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嵐の化身

 村に戻ったイスメトは、事情を話して母を長老の家に預けた。

 本当にアメミットとやらがイスメトを狙ってくるなら、一緒にいるのは危険だ。セトがいるとはいえ、備えるに越したことはない。

 幸い、イスメトの家は村の端。寝込みを襲われても、被害はイスメト一人で済むだろう。


【まァ、寝ろよ。いざとなりゃ起こしてやる】


 セトはそう言ってくれたが、命を狙われていると思うとなかなか寝付けるものでもなかった。

 結局、どれくらい眠れただろうか。幾度となく浅い眠りと覚醒を繰り返して、イスメトは空が白んできたことに気付く。間もなく夜明けだ。


「結局……何も、起きてな……」


 大きなあくびが出た。気を張りすぎた。


【鍛錬が足りねェな。戦士は寝れるときにしっかり寝るもんだぜ】

「あ、はは……肝に銘じるよ」


 とりあえずは、何もなかったことを喜ぶべきだろう。

 そう思っていた矢先のことだった。


「イ、イスメトーっ!」


 ケゼムが息を切らしながら戸口に駆け込んでくる。

 はて、以前もこんなことがあった気がする。そうだ、あれは確か、神官たちが村に乗り込んできたとき――


「こ、今度は官兵が来た!」


 イスメトは寝不足で痛む頭を抑えた。

 官兵とはつまり国軍。州侯の手の者に違いなかった。

 イスメトは例のごとくチーズを口に放り込んで、村の中央へ急ぐ。広場にはほとんどの村人が集まっていた。

 村の入り口には、アッサイ率いる村の荒くれ男たちが武器を携えて揃っている。

 彼らが睨みつける先には、武装した兵士数十名。そして、見覚えのある髭面の男がいた。


【おっと、本人がおいでなすったか。どうやらクロで確定らしい】

「で、でも……他の人はそう思ってないみたい……」


 州侯と官兵たちのさらに後方には、一般人と思しき人々も集まってきていた。おそらくは全員〈太陽の民〉だろう。


【民衆を焚き付けたか。ハッ! つくづくここの連中は、身代わり人形を作るのが好きみてェだな……!】


 州侯が何をどう吹聴して回ったかは、口々に野次を飛ばす人々の様子からおおよそ察しがついた。


「人殺しの蛮族はこの州から出て行け!」

「神官殺しの異教徒どもめ!」

「反逆者の末裔! 恩知らず!」


 こんな具合である。


「ま、また……戦わなきゃ、なのか……」

【あっちはそのつもりだろうな】

「か……勝てるの?」

【さァてな。正直、ちと分が悪い。今回は神術師が混ざっていやがるようだ】


 イスメトは官兵たちを改めて注意深く観察した。

 後方で弓を構える兵たちの中に、エストが持っていたのと同じような護符を首からさげた者が複数人いる。


【神力の打ち合いになりゃ、乱戦は必至だ。癪だが、今の俺の力ですべてを捌けるかは怪しい。真っ正面から戦えば、確実に何人か死ぬぞ】

「と、とにかく……まずは話し合いを……」


 セトに言われるまでもなく、争いは避けたい。

 一か八か、イスメトは交渉をしてみることにした。


「……奴ら、お前に話があるそうだ。気をつけろ」


 アッサイの言葉に頷きつつ、進み出る。

 州侯は待っていたと言わんばかりに声を張り上げた。


「見よ! あの少年だ! 偽りの神の名を騙り、人々を呪い殺した悪党!」


 ――ああなるほど。今度はそういう『設定』か。


 昨日机を挟んで対面した時とはまるで違う、攻撃的で威圧的な目がイスメトに注がれる。

 この人はこうやって、いつも演技をしているのだろうか。

 自分は民を守る正義の味方だと。


「僕らは……無実です。昨日の調査でも、証拠は出なかったはず。それでも罪を押しつけるというのなら……裁判を、要求します」


