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ゲス野郎

 イスメトは、町の入り口にある広場に連れてこられた。

 両の手首・足首を縛られた上に、地に刺さる処刑用の杭に全身を縛り付けられている。杭の両脇にはイスメトを連行した例の二人組が如才なく控えていた。


 ここは、昔から処刑場・晒し場として使われている場所だ。近くには死体処理場もある。

 大罪人は処刑された後、杭の上に腹を突き刺された状態で数日間、晒しものにされるのが通例。このままではイスメトも、父と同じ最期を迎えることになるだろう。

 広場の外周は官兵が取り囲んでいる。彼らの隙間から、野次馬たちの頭が(うごめ)いているのが見えた。


「気分はどうだね、大罪人」


 州侯がイスメトの前までやってくる。両脇の二人が頭を下げて敬意を示した。


「……濡れ衣だ」

「罪人は皆そう言う。お前の父親もそうだったな。そうそう、ちょうどこんな具合に杭に縛り付けられていた」

「――ッ!?」


 州侯の言葉の意味を理解するのに、イスメトは数刻を要した。


「まったく見苦しいものだったよ。自分は無実だと、最期まで譲らなかった。罪を自供(・・)し、村の女を何人か献上すれば情状酌量の余地もあると教えてやったんだがな。まったく頭の悪い男だよ」

「ッ! なんだって!?」


 イスメトの全身に力が入る。しかし、後ろ手に縛られた腕も、キツく閉じられた足も動かない。

 神殿の牢屋から脱出した時のようにセトの力を使おうと試行錯誤してみるが、反応はなかった。せいぜい杭が微かに揺れただけである。


 ――セト、頼む! 力を貸してくれ……!


【あァあァ、うるせェうるせェ。赤ん坊の泣き声は耳に障るな】


 少年の必死の抵抗を、セトは小馬鹿にしたように笑う。

 怪力も〈支配の杖(ウアス)〉も、イスメトの意志を尊重して現れることはなかった。


「フン! なんと野蛮な目だ。やはり罪人の子は罪人だな」

「父さんを……死者を愚弄するな!」

「うるさいわ!」


 州侯はイスメトの口を手の平で押さえ込み、後頭部をグリグリと杭に擦りつける。


「これ以上、お前と話すことはない。私が語らいたいのは、お前に宿る神の方だ」


 州侯はイスメトの頭から手を離すと、一呼吸置いて姿勢を正す。そして、まるで神像に拝礼するかのようにその場に膝をついた。


「古の神よ。聞いておられますか? アヌビス神官団はあなたの扱いについて揉めているようですが……私はあなたを歓迎する所存です」

【あァん……? なんだ貴様。俺様の声が聞こえてんのか?】


 セトの問いかけに、それらしい返答はない。

 どうやら州侯は()()があるタイプの人間ではないようだ。

 州侯は、イスメトの中でセトが聞いていることを前提にか一方的に喋りだした。


「その素晴らしき戦神の力、小さき村の守護神にしておくには勿体ないお力です。あなたが私にお望みくだされば、あなたの神殿をこの地に新たに建設し、この州の守り神といたしましょう」

【ハッ。こいつァ笑えるな……】


 州侯の手から解放され、咳き込んでいたイスメトは、息つく間もなくセトによって口を奪われる。


「【……我は砂漠の神・セト。呼びかけに応え、言葉を交わそう。州侯よ、汝は我が力を欲すると?】」

「いいえ! 私はただ、あなた様の奇跡に心を奪われた一信者にすぎません! 見返りなど不要、ただあなた様の信仰を広めるお手伝いをいたしたく……」


 わざわざ口を奪ってまで、州侯と言葉を交わしたセト。


 ――まさか、〈砂漠の民〉を裏切って、州侯の側につくつもりなのか?


 イスメトの心に不安がよぎる。

 確かに権力者が味方につけば、神殿の補修も増築も現実的な話になる。合理的に考えれば、その方がセトにとっては得だ。


 ――でも、この妙な口調はなんだろう。


 最悪の事態を恐れる一方で、イスメトは州侯に対するセトの態度があまりに仰々しすぎることに違和感を覚えてもいた。

 その違和感の正体は、すぐに判明することになる。


「【ほう? ならばもっと近く。我に顔を見せよ……】」

「ははっ……! ありがたき――」


 州侯が一歩踏み出した、その時である。


「しぶォッ――!?」


 セトは州侯の顔面めがけ、一切の容赦がない頭突きをかました。

 勢いで杭がしなり、両脇の官兵が咄嗟に身構える。が、縄が解けるようなことはなかった。

 州侯は鼻血を垂らして無様に仰け反る。その顔は突然の事態に困惑している様子だ。

 イスメトはというと、額の痛みに人知れず悶絶していたのだが、頭の主導権は未だセトに奪われたままだった。


「【ハッ! 俺がお前に望めば(・・・・・・・・)、だと? うぬぼれてんなよニンゲン風情が! 神を相手に懇願すべきはまずキサマの方だろうがァッ!】」


 脇で「ひゅー。こわやこわや」とおどけて見せたのは壮年の官兵。

 州侯は目に怒りを(たた)え、イスメトの頬を平手打ちする。

 しかし、セトは動じない。口内に滲む血を唾とともに州侯へと吐きつけ、なおも続けた。


「【弱者潰して、甘い汁を舐め回すだけが能の変態ゲス野郎は失せな! ハエ以下の分際で、俺様に気安く話しかけてんじゃねェ】」

「~~……っ! な、なんと無礼な!」


 ――ほんと、自分だってゲス野郎のくせに。


 セトの言葉にそんな感想を抱きつつも、イスメトは心のどこかで安心した。

 セトの方針の全てに賛同することはできない。

 しかしそれでも、彼はやはり信じるに値する神だ。死ぬ前にそう確信できただけでも良かった。


【ハッ! テメェは甘ったるくて吐き気がする『汁』そのものだがな。勘違いすんなよクソガキ。別にお前をここから助けてやる気もねェ】

「ああ……分かってるよ。もう……」


 セトの言うとおり、自分は『甘い』のだろうとイスメトは回顧する。


 考えてみればセトはイスメトの最初の願いを――『死にたくない』という思いを叶え続けるために、常に最良の道を選んでいたに過ぎなかったのかもしれない。力が衰えている中であっても実直に。

 一人では何もできない、こんなお荷物を守るために。


 ――そりゃ、見放されて当然か……。


 州侯は鼻を抑えながら、逃げるようにイスメトから距離を取る。

 そして、広場の中央で声高々に叫んだ。

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