死刑執行
「〈太陽の民〉たちよ! ここに吊されし少年は、連日の騒動の発端となった異教の使徒である!」
セトとの交渉が決裂したことで、イスメトを生かしておく理由がなくなったのだろう。州侯は死刑執行の前口上らしきものを人々に吹き込み始めた。
その全てが当然ながら濡れ衣であり、デタラメである。
【さァて、見物だな。俺の経験じゃあ、オメェみたいな〈依代〉には、二通りのパターンがある】
「パターン……?」
【大アタリか、大ハズレかだ】
セトはくつくつと笑う。
【俺は、運も実力のウチだと考えるタチでね……ここらで一つ、試してみようじゃないか。運命がお前を助けるか、それとも、見放すか――】
「運命、か……」
思えば、短い間に随分と色々なことがあったものだ。
セトに命を救われたのも、エストに出会ったのも、幸運と言われれば確かにその通りかもしれない。
【今のところ、テメェは幸運しか持ってねェんだ。これ以上ない判断基準だろゥ? ククク……】
つまり、セトがいつものように助けてくれることはないということだった。
「……僕が信仰を広めないと、困るんじゃなかったの?」
【ハッ! そりゃ最初はな。だが、今なら俺の呼びかけに応えそうな候補がいくらかいるだろう? お陰様でなァ】
――なるほど。〈依代〉も使い捨てか。
イスメトはここに至ってようやく、セトという神格を理解し始めた。
彼にとっては目的こそが全てなのだ。
イスメトを導くのも、村を守るのも、すべては己の信仰を広めるため。自分の力を取り戻すためだ。そして、いずれはこの国を――
それ以上でも、以下でもない。
少しでも目的を阻害する要因は――つまり僕は、捨ててしまっても構わない。
非情で、非常に、合理的だ。
「なら……もう僕から出て行けばいい。どうせ僕には何もできない。僕なんかより、アッサイやケゼムのほうが、きっとお前好みだろ」
【まァ待てよ。何もお前を見離そうってんじゃない。ただ試したいのさ】
セトは名残惜しむでもなく、淡々と続ける。
【お前は、俺から見りゃ間違いなく良物件だ。『アタリ』かどうかはさて置きな。お前が契約時に願った『死にたくない』という願い。こいつァ良い。最高だ。その願いが消えねェ限り、テメェはテメェの意志でこの依代契約を破棄することはできないんだからな。楽だぜ? 〈依代〉の裏切りを考えなくて済むのは……ククク】
確かにイスメトは願った。まだ生きていたいと。
生か死か。選ぶならどちらだとセトに問われて。
しかし、その選択が――願いが、このような制約として機能するなどとは夢にも思っていなかった。
「あ、はは……随分と、不利な契約なんだな……」
【あァ? 当然だろ。誰が虫ケラと対等な契約なんか結ぶかよ】
死にたくない、まだ生きたい。
生物の本能としてそう思い続ける限り、イスメト側からセトとの契約を破棄することはできない。
一方でセトは恐らく、いつでも契約を自分から破棄してイスメトの体から出ていけるのだろう。
【ただなァ……テメェの問題点は『自己矛盾』だ。『他者のため』という信念が強すぎて、『願い』と『思い』の狭間で葛藤が起こった。これじゃあ俺も、いざという時に十分な力を発揮できねェ】
自己矛盾。図星すぎて何も言い返せない。
【テメェは現状、俺にとっちゃァ諸刃の剣。だが、ニンゲンってのは面白ェ。時偶に、神には感知し得ない『何か』を持っていることがある。オマエにもソレがあるなら……『大アタリ』かもしれねェ。だから一度、試すのさ。テメェの『運命』ってヤツをなァ】
イスメトにはセトの考えが理解できなかった。
つまり『運』任せということだが、こんな状況で何がどう上手く転ぶと言うのか。その確率はいかほどのものなのか。
見放したと言われたほうが、諦めもつくというものだった。
【ハッ、分かってねェな。戦神にとって『甘さ』は最大の命取りなんだよ。それこそ、その欠陥を補って余りある『強運』でもない限り、な】
「構え!」
州侯の号令で、いよいよ処刑人が槍を構える。槍を握るのは、イスメトをここまで担いで来たあの壮年の男だった。
次の合図で、槍はイスメトの腹へと突き立てられ、血と生命を地面にぶちまけることになるのだろう。
恐らく即死はできない。苦しみながら死を迎えるように加減をされる。
集まった民衆にとって処刑は一種の娯楽なのだ。
それは、父の処刑で嫌というほどに見せつけられた。
「……っ」
手が震える。足も。全身が。
死にかけたのはこれが二度目。しかし、最初の死は唐突だった。死ぬことの意味すら意識する間もなく、気付けば神に――セトに祈っていた。
ゆえに、これが初めてと言ってもいいだろう。
イスメトが死への恐怖に囚われるのは。
――父さん。
しかし、その暗く深い闇の奥底にさえも。
――ごめん。
父の背があった。
――せっかく、無実を証明したのに。
父はこれから、罪人を産んだ存在として広く認知されることになるだろう。邪教徒の始祖だと罵られるかもしれない。冤罪すら覆される可能性もある。
母も、村も、きっとただでは済まされない。
もしかしたらその辺はセトが上手くやるつもりなのかもしれないが、どのみちイスメトには知り得ないことである。
――いっそ僕が死ぬことで、僕に繋がる全ての人との縁も切れて、悪いのは僕一人だって、そう思ってもらえればいいのに。
【ハッ。またヒトの心配してやがるぜ。筋金入りだなオマエ……】
セトの呆れたような声が、イスメトがこの世で聞く最後の言葉となる。
――はずだった。




