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俺たちの神

 牢のある建物から脱出すると、一同は広い庭に出た。

 アヌビス大神殿は本殿を囲うように中庭が広がっており、その外周に各施設が点在している。牢は穀物庫と医療施設の間に位置していた。


 不正の証拠を探すにせよ、一旦脱出するにせよ、この庭の中をどう見つからずに移動するかが目下の課題だ。


「見張りは……近くにはいないようだな。各施設の出入り口に多くて二人か」

「エスト、裁判記録ってどこにあるの?」

「多分だけど、本殿の書庫だよ」

「またあそこに戻らなきゃならねえってことか……」


 植え込みに隠れて今後の算段をしていると、何やら周囲が騒がしくなってきた。

 神兵たちが慌ただしく庭を駆け回っている。


「おい、何かあったのか?」

「また門の前で暴動だ! 例の村の奴らだよ!」

「は、またかよ……!? ったく、これだから蛮族どもは!」


 おおかた、裁判の結果を待ちきれなかった村の若い衆が神殿に押しかけているのだろう。怒声のような声がちらほら聞こえてくる。

 あるいは、三人が投獄されたことを知って暴動を起こしている可能性もあった。


「あいつら……! まったく、おとなしく待っておけと言ったのに!」

「でも、チャンスかも」


 頭を掻くアッサイの脇で、エストは本殿を指差す。

 仲間の応援へ向かったのか、先ほどまで入り口で見張りをしていた神兵がいなくなっていた。


「この前のアッサイの作戦みたいになったね」

「ふっ……まったくだな。これもセト神のお導きってやつか?」

【いや知らねェよ】


 唐突なセトの切り返しに、イスメトは少し笑ってしまった。


「……もしくはマアトの導きかもね」

「きっとそうだよ」


 イスメトの補足に、エストもにこりと同意する。

 一同の目標は定まった。


「とはいえ、本殿の中にも敵はいるだろう。この先でも囮役は必要だ」

「なら、僕が――」


 イスメトの申し出を、アッサイは「いや」と遮る。


「俺がやろう。セト神の力には劣るかもしれないが、俺にも戦いの心得くらいはある。それに、俺のこの図体は隠密行動には不向きだ。裁判記録はお前たちが探し出せ」


 まずはアッサイが単独で本殿へ侵入。騒ぎを起こし、本殿内の神兵たちを誘い出す。その頃合いをみて、イスメトとエストが書庫を目指すという寸法だ。


「お前は、将来有望な書記様をちゃんと守れよ」

「わ、わかった……気をつけて、アッサイ」


 アッサイはイスメトの肩を叩き、立ち上がった。


「でも、一人でだいじょぶかな……」


 単身、敵地へ赴くアッサイの背中をエストは不安げに見送る。


「大丈夫だよ。アッサイは……村で一番・・強いんだから。それより、書庫へはどう侵入する?」

「ボクの通ってた神殿と同じ構造なら、書庫は入り口から入って一つ目か、二つ目の部屋だよ。ただ……」


 エストは腕を組んで何やら思案し始める。


「この時間だと、中で勉強してる人がいるかもしれないね」

「気付かれないように……ってわけにはいかない?」

「うーん、逆に堂々と入っていった方がいいかも。勉強しに来た書記のフリをしてさ。ボクらの裁判に参加してた人がいなければ、きっとバレないよ」

「しょ、書記のフリ……!? ぼ、僕も!?」


 イスメトは自分の身なりを確認した。

 幸い、いま着ている服は長老宅から借りたもの。普段の洗いざらしよりはかなり綺麗だ。しかしそれでも、エストの着ている白い服と比べると見劣りがする。

 極めつけは、父の形見のオンボロ首巻き。


「だ、大丈夫かな……」

「やってみるしかないよ」


 そうこう話している内に、アッサイが本殿へ足を踏み入れようとしていた。

 が、何を思ったか立ち止まり、くるりと身を翻す。


「な、何かあったのか……?」


 イスメトとエストが固唾を呑んで見守る中、アッサイは周囲を見渡したかと思うと唐突に走り出した。

 それも本殿ではなく、暴動が起こり、兵が集まっている門の方へと。


「なっ、アッサイ……!?」

【ハハァン、なるほどな。確かに、そっちの方が楽かもしれねェ】


 困惑する二人をよそに、セトは何かを悟ったように独りごちた。

 アッサイは門へバラバラと向かう兵たちを後ろから奇襲。牢の見張りから奪った剣で斬り伏せていった。断末魔の声が漏れぬよう敵の口を塞いで、順番に。

 そうして少しずつ、だが確実に敵の数を減らしていく。

 そして――


「同胞たちよ! 俺は無事だ!」


 高らかに剣を掲げ、アッサイは叫んだ。


「アッサイ!」

「アッサイだ! おい、皆! アッサイが生きてたぞ!」


 村人たちの歓声が上がる。

 アッサイの手でいつの間にか数を減らされていた神兵たちは、リーダーの帰還に勢いを増す村人をついに留めきれなくなった。


「神殿は偽りの罪で俺たちを投獄した! もはや話し合いの余地はない!」


 門を突破した村人たちは、すぐにアッサイと合流する。

 アッサイは剣の先を本殿へと向け、高らかに宣言した。


「俺たちの神はここにはいない! 神殿は俺たちの……敵だぁぁっ!!」

「オオオオォォ――!」


 村人たちの雄叫びが神殿中に轟いた。

 よく見ると、村人の数がかなり多い。東の村にいる男たちだけではない。近隣の〈砂漠の民〉たちも参加しているようだった。

 おそらくはどの村も、似たような状況に置かれていたのだろう。


 騒動を聞きつけた周囲の人々――医療従事者や、雑用係、本殿にいる神官や書記たちは、血相を変えて逃げ始める。


「逃げる者は放っておけ! 俺たちのやるべきことはただ一つ!」


 アッサイは先陣を切り、なおも村人たちを焚き付けた。


「我らが同胞イスメトとともに、〈砂漠の民〉に加護を与え給うたセト神が、この本殿の奥に囚われている! 皆で力を合わせ、俺たちの本当の神を取り戻すぞ!」

「オオオオォォ――!」


 たちまちに本殿へ村人たちがなだれ込む。

 これだけの大騒動になれば、もはやイスメトとエストの存在を気にかけている神兵など一人もいないに違いなかった。


【クハハッ! 悪くねェ、悪くねェぜアイツ!】


 セトの声は嬉々としていた。アッサイに『俺たちの神』と呼ばれたことで機嫌を良くしたらしい。


 ――意外とこの神様、チョロい性格なのかもしれない。


【……オイ、聞こえてんぞ小僧】

「あ」


 イスメトは思わず口を押さえた。失言したのは口ではなかったが。


「よし、いこうイスメト!」

「ああ……!」


 村人たちが本殿の奥へ消えるのを見届け、イスメトとエストは行動を開始した。

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