強硬手段
エストは、広場全体に轟くほどの声を張り上げた。
「州侯ムアド! 彼には今、二つの嫌疑がかけられています!」
少年の処刑を楽しみにしていたはずの人々も、今やエストの一挙手一投足に釘付けである。
「一つは、無実の罪で〈砂漠の民〉たちを弾圧し、それによって民心を操ろうとしている嫌疑。そしてもう一つは……邪教の神に傾倒し、アウシットの守護神・アヌビスの信仰を脅かそうとしている嫌疑です!」
広場全体が鳴動したかのように、人々がどよめいた。
「邪教……?」
「ど、どういうことだ……?」
突然の告発に動揺する人々。
これには州侯も黙ってはいなかった。
「な……何を仰いますか、王女殿下! わた、私は敬虔なるアヌビス神の僕……」
先ほど、思いっきりセトに浮気していたような気もするが。
そしてそれ以前に、イスメトたちは知っている。
彼の屋敷の地下に何があったのかを――
「あなたが東の村に兵を差し向けている隙に、屋敷をさらに詳しく調べさせてもらいました。どうやら、神をこの世に呼び出し、使役する呪術の研究をなさっていたようですね」
「ふ……はは! 何をおっしゃいますか。そんな証拠がどこに……」
「ありますよ。そこに」
エストに指さされ、州侯は死体処理場の方角を見やる。
二人の視線の先には大きなソリがあった。山から切り出した岩などを運ぶ際に用いるものだ。ホルス神官団がどこからか縄で引いてきたものらしい。
そのソリの上には巨大な檻が乗っていた。
「な、なんだあれ!?」
「バケモノ!?」
たちまち群衆から悲鳴が上がる。
中に入れられていたのは大きなワニ――のように見える何か。
獅子に似たたてがみを生やし、前足はトカゲというより四足獣の特徴を備えている。そして、黒い下半身には丸太のような後ろ足が付いていた。
ワニ、ライオン、カバ。
三種類の動物を組み合わせたかのような、その姿はまるで――
「……アメ、ミット?」
イスメトの呟きを肯定するように、エストは人々に解説する。
「この哀れな合成動物は〈貪り食う者〉――女神・アメミットの魂を宿した聖獣です。呪術によって無理やり受肉させられ、ナイルをさまよっていたところを我々が保護しました」
エストが手を上げて合図を出すと、檻の傍に控えていた兵があろうことか檻のかんぬきを外した。
解き放たれたアメミットは、緩慢な動きで広場の中央――この場所へと近づいてくる。その体は、大の大人を丸呑みにできそうなほど。普通のワニだったとしても恐ろしい大きさだ。
イスメトが肝を冷やし、州侯が後ずさる一方で、しかしエストだけは異形の女神へと歩み寄る。
「アメミットは決して、罪なき人間に牙を向けることはありません。このように」
エストはアメミットの首に腕を回し、抱きつくようにしてその額に頬をつける。
アメミットは目を細め、ただその抱擁を受け入れていた。
「彼女は知っての通り、罪人の心臓を喰らう女神です。先日、相次いで発見された心臓なき死者たちは皆、彼女が神罰を下した罪人だったのです。書記たちの調べで、三人とも神殿の不正な裁判に関わっていたことが分かっています」
それを聞いた人々は顔を見合わせてざわつく。
風向きが、明らかに変わっていた。
「連続殺人は……あの少年の仕業じゃ、ないの?」
「俺はおかしいと思ってたんだ。あんな死体、人間業じゃねぇって」
「確かに、蛮族の子供がやったって言うよりは、アメミット様のお力と言われたほうがまだ……」
最初はいぶかしんでいた聴衆も、次第にエストに賛同する者が増えてきた。
言葉の内容以上に、彼女の『王女』という身分が大きいのかもしれないが。
――強硬手段って、こういうことだったのか。
「さらに女神は、私にこう語りかけました。この男……州侯が、彼女を呼び出し、呪術を用いた一方的な契約によって体の自由を奪おうとした、と」
エストが言うのは、あの地下で行われた儀式のことだろう。
しかし、神を操るなんてことが人間に可能なのか。イスメトは疑問に思った。
【……呪詛の類いなら、原理的には可能だ】
その疑問に答えたのはセトだった。
【人の願いは神の力となるが、憎悪や悪意は毒となり得る。特に、生け贄を用いた強力な呪詛は、神の心を惑わせ、時に自我を喪失させることもある――アポピスみたいなモンだ】
大神官が召喚した〈混沌〉の化身・アポピス。あれは周囲の人間たちを狂わせ、同士討ちをさせていた。
あの力を直接向けることができれば、神にも影響があるということだろうか。
「冥府の獣を受肉させ、操ることでいったい何をしようとしていたのか……アメミットの能力を考えれば、容易に推測ができます」
エストが語るのは、真実なのかハッタリなのか。
イスメトには判断がつかない。
ただ、今この場で重要なのは真実かどうかではない。『最もらしい』かどうかだ。
「ま、まさか……狙った人間の心臓を!?」
誰かのそんな一言で、人々は一層どよめく。そして誰もが責め立てるような目を州侯に向けた。中には罵声を飛ばす者もある。
その空気に後押しされるように、エストは語調を強めていく。
「アヌビス神に連なる女神が暴れ、罪もない人を殺して回ったとなれば……人々の不満はアヌビス神官団に向けられます。あなたはそれを狙っていたのではありませんか? ムアド州侯!」
「わ、私には、仰っている意味が分かりませんな」
当然ながら否定する州侯。
しかし、エストの言及は止まらない。
「あなたの屋敷の地下から、異様な宗教画も見つかっています。それはアヌビス神のものではありませんでした。名もなき異形の神です。敬虔なアヌビス信者であるはずのあなたの屋敷に、なぜあのような物が? 詳しくお話を聞きたいですね」
エストは、もはや有無を言わせる気など無いようだった。
「この男を捕らえてください!」




