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父への手向け

 神殿での騒動が一段落した後も〈砂漠の民〉の間では一騒ぎがあった。

 と言っても、悪い意味ではない。

 困窮していた〈砂漠の民〉を救い、加護を与え給うた力偉大なる神・セト神を讃える祭りが各集落で行われたのだ。

 当然ながらセトの〈依代〉であるイスメトは引っ張りだこになっていた。


【クハハハッ! 良い心がけじゃねェか。酒だ! 酒を持ってこい!】


 セトが無類の酒好きだったがために、イスメトはあちこちで麦酒を死ぬほど飲まされることになる。ケゼムが熱狂する人々を止めてくれなかったら、一日目は本気で危なかった。

 二日目からは飲んだふりをしてこっそり吐き出す芸を身につけた。麦酒が嫌いなわけではない。ただ、量が量なのだ。


「……なにも僕が飲む必要、ないよね?」

【いいや、ある。お前の体は俺の体だ。お前が食ったモンなら、俺も味わうことができる】

「そう……じゃあ、セトが嫌いなモノを食べて嫌がらせすることもできるんだな?」

【ククク……生憎だが、お前の食ったモンは俺にとっちゃ供物みてェなもんだ。嫌なら受け取らなきゃいいだけの話だぜ】


 なんて一方的な一心同体なんだろう。

 納得がいかないイスメトだった。


【そんなに酒が嫌なら、俺の神像を建ててそこに供えさせろ。それで十分だ】


 もっと早く言ってほしかった。


 そんなこんなで、東の村ではセトの社を建てようという話になった。

 本来ならば神職に依頼することだが、あんな事件の直後だ。神殿に頼ろうと思う者は誰一人としていなかった。

 こうして、村人総出の材料集めと工事が始まることになる。


「イスメト、少し付き合え」


 イスメトが木の伐採作業を手伝って一息ついていると、アッサイが声をかけてきた。

 二人が向かったのは村の外れの岩山。

 彼らの先祖が眠る、地下集合墓地カタコンベがある場所だった。


「アッサイ……? なんで墓なんかに……」

「ほら、あれを見てみろ」


 促され視線を向けた先には、数人の村人たちがいた。村から運んできた木材で何かを作っているようだった。


「……棺?」


 その形状から想像した物の名を口にする。

 しかし、先日の騒動で犠牲になった人々の埋葬は数日前に終わったし、それ以外に誰かが死んだという話も聞いていない。

 疑問に思っていると、アッサイが笑みを見せた。


「村一番の戦士には、上等な棺を作る決まりだからな。無かったろ、棺」


 言われてようやく、イスメトはハッとする。

 彼らは父・イルニスのための棺を作っていたのだ。罪人ということで最も粗雑な埋葬をされた父の。


「おいジタ! お前イスメトになんか言いたいことがあるんじゃなかったのか?」

「えっ、ジタ……?」


 アッサイに呼びつけられて、棺作りをしていた人々の中から本当にジタが顔を出した。

 まさか彼がここにいるとは思っておらず、イスメトは目を瞬かせる。


「……」


 ジタは面倒くさそうに顔をしかめながらも、渋々といった様子でこちらに歩み寄ってくる。そしてイスメトの前で止まると、目も合わせずにボソボソと呟いた。


「……悪かったよ、今まで。それと……あのときは、助かった」

「い、いいよ……もう……」


 イスメトがそれだけ言うと、ジタは村の方へ走って行ってしまった。

 アッサイが呆れたようにため息をつく。


「あれ見ろよ。ジタが集めてきたんだ」


 イスメトはアッサイの指す方へ視線を移した。

 棺作りが行われている近くの岩場に、ザルが置かれていた。

 中には細々とした副葬品が十個は納められている。そのどれもが、死者の魂を死後の世界で守ってくれるとされるものだった。


「自分で渡せって言ったんだがな……世話の焼ける奴だよ、まったく」


 イスメトは思わず苦笑する。そして、とうに忘れかけていた古い記憶をふと思い出していた。

 同じ年に生まれたイスメトとジタ。初めて父の狩りを見に行った時は、彼も一緒だった。村で一番の戦士よりも大きな獲物を捕まえるんだと二人だけで河に出て、こっぴどく叱られたこともあった。

 なんの遠慮も悪意もなく、互いが互いの名を呼び合っていた頃の他愛もない記憶。


 ――そうか。そうだったな。僕たち、友達だったんだ。


 イスメトはザルを手に取り、岩の隙間から地下墓地へと降りていく。入り口に立てられていた松明を拝借して、父の元へと歩いた。


「久しぶり、父さん」


 蜘蛛の巣を払い、父の傍に膝をつく。布に包まれた遺体は、石の寝台にそのまま横たえられているだけだ。

 イスメトは遺体を包む包帯の隙間にジタから貰った護符を差し込んでいった。

 気休めかも知れない。もう父には届かないかもしれない。しかしそれでもいい。大切なのは生者の気持ちだ。

 愛する者の魂の安寧と、新たなる目覚めを願う思いだ。


「きっと父さんなら、こんなお守りなんかなくても自力で楽園アアルに辿り着けたよね……でも、これはジタの厚意だから」


 父の雄姿も、潔白も、今では村の誰もが疑いはしない。

 これらの副葬品は、その証拠として父に捧げよう。


「僕は……僕らはもう、大丈夫だよ」

【本当か?】


 一瞬、父に返された言葉かと錯覚した。が、すぐにこれはセトの声だったと思い直す。

 セトはそれ以上言葉を続けはしなかった。イスメトも聞き返すことはなかった。その必要はないと、両者ともが分かっていた。


「……そうだな。まだダメだ、このままじゃ」


 イスメトは意を決して、立ち上がった。

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