宴
「ま、座っとけ座っとけ。ホレホレ」
アルヒドに部屋の奥へと追いやられ、イスメトはエストの席のすぐ近くに座らされる。
「い、いや! ぼ、僕はもっと端っこで……!」
「なぁに言ってんの。少年、主賓だから。なんたって神の〈依代〉だしねぇ」
すぐさま逃げだそうとしたが、隣にどかっと腰を下ろしたアルヒドに阻まれた。
「……そういう隊長は、もっと威厳を持たれたほうがよろしいのでは?」
さらにアルヒドの隣に腰を下ろしたのは、見覚えのある青年。
処刑場までアルヒドとペアで行動していたあの青年である。
見ると彼の登場を皮切りに、ぞろぞろと兵士らしき男たちが階段を上がってきていた。
「ハハ、言ってくれるねぇラウ君」
バシバシと肩を叩かれても、ラウと呼ばれた青年は澄ました表情で沈黙している。
「あの……そちらの皆さんは……?」
イスメトが尋ねると、アルヒドは「ああ、言ってなかったっけ?」と首を掻いた。
「少年の命の恩人、天下のホルス神官団様さ。嬢ちゃんには、アメミット騒動でこき使われたからね。今日は、その労いも兼ねた食事会なのよ」
「あ……なるほど。その……その節はお世話に」
「あ~、そういうのはいいのいいの。こっちも仕事だから」
どうやらここに招かれた他の客は、エストの呼びかけで処刑場に集結したホルス神官団の人々だったようである。
「……って、え? じゃあ『隊長』って……」
イスメトは恐る恐るアルヒドを見やる。彼はいつもと変わらないヘラヘラした笑顔を返してきた。
「あー、そうそう。実はオジサン、この隊のリーダーなんだよね。ま、見ての通り、一部屋に収まるレベルの小隊なんだけど」
人は見た目に寄らないというか、なんというか。
イスメトはますます縮こまった。
右手に王女、左手にホルス神官団の一隊長。
――やっぱり、何かの罰ゲームでは?
美味しそうな料理の匂いに時おり音を鳴らしていた胃も、今や完全に萎縮して痛みを発し始めていた。
「ご、ごめんごめん! お待たせ!」
兵士たちの談笑で賑わい始めた広間が、その声にしんと静まりかえる。
アルヒドの陰から身を乗り出して見ると、ちょうどエストが降りてきたところだった。
処刑場で見たときと同じ、美しいひだの付いた白いシースーと呼ばれるワンピースをまとっている。髪は頭の高い位置で一つに纏められ、額には隼の翼を象った金の髪飾りが光っていた。
「あっ、イスメト! よかった、元気そうだね!」
「え、あ。う、うん……」
エストは壁際を通りすがりざま、イスメトに微笑みかける。イスメトはぎこちなく頷くことしかできなかった。
「えっと、堅苦しいのはナシね」
慌ただしく奥の席までやってきたエストは、杯を掲げ持って一同に呼びかける。
「皆、この前は急な呼び出しに応じてくれてありがとう。まだやることは残ってるけど、ひとまずお疲れさま会を開催します! はいっ、カンパイ!」
乾杯の合唱が合図となり、どっと広間が活気に満ちた。
「そんで? 少年はどうしてまた神の〈依代〉なんかに選ばれたんだ?」
「え、選ばれたってほどのことじゃ……」
イスメトはアルヒドにセトや神殿での裁判のことを聞かれた。
あとは様々な料理を勧められたり、離れたところからやって来た物珍しげな兵士たちに質問攻めにされたり。
一方で、エストとはなかなか話せない。
彼女の元には、イスメト以上に人が入れ替わり立ち替わり訪れていて、なんだか忙しそうだ。
結局イスメトは、話しかけられた時だけ最低限の会話をし、それ以外の時間は料理を食べることに費やした。
特に気に入ったのは赤身の肉だ。分厚いが、噛むと意外に柔らかく、油がジュワッと出てくる。鳥でも山羊でも鹿でもない。ゆえに何の肉かは分からない。
ただ、美味しい。
「それ、牛だよ」
「う、牛……!?」
高級品だ。どうりで食べたことがないわけである。
いくらか持ち帰って、母や村の人にも食べさせてあげたいと本気で考えてしまう程度には、庶民の食卓に上らないものである。
「……って、あ、エスト?」
牛に気を取られて気付くのが遅れたが、いつの間にか隣にエストの姿があった。その席に座っていたはずのアルヒドは、反対側の席に出向いて仲間たちと歓談している。
「どう? おいしい?」
エストの期待に満ちた眼差しがこちらを見つめてくる。
なんだろう、落ち着かない。
女の子だと知ってしまってから、妙に緊張してしまう。セトの言うとおり、エストはエストなのだと分かっているのに、なぜかこの大きな目を直視できないのだ。
気まずいというか、気恥ずかしいというか。
「う、うん……すごくおいしい」
「えへへ、よかった」
エストはニコニコとこちらを観察している。
あまり見つめられると、ますます居心地が悪い。
イスメトは表情がこわばっているのを悟られないよう、意味もなく杯を煽った。
【……オイ。肉ばっか喰ってねぇで、ちゃんと野菜も喰え】
ここにきて初めてセトが口を開いたかと思えば、なぜか偏食する子供をたしなめる親の口ぶりである。
「な、なんだよ……僕が何食べようが勝手だろ」
セトのせいで呑みたくもない麦酒を大量に飲まされた恨みはまだ忘れていない。
それに、農奴にとっては一生に一度もないような貴重な機会なのだ。どうせなら、普段は食べられないものを主に食べて帰りたい。
「ひょっとして、セトさんが食べたいんじゃない?」
「……え?」
エストに言われて、初めてイスメトもその可能性に気がついた。
確かにセトも言っていた。自分が食べたものは、セトも味わうことができる。供物みたいなものだと。
「そ、そうなの……?」
一応、本人に聞いてみる。
セトはしばらく押し黙っていたが、やがて面倒くさそうに呟いた。
【あァ……そーだよ。俺は肉は好かん】
意外な嗜好だった。
獰猛な肉食獣と言われた方がしっくりくる印象なのに。
「お前、草食だったのか……」
【動物みたいに言うんじゃねェ!】
別に侮辱したつもりではなかったが、セトは不機嫌になってしまった。
「へー、なんか意外だね! 人も神様も、表面だけじゃ判断できないってことかな」
一方、エストは無邪気な感想を漏らす。
表面だけでは判断できない――その言い方にはどこか含みがあるように思われた。
「その、エストはなんで――」
ようやく、エストのことを聞けそうな流れになったと口を開きかけたところで、広間の喧噪がより一層大きくなる。
酔っ払いが音楽家や踊り子と一緒になって騒ぎ始めたようだ。
「ちょっと、騒がしいね」
エストは苦笑する。
「こっち」
「えっ……?」
彼女はおもむろにイスメトの手を掴み、立ち上がった。




