少年よ闘志を抱け
訓練を始めてから、30回目の模擬戦。
イスメトは先手を取るも、トイコスの腹を狙った刺突は横手にいなされる。
直後、イスメトはガクンと前のめりに体勢を崩しかけた。トイコスの木刀が、イスメトの突き出した棍の先へと振り下ろされたのだ。
そこへ間髪入れずに斬り返しの一撃が襲い来る。イスメトは咄嗟に棍の柄尻を持ち上げ、受け止めた。
【悪くねェ。そのまま回せ】
イスメトは左手を持ち替え、縦に円を描くように杖を回転、叩き下ろす。トイコスは難なくその振り下ろしを受けたが、突きが続くことを警戒したかすぐに間合いを取った。
【そうだ。リーチの長い武器は懐に入られた瞬間に不利になる。最初から当てに行く必要はない。常に敵を牽制し、相手が隙を見せるまでこっちの間合いで動け】
イスメトはいつでも突きを繰り出せる姿勢で棍を構え、相手の出方をうかがう。
しばらく両者のにらみ合いが続いた。
「――っ!?」
次に動いたのはトイコス。選んだ戦術は、捨て身の突進だった。
イスメトは慌てて棍を突き上げるが、木刀に軌道をそらされた上、棍の柄を掴まれた。
「あぁ……!」
周囲で観戦していた新兵たちが残念そうな声を上げている。
木刀を捨てたトイコスは、イスメトの得物を奪わんとする。イスメトは振り解こうと足掻くが、筋力の差は歴然だった。
棍を逆に操られ、イスメトは大きく体勢を崩す。
【よォ、周りもちゃんと見ろよ】
セトの助言にイスメトはハッとした。
棍を手放し、代わりに拾い上げたのはトイコスが捨てた木刀。それを使って間一髪のところで振り下ろされた一撃を受け止めた。
しかし、使い慣れていない武器だ。続く横薙ぎによって剣はあっけなくイスメトの手を離れてしまう。
――負けたくない。負けたくないのに……!
他の新兵ならば『参った』と根を上げるところで、しかしイスメトは次の行動を考えていた。
模擬戦は相手の急所に一撃を与えるか、どちらかが降参するまで続く。
得物を奪われたものの、イスメトはまだ致命的な一撃を食らったわけではない。
――まだ何かやれるはずだ。まだ!
周囲の野次馬がどよめいた。
トイコスの棍による薙ぎ払いを、イスメトは確かに受け止めていた。
しかし、剣は地に転がったまま。最初の得物はトイコスが使っている。
自分が何を使って敵の攻撃を止めたのか、イスメトは気付いていなかった。ただ勝つことだけを考えていた。
【ククク……悪くねェな】
〈支配の杖〉がトイコスの棍を打ち払い、へし折る。
何があっても像のように動かなかったトイコスの表情が、初めて驚愕に揺れた。
その眼前で、突き出された杖の先端はピタリと止まる。
「ハァッ、ハァッ……あ、あれ?」
勝負あり、という状況になって初めてイスメトは自分がセトの神器を握りしめていることに気が付いた。
「な、なんで僕、〈支配の杖〉を……セト!? 何かしたのか!?」
【んな無粋な真似するかよ。テメェが自分で呼んだのさ。俺は承認してやっただけだ】
イスメトは呆然と自分の手の中にある杖を見つめる。
そして、はたと思った。
――これって、反則じゃ……?
顔を上げるとトイコスがじっとこちらを凝視している。
イスメトの背に冷たい汗が流れた。
「あ……あの! すすすみません! 僕、無意識にセトの力を……!」
「――さに」
「え……?」
慌てふためくあまり、イスメトはトイコスの声を聞き漏らした。
「……久々に、骨のある新人だ」
その時、イスメトは初めてトイコスの白い歯を見た。
――この人、こんな風に笑えたんだ。
成長を褒められた喜びよりも、そんな驚きのほうが強かった。
「す、すげぇ! ちょっと反則臭かったけど、すげぇな!」
「あれが神器か……初めて見た」
「やるなぁお前!」
模擬戦を見守っていた新兵たちにも賞賛され、イスメトは頭を掻いた。
その日の訓練を終えたイスメトは、アウシット州に戻りサナク神官にこのことを報告する。彼はかなり驚いていた。
「イスメト君、あなたは確か〈依代〉となって初めて神の存在を認知したのですよね? それまでは神の声も聞いたことがなかったと」
「そう……ですね。正直、あまり信心深い方でもなかったです」
神に祈るといっても、せいぜいアヌビス神に死者の魂の安寧を願う程度。
その他の神に祈ったところで現世は何も変わらないだろうし、砂漠の民の祈りを聞く物好きな神もいないだろう。
そう無意識に思っていたような気さえする。
「だとしたら、素晴らしい才能です。この短期間で早くも神力の扱い方を会得するとは」
「い、いや、会得したってほどでは……」
初めてセトと一緒に戦った時も、自分で〈支配の杖〉から力を引き出した時も、今日の訓練も――いつも場の勢いで乗り切っている。
はたしてそれを才能と称してもいいのか。
イスメトには分からない。
「あるいは、かの神と特別に相性が良いのでしょうか」
「それだけは無いと思います」
イスメトの即答に、サナクは面食らったような顔をした。
「そう……ですか。エスト君によると、毎日楽しそうにお話をしながら訓練に打ち込んでいたとのことですが」
「え」
――楽しそうにお話? 僕が? セトと?
あの罵詈雑言飛び交う修行風景が、エストにはそんなふうに見えていたらしい。
もっとも、イスメトの方には彼女に見られていた記憶がない。恐らく屋敷の窓から遠巻きに観察でもされていたのだろう。
「……ぜんぜん楽しくなかったです」
サナクにはそう返したものの、正直に言えば少しだけ――ほんの少しだけ、自分も楽しんでいたかもしれないとイスメトは思った。
しかし、それを認めるのはなんだか癪である。セトの思惑に乗せられた気がして。
案の定、頭の奥で下卑た含み笑いが響き、イスメトはげんなりした。




