着けない。

 自分というカタチを失った魂は、怨念か、残留思念か、あるいは無と成り果てる。


『……どうして? どうしてっ、お母様とお話できないの……っ?』


 幼い頃。エストは王都のアヌビス神殿で、神に無茶なお願いをした。

 死んだ母に会わせてくれと。


『死者の言葉を受け取るは、我の職務。死者は現世への様々な思いをすべて我に預け、新たな旅路へ赴く。汝の母御はすでに旅立った。(ゆえ)に、呼び戻すことは叶わぬ』


 そんな愚かしい子供の戯れ言に付き合ってくれた、優しい神様の話がふと蘇る。


『我にできることは、かの死者より言付かった汝への伝言を伝えること。それで容赦願いたい』


 死者がこの世に残した未練や思い。それらを受け取り、必要ならば夢や幻といったかたちで生者に届ける――それが冥府の入り口を守る番犬の仕事の一つだと、アヌビス神は語った。


 ――この人にだって、人生の最期に語りたい魂の言葉があったはずなのに。


「……嬢ちゃん大丈夫か? とりあえず、いったん上に」


 壺を抱きしめて震えるエストの肩を、アルヒドが優しく叩いた。


「あとの調査は我々で」


 ラウを残し、エストはアルヒドに連れ出された。アルヒドは地上の部下に命令を飛ばし、すべての壷を運び出させる。

 見つかった壷はおよそ200個。アヌビス神官団に依頼して葬儀の記録を確かめた結果、少なくとも30年前からこの心臓収集が行われていたことが判明した。


「30年前……ちょうど州侯が今の地位を引き継いだあたりからですね」


 書記の言葉に、エストの顔は青ざめる。いや、その場にいた誰もが恐怖を覚えたことだろう。


「しかし……消えた心臓はどこへ?」

「すでに何らかの呪術に使われたか、あるいは……どこかへ移動させたか」


 行き詰まっていた捜査は、ようやく進展した。しかし、あまり喜ばしい展開ではなかった。

 別件でそばを離れていたミィテと合流したエストは、この現実を胸にタウラ州へ戻ることになる。


「もう、手段を選んでちゃダメだ……!」

【州侯をなんとしてでも問いつめるッス! あんなの許されることじゃないッス!】


 ホルスの怒りにも後押しされ、エストは覚悟も新たにホルス神官団の支部へと戻った。

 アメミットの吐き出した呪具。これを見せても州侯が口を割らないなら、手荒な取り調べも辞さない。

 この愚かで恐ろしい行為の意味と目的を、なんとしてでも突き止めなければならない。利用された死者や、騙された遺族たちのためにも。そして、罪のない民がこれ以上苦しまないためにも。


「エスト様! 大変です!」


 しかし、エストは駆けつけた兵士の言葉によって思い知らされることになる。


「州侯が……ムアドが脱獄しました!」


 自分の決断が、少しばかり遅かったことを。

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