三人目の犠牲者
翌日から、調査は二手に分かれて行うことになった。
エストは〈太陽の民〉の村、イスメトは〈砂漠の民〉の村で聞き込み調査を開始する。
「おぉ……ミウちゃん、そんなところにおったんかえ?」
イスメトは北の村――同じ〈砂漠の民〉が住まう、別の集落にやって来ていた。
諸事情あって、今は右腕に子猫をかかえ、左手で頬を抑えている。
そんなイスメトから子猫を受け取ったのは、北の村の長老。かなり高齢の老婆だった。
【……お前は、人の頼みを断ることも覚えろ】
「耳が痛いよ……」
イスメトは当初、事件の捜査をしていた。しかし、気付いたら長老の飼い猫の捜索、および遊び相手をさせられていた。
途中、誤って親猫の尾を踏んでしまい、左頬に横三本の線が刻まれた次第である。
「おぉ、おぉ、助かったわい。東の村の若いの……ええっと、イシメト?」
「イスメトです……」
「ふむ……して、何の話じゃったかのイスムト」
終始こんな具合で、要件をちゃんと飲み込んでもらうまでに小一時間はかかった。
「うぅむ……獅子か。覚えがないのう……」
そんなイスメトの努力もむなしく、長の家で有力な手がかりは得られそうになかった。
「じゃあ、他に何か変わったこととかありませんでした……?」
「変わったことのぉ……おぉ、そういえば、東の村に神が現れたとか」
それは知っている。むしろ当事者だ。
この村で行なわれた祭りで酔い潰された記憶すらある。
「ああ……セト神ですね。〈砂漠の民〉を守護してくれるそうなので……よかったらコレどうぞ」
とりあえず小さなセト像を渡して布教しておいた。
「ふむふむ……こりゃあ変わった猫の像じゃわい……」
せめて犬と間違えてほしかった。
そういえばセトは結局、何の動物の頭をしているのだろうか。訂正しようにもよく分からない。
【……想像に任せる】
本人に聞いても毎度はぐらかされていた。よほど言いたくないらしい。
北の村での捜査を終えたイスメトは、早々に自分の村に戻ってきた。
東の村にこそ犯人はいないと思いたい。が、捜査をする以上、身内贔屓の先入観はよろしくないだろう。聞き込みはしっかり行うことにした。
「おおイスメト。どこ行ってたんだ?」
「北の村です。その……布教活動? です」
最近は歩いているだけで皆から声をかけられる。罪人の息子と思われていた以前と比べて、随分と居心地のいい村になったと思う。
「そいつはご苦労だな。ビール飲むか?」
「い、いえ……! セト神へのお供えは社に……」
が、別の意味で過ごしづらい昨今の情勢である。
村人は残念そうに麦酒の入った大振りの壺を引っ込めた。勧めるにしても、せめて小さめの杯にしてほしい。
その後、長老宅では、
「ライオンかぁ……そもそもここいらじゃ、あんまり見ねーよなぁ」
とケゼムたち。
「ライオンか、不審な人物? いや……知らんな」
さらにアッサイ宅でも、これといった情報は得られなかった。
むしろこの村では得られない方が好ましいのだが、あまりに進展しない捜査にイスメトは焦りを覚え始めていた。
「事件があったのはいつだ?」
「一件目は四日前。二件目は昨日だよ」
「昨日か……」
アッサイは自宅を出て村を見渡す。
「四日前は分からんが、昨日は誰も村から出ていないと思うぞ。お前以外は」
「そう……」
つまり、手がかりゼロである。
「しっかし、死体から心臓だけ抜き取るって……かなりやべぇヤツだよな」
途中から捜査に付き合ってくれていたケゼムが顔をしかめた。
心臓は魂の在処だ。埋葬時に心臓が無いと、死者は楽園――来世に転生することができなくなると言われている。
「よっぽど恨みがあったのかもね……」
殺されたのは、不正が横行していた大神殿の神官だ。憎しみを買っていた可能性は十分にある。
しかし、そうなるとアウシット州に住む全員が容疑者である。
後はもう、神殿の記録を当たっているエストの仲間たちに任せるしかないような気がしてきた。
「ん? そう言えば、心臓って……」
ふいにケゼムがこちらを凝視してくる。
「な、なに……?」
「いや、まさかとは思うけどよ……セト神がやったとか、無い?」
「ええっ!?」
「ほらお前、前に言ってたじゃん。セト神に心臓を渡したとか何とか……」
ケゼムはどうやら、イスメトが冥界で行なったセトとの契約についてを言っているらしい。
「人間の心臓が実は好物、とか……」
「そ、そんなワケ……」
――いや、無いと言い切れるのか?