 イスメトの静かな反論に、しかし州侯は眉一つ動かさず、鼻で笑った。


「神兵どもの調査が何の役に立つ。そもそも、神殿の裁判が当てにならないことは、他でもないお前たちが証明したことだろう」

「な……」


 州侯の合図で弓兵たちが弓をイスメトに――〈砂漠の民〉に向けて構える。

 これには荒くれたちも黙ってはいなかった。


「おい! ロクに調べもしねぇで何が人殺しだ、ふざけんな!」

「神殿の不祥事だって、そもそもテメェらの監督不行き届きだろうが!」

「俺たちの神を侮辱するんじゃねぇ!」


 イスメトは唇を噛みしめる。


 ――結局、僕らの平穏は、戦うことでしか得られないのだろうか。蛮族と罵られても、戦うことでしか?


 〈砂漠の民〉の遠い祖先は、戦争を引き起こした反逆者だったと言われている。

 しかし、それは大昔のことだ。

 人の命は短い。差別の発端となった歴史の一幕など、ここにいる者は誰一人として知らない。

 それなのに、どうして彼らは断言するのか。

 なぜ、こちらの言葉に耳を貸さないのか。

 たった一人の嘘つきの言葉を、簡単に信じてしまうのか。


【よォ青少年。悩むのも結構だが、状況を見な。こうなりゃやるしか道はねェ。蛮族? 結構! 派手に行こうぜ】


 イスメトは首巻きをギュッと握りしめた。

 

「フン、農奴の分際で、主人への口の利き方も分からんようだな」


 州侯が腕を上げた。が、斉射の合図は出ない。

 まるでこちらが仕掛けてくるのを待っているかのようだ。


【ハッ! 小賢しい。村を囲んでおいて、あくまでも正当防衛を気取ろうってか】


 事実、一方的な罵声を浴びせられて、村の荒くれたちは一触即発の状態になっていた。


「【おいテメェら! 無駄死にしたくなかったら、全員跪いてセト様に祈りな!】」


 突如、セトがイスメトの口を使って叫んだ。

 と同時に、イスメトの手に〈支配の杖(ウアス)〉が現れる。

 色めき立っていた村の男たちは突然のことに戸惑い、顔を見合わせたが――


「我らが神に従え!」


 アッサイの咄嗟の号令で、武器を下ろした。

 アッサイはどうやら、イスメトの言葉をセトの言葉と解したようだ。

 州侯は事態を計りかねているのか、微かに眉を動かす。


【小僧、ちぃとデケェのかます。体を使わせてもらうぞ】


 心臓に悪いので、できれば口を使う前に言ってほしいものである。が、今はそんな細かいことを気にしていられる状況でもなかった。


「……わ、わかった」


 イスメトは、単なる了承のつもりでその言葉を発した。

 しかし、神と交わす言葉は時に、魔術的な『現象』を生み出す。


 セトに返答した直後、イスメトは自分の意識が体の奥底に引き込まれていくのを感じた。同時に、それまで視覚だけに頼っていた認知の世界が、まるで空の上から自分を見下ろしているかのような俯瞰的なものに置き換えられていく。

 目に見えているわけではない。ただ、感じるのだ。

 代わりに、体の主導権は完全にセトのものになっていた。


「【我は吹き荒れる砂塵にして、嵐の化身。集え暴風。岩となり壁となり、我が神域を覆い隠せ――!】」


 セトが呪文を唱えながら〈支配の杖(ウアス)〉を片手で構えたのと、州侯が射撃の合図を繰り出したのとは、ほぼ同時のことだった。

 セトの振り抜いた杖が地を抉る。それによって巻き上げられた砂は、勢いを落とすことなく宙を舞い、やがて暴風の一部と化す。


 人間たちは驚嘆した。


 誰もがその見開いた目に、竜巻と見紛うほどに巨大な旋風を写している。村全体を内側に包み込むようにして発生したその恐るべき天災は、降り注ぐ矢の雨をことごとく弾き飛ばし、なおもその場に留まって唸りを上げる。

 まるで、風の防壁である。


「【ほォん、なかなかの規模だ……悪くねェ】」


 セトは満足げに渦の中から天を仰いだ。

 渦の外側では、前衛の兵たちが暴風に巻き上げられ隊列を乱している。一方で、渦の内側にある村は驚くほどに静かだった。


「【さァ、〈砂漠の民〉どもォ! テメェらの信仰心を示すときだ! その祈りが本物なら、嵐はお前らの脅威が去るまでここに留まり続けるだろう!】」


 セトの一喝に、まだ戸惑っていた村人たちも平伏した。もはや誰もが、少年の口から発せられた言葉を神の声と信じて疑わなかっただろう。

 それを見届け、セトはアッサイの元へ歩み寄る。


「【……神殿は、アレでもまだ中立だ。書記の小僧にも何か考えがあるらしい。風がやんだら神殿へ行け。奴らは俺が引きつける】」


 そう耳打ちすると、セトは社の屋根を踏み台にして跳躍した。壁を走るかのごとく風の渦を駆け上がり、そのまま外へと飛び出す。

 そして、落下の勢いのまま〈支配の杖(ウアス)〉を地に突き立てた。

 隊列を組み直そうとしていた官兵たちが衝撃に吹き飛ばされる。その一撃を免れた者も、驚愕に目を見開いて後退りした。


「【よォ……俺はこの地に住まう古い神だ。どうだ? テメェらの神にこんなことができるか?】」


 セトは杖で自分の肩をポンポンと叩きながら、不敵に笑ってみせる。

 その背後から斬りかかってくる男の影。

 しかし男は、瞬時に左手へと持ち替えられた〈支配の杖(ウアス)〉の軌跡に誘い込まれるように首をへし折られる。

 振り向く必要すら、セトには無かった。


「【地に伏し、許しを請う者には慈悲を――】」


 セトの歩みと呼応するように、足下の砂がサラサラと渦を巻く。

 後ろの竜巻に比べれば、ほんのそよ風。しかし、それでも人の目には神の奇跡以外の何物にも見えなかっただろう。


「【それ以外には等しく、渇いた死を――!】」


 セトの一喝に、怖じ気づいた者たちは武器を捨てて降伏した。一方で、逆上した者たちは飛んで火に入る羽虫のごとく、セトに襲いかかってはその足下に崩れ落ちていく。

 野次馬たちは、ただ逃げ惑うのみ。


「【ハッ……さすがに、この程度の脅しにゃ屈しねェか】」


 だが、そんな彼らはそもそもセトの眼中にはなかった。

 セトの視線の先で、隼の護符を身に着けた神術師たちが矢を放つ。

 と同時に、セトは地を蹴った。足下で砂が爆風のように巻き上がり、その人間離れした脚力を証明する。

 セトは光り輝く幾本もの矢を正面から避けると同時に、神術師たちの隊列をも風のように跳び越えた。その勢いのまま、町へと続く坂を疾走する。

 しかし、どうしたことか。そんなセトの背を追うのは、たった今避けたはずの矢弾の群れだった。


【チッ。どいつもこいつも鳥頭を崇めやがって……イラつくぜ】


 その悪態からして、光の矢はホルス由来の神力を帯びているようである。

 セトは立ち塞がる歩兵たちの頭上も跳び越え、背後に迫る光の刺客を空中で回転して薙ぎ払う。が、着地し進路を変えようとも、打ち漏らした矢と、新たに放たれた矢とが、なおもセトに食らい付かんと追走していた。

 まるで獲物に狙いを定めた隼のように。


「追え! 異端の神を捕えろ!」


 セトを追い立てるように隊列が移動を始める。

 ひとまず村から兵たちを引き剥がすことには成功した。問題はここからどう立ち回るかだ。

 セトは強い。しかし、神術師の攻撃を振りほどくのには苦心しているように見える。本人も言ったように、現状、神同士の力比べでは押し負けてしまうようだ。

 あの大きな竜巻も、恐らく連発できるようなものではないのだろう。一向に使う気配はない。


 ――どうする気なんだ、セト。


【ハッ……どうするって? 決まってんだろ】


 イスメトの焦りを感じ取ったのか、セトは口を使わずに呟く。


【逃げんだよ】

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