イスメトは思い出す。自分には、セトが初めて神殿で暴れた時の記憶が残っていないことを。
つまりイスメトの意識が眠っている間は、仮にセトに体を操られていたとしても分からないのだ。
「な、無いよな……?」
【……なぜ聞く。あるわけねェだろこのクズが】
「よ、よかった」
そうそう、ちぃとニンゲンの心臓が喰いたくなってついなクハハ――などと言われた日には、イスメトは聖水をがぶ飲みした上で一日中、便所にこもらねばならないところだった。
そんな想像をしただけでも気分が悪い。
【ん、待てよ。心臓を……喰らう?】
「ど、どうかした……?」
セトは何か思いついたのか、しばらく考えるように黙した。が――
【いや、そんなことは起こりえねェな……俺の思い違いだ。忘れろ】
結局、東の村の調査でもロクな収穫を得られぬままに日が暮れた。
しかし翌朝になって、自体は急展開を迎える。
「た、大変だぁっ! 川で誰か死んでるぞ!」
そんな村人の叫び声から、騒々しい一日は始まった。
イスメトが駆けつけると、ちょうど男たちの手で死体が河原に引き上げられているところだった。
「これは……むごいな」
アッサイは険しい表情でその死体の傍にしゃがみ込む。
死体の胸には、やはりあの穴がある。血は水に流れてしまったのか、さほど目立たない。が、代わりに生者ではあり得ない真っ青な皮膚が、男の死を如実に物語っていた。
顔は恐怖に引きつっている。
死の直前、この引んむかれた目玉にはいったい、何が写っていたのだろうか。
「これで、三人目……」
【面倒なことになりそうだな】
セトの言わんとしていることはイスメトにも理解できた。
今回の被害者の服装には、これといった特徴がない。神官の帽子だとか、毛皮だとか、書記の証だとかいったものは一切身に着けておらず、いたって平凡な農民に見えた。
「うぅむ……知らぬ顔じゃ。西か、南の村の者じゃろうて」
「ナイルから流されて来たなら、西の村の者でしょうな……」
長老とアッサイの話がイスメトの予想を裏付ける。
第三の被害者は〈太陽の民〉の農民。上流で殺されて川に落ち、そのまま大河の支流に沿ってここに流れ着いた――というのが、この村の誰もが考えるシナリオである。
しかし、〈太陽の民〉が同じように思ってくれるかどうかは、また別の話だった。
「全員、村から出るな! 順番に取り調べを行なう!」
案の定、事情を報告した途端、高圧的な神兵たちが村を占拠した。
完全に『容疑者を匿っている村』扱いである。
「死体は西から流れてきたと思われるのだが……」
「お前たちが嘘をついていないとも限らない。念のため、村を調べさせてもらうぞ」
一応、アッサイが神兵の一人に状況を説明していたが、あまり話の分かる相手ではないようだった。
「――ああそうか。なら、好きなだけ時間を潰していけ。俺たちは逃げも隠れもしないからな……!」
セトの〈依代〉であるイスメトは真っ先に疑われたが、その分、解放されるのも早かった。ただ、村から出る許可は得られなかった。
どのみち神兵たちの動向も気になる。イスメトは村を見渡せるセトの社の前に座り込んで、事態を静観することにした。
アッサイの家族というだけで、七歳や四歳の子供までもがクドクドと尋問される様は、苛立ちを通り越してイスメトを呆れさせる。
「イスメト! だいじょうぶ?」
しばらくしてエストが顔を見せるまで、そんな無意味で執拗な取り調べがネチネチと続いていた。
「まあ……ね。天秤を持ってきて冤罪をかけられたりは、今のところしてないよ」
皮肉たっぷりに言うと、エストは申し訳なさそうに肩をすくめる。
「ごめんね。あまりに捜査が進展しないものだから、皆、分かりやすい状況に飛びついちゃったんだよ……たぶん」
「……それこそ何も進展しないだろうに。暇な奴らめ」
イスメトと同様に、広場から神兵たちの動きを見張っていたアッサイも会話に加わった。
「それで? 書記様の見解はどうなんだ」
「うーん……とりあえず、この村の人の犯行とは考えにくいかな。ようやく食料問題が一段落したのに、今、大きな事件を起こしても村にはデメリットしかないし」
これまた論理的な意見である。
選民意識と感情で動くしか能のない他の奴らにも、ぜひ伝えてやってほしい。
「こうしてても時間の無駄だよ。それに、今日はホントは別の用事でイスメトを借りに来たんだ」
「別の……?」
イスメトが視線で問いかけると、エストは声を落とした。
「州侯の件で、ちょっと調べたいことができてね。キミがセトさんと一緒に来てくれたら、すごく心強いんだけど……」
「それはもちろん良いけど……あいつらが許してくれるかな」
「ボク、説得してくる!」
エストの口添えで、なんとかイスメトだけはひとまず村を出ることを許される。
そうしてイスメトは、町の中央にある州侯の屋敷へと向かうことになった。
「例の持ち出された麦ね、どうも州侯の屋敷に運び込まれたようなんだ」
これはまた、きな臭くなってきた。




